第一章幕間第三話「真実の一欠片」
「黒い、天使? っていうと、黒天使の事? それなら、この世界の始祖種族の一つで次元も渡れる筈だけど、それがどうかしたの?」
「始祖種族? あ、いえ、尋ねたのは種族についてではなく個人の事なんですけど……」
「黒天使の中の誰か……?」
「ふむ。んー、そう言われても黒天使なんていっぱいいるし、単に見た目が黒っぽい天使に見える奴で次元転移能力者とかになると鴉天狗とかダークハーピーとかの高位能力者も混ざって来るから数え切れないなうな」
瑠璃の一言で二人は何かを察知した気がするが、それが該当者かどうかはわからないらしい。
「んー、纏ってた神力とかからして、あれは確かに天使の類だと思うんですが……、そうですね。その黒い天使は一切の光沢が無い闇色のローブを羽織っていて、頭の上には赤い稲妻の様な光輪がありました」
「それは確かにこの世界の黒天使の特徴だけど……」
種族は絞れても個体名までは絞れない。そんな二人の様子を見て、瑠璃も記憶を辿りながらその探し人の特徴をあげていく。
「あー、えーっと、光沢の無い黒いローブを羽織った、見るからに胡散臭そうな顔立ちの、私よりもう少し年上で成体一歩手前ぐらいの見た目をした黒髪赤眼の見た目だけは可愛い女の子なんですけど……」
瑠璃の外見はみたところ中学生程度のものなので、それよりもう少し年上の成体一歩手前となると大学生程度の年齢層だろうか。それにより、服装と雰囲気、そして年齢層は絞れたが、まだ該当者は絞れない。
「後は……、確か翼の数が六つで、自身の事を『地の文』と名乗りました。このあたりになると割と珍しいのでは?」
二人はそこまで来て「あぁ」と、合致した様に頷く。
「それは答えられないなう(わ)ね」
「!?」
合致したが、答えられない。そんな思いもよらなかった返答に瑠璃は目を見開いて驚くが、綾夢は申し訳なさそうに眉をハの字にしながらもその理由を説明してくれる。
「あー、うん。実は最近、具体的には昨日。そいつについてヤィヴュミから私達支配階級層に対して緘口令が敷かれたんなうな。だからその情報はたとえ情報料を払われても出せない情報なのなう」
瑠璃がこの世界、創誓世界ルリィ=エフィアに来たのは紅葉がこの世界に来るほんの少し前、即ち今日の話だ。
それに対して、昨日緘口令を出して事前に情報を封鎖した者がいるという。
そんなきな臭いどころの話ではない事柄について、瑠璃は眉を顰めながらも、頭を切り替えてそれを行った者について尋ねる。
「そのヤィヴュミ、というのは? 誰かの名前ですか? それとも何処かの機関とかでしょうか? 初めて聞いた名前なんですけど」
どちらにせよ、綾夢やアリシアの様な明らかに高位に位置するであろう支配階級層に命じて従わせられるという時点で尋常な相手ではない。
それを尋ねられた綾夢は、そちらについては緘口令が敷かれていないらしく、顔の横で手を外側に広げて肩を竦めながらも、すぐに教えてくれる。
「なんでも知っててなんでもできる。いわゆる本気で全知全能の力を持つ、この世界の創造者兼統治者の名前なうね。ついでに統一政府ヴィールドの創始者兼管理者なんかもやってるなう。簡単に言うとこの世界で一番強くて偉い相手なうな」
極めて軽く、世間話の様に話された、この世界、創誓世界ルリィ=エフィアの創造者と統治者の話。そして、この世界を統括していると思われる、ヴィールドと呼ばれる統一世界政府の創始者と管理者の話。
(つまりこの世界は、神が現存してて尚且つ統治してる世界って事……?)
