第一章幕間第四話「幸せな結末に一つの疑いを」
時刻は午後10時頃。
場所は綾夢荘と呼ばれる巨大な複合集合住宅群の一区画。
その中に複数ある200階建てを超える高層建築物の内、北西側の最上階に位置する部屋の一つに紅葉はいた。
(これがロイヤルスイートか……、初めて見たな……)
大きな窓の外には満点の星と契ヶ池と呼ばれる淡水の海に面した広大な港の灯が煌めき、夜を照らしている。
広い部屋の中にはシンプルながらも高級感の漂う家具が置かれており、袖を通した部屋着も、その手触りだけでそれが何か特別な材質のものである事が伺える。
そんな中、紅葉は夕飯として部屋に運び込まれ、瑠璃と一緒に食べたものの食べきれなかった巨大な寿司桶の中の特上寿司を再度摘まみながらに考える。
(どう考えてもおかしいよね。この状況……)
ここに案内されてから紅葉は、役所で入手したパンフレットや簡易辞書も一通り読んだが、この世界の経済観は紅葉の知る世界とさして変わりは無かった。
まず、一年が420日あるというこの世界の年収の最低限度額は下流階級で100万、中流階級で1000万、上流階級で1億程度のものらしく、これは、逆に言えば100万あれば1年という時を慎ましやかに暮らせるという事である。
紅葉の知る一般種族の寿命は約100年。長いものでも約1000年程度のものである。
そうであるとすれば、紅葉が今日報酬として手に入れた250億という金額は、最低限度額での計算であると言っても下流階級層からして2万5000年分の年収、上流階級層からしても250年分の年収に当たる。
すなわち、大抵の者の生涯年収を紅葉は依頼一つで手に入れてしまったのだ。
(金、力、名誉、権威、あの役所で頭の中に響いた声のものは全て避けた筈なのに、結局全部手に入った、か……)
勿論、頬をつねれば痛いし、自身の知らない知識や情報が余りにも多い為、これが夢や幻の類で無い事もわかる。
(と、なると色々と疑問はあるものの可及的速やかに解決しなければいけない懸念は一つだけ、か……)
そう思いながらに紅葉はやはり食べきれず4分の1程中身が残る寿司桶に蓋をし、乾燥しない様、部屋に設置された大型の冷蔵庫の野菜室に入れ、台所で手を洗ってから、慎重に朝からずっと持ち運び続けていた自分の鞄を漁る。
現在、瑠璃はここにはいない。
いや、正確にはいるが、こちらに連れて来られてから、血を洗い流す為に真っ先に入った室内風呂が気に入ったらしく、そちらに入浴している。
この部屋には浴室が二つあり、入泊時点では瑠璃と紅葉は別れて入ったのだが、それぞれデザインが別ものの様なので先程紅葉が入っていた方に入っているのだ。
(瑠璃の場合なんか一緒に入ろうとしてきたし、それだけじゃない気もするけど)
そんな邪な考えを振り払いながら、紅葉はカーテンを閉め、鞄の中にあった大型機械を作動させる。
(……これでよし、と)
当然、紅葉は自身に関する記憶がないだけなので、その機械の使い方はわかっており、ついでに依頼達成の後に瑠璃から返却された電光銃と探索時に使用していたアダマンタイト製のナイフも太腿にバンドを付けて装備する。
そうして準備を完了した紅葉はリビングルームに用意されたふかふかのソファーに座ってテレビを付けながら時間潰しをするが、そこに瑠璃が風呂から出て来る。
「おや、紅葉さん。リビングでテレビとは宿泊の醍醐味ですね。何か面白いものやってます?」
その姿はバスタオルを巻いただけの無防備な姿であり、1度目の入浴の際に見ていなければ慌てふためいていた事だろう。実際、1度目は慌てふためいた。
そんな瑠璃は、風呂上りで喉が渇いたのか、リビングのすぐ近く、ソファーの横にある先程紅葉が寿司桶を入れたのと同じ大型冷蔵庫を開けて飲み物を漁りだす。
それに対し、紅葉は「何も無いよ」と声をかけつつ、リビングのテレビを消して立ち上がり、瑠璃に近付く。
そして、いとも自然な動作で瑠璃の頭に銃を突き付ける。
「それで? お前は何者だ?」
……冷蔵庫はソファーの横にあり、それを開く瑠璃はちょうど紅葉に背後を取られた形になる。
今回は使わなかったが、寿司桶を冷蔵庫に入れたのもこの為だろう。
そして、カーテンは閉められており、外から気付く者も誰もいない。
そんな状況下で瑠璃は苦虫を噛み潰したような顔でゆっくりと振り向いたものの、すぐにそれを呆れと見下しが混ざった様な微妙な表情に変えて、呟く。
「……………………はぁ、こういうパターンは初めてですね」
/〈 to be continued!!(続く!) 〉/
次回、第二章『咎人と断罪者』の投稿は2021年4月6日からになります! お楽しみに♪




