第三十七話「絶望の巨龍」
―ゾルッ……ゾルッ……ゾルルルルルッ……―
原因の解析が終わる頃にはシロの傷口は無数の触手で埋め尽くされ、その触手同士が筋線維へと変化して繋がり、裂けた右腕を引き戻して再生する。
―ヴゥゥゥゥゥン……
「!」
「---リフレクト!---」
……ゴォオ「!?」「こっち!」オオオオオオオオオオオ!!!!!―
再生途中の油断を誘った上での攻撃。
しかも先程跳ね返された蒼熱線とは違う、攻撃モーションのみ同一の溶解液の放射。
その霧状の質量体に瑠璃の反射魔法は成すすべなく溶け崩され、魔法の発動で一瞬反応の遅れた瑠璃も紅葉が救助しなければ危ない所だった。
「えっと……これは、どういうことでしょう……? シロちゃんまだ暴走してますよね?」
「暴走はしてると思うけど……、なんか知能が上がった感じがする?」
「……ダメージを受けて防衛本能が目覚めたか、もしくは先程の浄化魔法の影響かって所ですか……」
希望が絶望を呼ぶ状況。光明を見出したと思えばすぐさま闇の底へ突き落される現実。
何故か身体がこういった状況に慣れ親しんでいたと思われる紅葉は特に何の感慨も抱かず次の攻略法に向けて思考が回るが、それは瑠璃も同じらしく、行動パターンの変化に多少驚きはしても内心には一切の動揺を走らせず、いつもの半眼でシロを見つめる。
(頼もしいけど、やっぱりどっか頭おかしい気がするなぁ……)
お前が言うな案件ではあるものの、瑠璃の手を引きながら溶解液の撒かれた水路を回避し、水路の中部、高さ50mあたりにある造船用の小道を逃げる紅葉はそんな事を思う。
そんな紅葉に対し、瑠璃が質問と提案を行う。
「ところで紅葉さん、その背中の翼は動かせるんですか? もし空が飛べる様なら攻撃を上向きに引き付けて貰えると私が熱線の反射なり風による霧の誘導なりで天井を破壊しますから、それでシロちゃんを生き埋めに出来ればひとまずの時間は稼げると思いますけど」
実利があり、確実性の高そうな提案。しかし、やはり問題はある。
「ごめん。この羽、動かすぐらいは出来るけど、どうも飛べないみたい」
「あ、そうなんですか。じゃあ今の案は無しで」
「了解。役立たずで、すまぬ……すまぬ……」
「いえ、無理な事を出来ると言われるよりよっぽど良いので気にしないでください」
そうして瑠璃は不可能とわかるとすぐに先程の提案を破棄してシロを見つめながら別の案を考え始める。
(不可能な事に固執したりはせず、無理とわかるとすぐに頭を切り替える……か)
そうした瑠璃を観察しながら、紅葉の側からも瑠璃に質問と提案を行う。
「そういえば瑠璃って何か瞬間移動的な能力持ってるよね? それであのお腹の中の石取り出せない?」
「!」
しかしその質問と提案はあまり良くなかったようで、瑠璃は不審げに紅葉を睨みながら質問を返してくる。
「……その情報は何処から? また中空の文章ですか?」
その予想していなかった反応に紅葉は内心少し狼狽えるが、手を繋いで走っているので逃げられない。
「え、えっと、何回か私が助けた時に何時の間にか抜け出していなくなってた事あったよね? 普通抱き抱えてる状態から抜けられてわからないなんて事は在り得ないから瞬間移動か何かかと……」
「……あぁ、そういう事ですか。正解です。持ってますよ、瞬間移動……」
/(そんなところから行き着き、言い当てますか……)/
それはどうやら瑠璃の複数ある切り札の一つだったらしく、それを見破られた瑠璃は眉間に皺を寄せて嫌そうな顔をするが、今回の事柄にはそれは使えないらしく、その表情をいつもの半眼に戻した後、手を繋いでいない左手を顔の横で外に広げ、肩を竦めて無理のジェスチャーをしながら理由を語る。
「とはいえ、私の瞬間移動も今回のパターンだと使えませんね。私のそれは接触してるものにしか効果が無いので体内にある石は移動できません。またシロちゃんのお腹を切り開くにしても体内温度が600度もあるんじゃ近付けませんしね。コキュートスを使って温度を下げるにしても600-270ではまだ300度以上ありますし、やっぱり無理ですね」
しかし、その説明に対し、紅葉は少しの光明を見出し、質問を続ける。
「なるほど……。もしかして、それってなんか長い棒みたいなものであの石を突き刺したら棒と石ごと移動できたりする?」
「……? それなら出来ますけど……、あ、シロちゃんのお腹に穴開けて鉄骨でも突っ込みますか?」
その紅葉の質問の意図を汲み取った瑠璃は具体的な作戦を話し、紅葉もその問題点を洗いながら作戦を詰める。理想的な戦略ルーチン。
「それが出来るなら一番手っ取り早いんだけど、実はあの石のある胃袋の近くに内部温度1億2千万度の炉心っぽい心臓があるみたいだからシロちゃんに攻撃するのはちょっと不味いかな。何が原因で中の熱が漏れるかわかんないし。それに暴走してるとはいっても多少は知能ありげな今じゃ自分がダメージ喰らう可能性のある熱線ももう使って来ないでしょ。それよりも狙いは胃なんだし、縄か何かを口に入れて飲み込ませた方が良いかも……」
「なるほど、それなら……」
とはいえ、そんな長々とした作戦立案を多少とはいえ知能の戻ったシロが許すはずもなく、予想通り初めの蒼熱線は使用せず、今度は身体に幾つかある大きな鱗を開き、その内側から無数の細いレーザーの様な蒼熱線を放って通路ごと瑠璃と紅葉を切り裂こうとする。
確かに、これならば反射されてもシロの身体に傷を付ける事は出来ないだろう。
「くっそ! シロちゃんが凶悪過ぎる! 瑠璃! 熱線が集中すると逃げられなくなるから私が囮になって分散する! 作戦はさっきのを基本に私が隙を作るから瑠璃が石を回収して!」
「えっ、ちょっ! 紅葉さん!? 下にはまださっきの何でも溶かしそうな霧が残ってますよ!?」
「この翼! 飛べないけど滑空ぐらいなら出来るみたいだし、あっちの通路に跳ぶ!」
「! ったく! 勝算があるならいいですよ! 任せました! グッドラック!」
そうして瑠璃は親指を上に突き出しながら、ネコ科特有の俊敏さで崩れ行く通路を抜け出し、壁や配線の上を走りつつ足場の多い造船エリアへと脱出する。
一方、囮を買って出た紅葉はその真っ赤な翼で滑空しつつ、シロの細い蒼熱線を回避して飛び。途中幾つかの通路に散らばる大型船の残骸を足場にしつつ反対側の通路へ移動し、瑠璃とは反対側の造船エリアへと逃げ込む。
それは間一髪ではあったものの、その囮作戦は功を奏し、二人共後の作戦に有利な地形には入り込めた。
「とはいえ、分断されちゃったか……ここからどうしよう……」
……光明は見えたとしても、巨龍の絶望を振り払うにはまだ遠いのである。