綾夢の話し方からして、そのヤィヴュミと呼ばれる存在は神とは少し違う気がするが、全知全能と言われるその力の形容や世界創造の実績、また統治権限などからすれば、それは紅葉の知る所の神と呼ばれる存在にほぼ等しい。
「この世界の創造主が、私にその相手の事が伝わらない様にした、と?」
そうした存在の介入に対し、瑠璃は眉間に皺を寄せながら事実確認をするが、そこでまたしても思っていた所とは違う所で釘を刺される。
「創造主じゃなくて、創造者、なうね。この世界では創造主って言うと唯一真の神様の事を指すなう。単に世界を創っただけの相手は創造主じゃなくて創造者。特にヤィヴュミはその唯一真の神様の信仰者だし、自分の事を神と呼ばれるのを毛嫌いしてるから絶対に間違わない方が良いなう」
(全知全能の存在が、信仰者……?)
唯一真の神と言えば、通常は一神教の神を差し、その神は全知全能の筈である。だがしかし……。
自らこそが世界の創造者であり、他者にすら全知全能と評される存在が、全知全能の神を崇拝するというのは、どういうことなのだろうか。
(何か普通の神様的存在とは違うと思ったけど……そもそも神ではない、ね)
その辺りにも、この世界の複雑な事情がありそうな気がするが、流石に関わるにはリスクが大きすぎる上に特にメリットも無いので紅葉は沈黙する。
それは瑠璃も同じ様で、綾夢からの指摘に「えぇ? あ、はい」と頭に疑問符を浮かべながらに了承し、それに関してはそれ以上は突っ込まない。
そんな様子の二人を確認した後、綾夢は「ぷへー」と机の上に伸びながら忠告の理由を説明する。
「うん、まぁそういう事なう。この世界での神様関連の話題は慎重にね? 特にヤィヴュミはともかく唯一真の神様に関する事柄は即死案件なう。冒涜とか叛逆とかがあろうものなら滅茶苦茶温厚派な私らですら、その対象は即刻敵対どころか処刑しなきゃならなくなるなうからな」
それは今まで瑠璃と紅葉が味わって来た、この世界の平和で長閑な雰囲気とはまるで違うディストピアな世情だが、そのヤィヴュミと呼ばれる統治者が熱狂的な信仰者だとすれば、それも当然の事かもしれない。
そうして、綾夢が脱力した事により、その場に一瞬だけ張り詰めた緊張の糸もゆるゆると千切れて元の雰囲気に戻り、綾夢は先程の瑠璃の質問に答える。
「……そしてー、伝わらないようにした、かどうかについては……。んー、どうなうかな。ヤィヴュミは常に意味わかんない奴だけど、悪い事はしない奴だから悪意的なものではないはずなう。アリシアはどう思うなう?」
そうして話を振られたアリシアは、先程の一瞬、綾夢以上の殺気を放ったのが嘘の様に穏やかに紅茶を飲みながらに推測を告げる。
「ん? 私? そうね……、もしヤィヴュミが本気で伝えたくなかったとすれば、わざわざ戸の立てられない口に対して緘口令を敷くなんて無意味な事はしないはずだし、単に私達からは伝えるなって意味なんじゃない? 例えば、緘口令が敷かれていない聞くべき相手がいて、そいつから聞けとか? もしくはよくある今はまだ知るべき時ではないー、的なアレとか」
「あー、確かに。それにあいつを瑠璃ちゃんが探して会うにしても、何かに巻き込まれてる最中だったとしたら色々と準備してからにした方が良いって事もあるなうからな。そう言った意味ではまだ相手の事を知らない方が良いって線もあるなうね」
そうして告げられた推測は予想以上にヤィヴュミと呼ばれる支配者への信頼感が溢れるものであり、その辺りも基本的に徹底して嫌われるか、もしくは崇められるか、はたまた関係性が遠すぎて忘れられるかの3通りに別れる一般異世界における絶対支配者の像と、そのヤィヴュミと呼ばれる支配者の像はかけ離れる。
「そんな感じなうかな。少なくともそいつの情報そのものについては、やっぱり私達からは教えられないなうね」
その結論は瑠璃からしてみればあまり良くないものだったのかも知れないが、紅葉にとってはこの話自体にかなりの収穫があった。
また、瑠璃の方もそれはそれで何か収穫があったらしく、「なるほど……」とだけ返事をした後は、顎に手を当て何かを考えこんでいたが、そんな様子の瑠璃に耐えられなかったのか、元々お人好しであるらしいアリシアは俯く瑠璃の顔を覗き込みながらに、なんとか慰めようと声をかける。
「力になれなくてごめんね? あ、そうだ! そのお詫びとシロを見つけて来てくれたお礼を兼ねて今日の宿は私が奢ってあげよう! 綾夢、綾夢荘のロイヤルスイート一室用意して!」
そうして出された慰めの飴は綾夢と同じ名の冠された宿泊施設の最上級室。それを聞いた綾夢は、やはりこちらも罪悪感があったのかそれをすぐに承諾する。
「うぃうぃ。それなら私も払うって事で半額で良いなうよ。ツインの相部屋で一泊2000万だから1000万ずつなうな」
何時の間にか、すっかり二人でセット扱いにされて紅葉もそこに捩じ込まれており、勝手に段取りが進んで行く。
そんな中、ようやく状況に気が付いて現実に戻って来た瑠璃が「え、いや、そんなつもりは……」と、止めようとするも、時既にお寿司。
「あ、アリシアは言い出したら聞かないから拒否は無駄なうよ。もう決定したから諦めろなう」
「ま、そういう事ね! 私の方はシロも戻って来たし、面白い二人にも出会えたから今日はなかなか良い日だったわ。レティアー! 柏餅の馬車用意してー!」
段取りは既に終えられており、アリシアがくるりと振り返り、後ろに向かって呼びかけたと思ったら、その掛け声に応じる様に何も無い空間から一人のメイド服の上から鎧を着けた姿の龍人が姿を現す。
「了解しました。お嬢様」
(……柏餅?)
その呼びかけられた馬車の名前に紅葉は疑問を覚えるが、その疑問は今しがた現れたレティアと呼ばれる銀髪蒼眼の龍人メイドが自身と同じく何も無い空間から呼び出した馬車を見て消え去る。
「「!」」
その空に浮かぶものと同じ様な空間の歪みから現れたのは、白い躰に緑の翼と鬣を持つ天馬だったのだ。
「なんと、天馬ですか。神界種の実物は初めて見ましたね……」
「シロが城だったのもそうだけど、お嬢様良いセンスしてる」
「?」
瑠璃は柏餅の意味は理解していない様だが、単純に天馬について驚いている様だ。確かに、魔界に聖獣の類はいないだろう。
そんな馬車に近付きながら、綾夢はアリシアに呆れた様な声で話しかける。
「相変わらず過保護なうな。一応首都の街中なうよ?」
しかし、そんな綾夢の言葉に対し、アリシアは胸を張って誇らしげに答える。
「そういう性分なの! それじゃレティア、私はシロに乗って帰るから貴女は柏餅と一緒にその二人を綾夢荘まで送ってあげてくれる?」
「承知しました」
「よろしく! それじゃ二人共! ついでに綾夢も、またねー♪」
そう言い終わると、アリシアはその六枚の魔翼で空に舞い上がり、話の間近くで待機していたシロの頭の上に乗って、シロと共に何処かに飛び立つ。
そして、後に残された二人はレティアに促され、綾夢に別れを告げつつ柏餅に牽引された荷車に乗り込み、そして呟く。
「……この世界のお嬢様の馬車は紋章馬車じゃなくて戦闘馬車なんですね」
「むしろ装甲兵員輸送車じゃないのこれ?」
それは綾夢が過保護だと言った意味なのか、それとも流石は民間警備会社の長と言うべきものなのか、柏餅に牽引されて出てきたそれは、大変立派な装甲車であった。




