第三十四話「救助は排除より困難なりて」
―ピギャオォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンン―
お前がシロか。その問いにそうだとばかりに背後の巨龍は吼え声を上げる。
しかし、瑠璃と紅葉はその事実を上手く認識出来ずに狼狽する。
「いや、いや、いや、いやいやいや!? あれですか!? あれがシロちゃんですか!? まじで!?」
―ピギャオォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンン―
瑠璃は信じられないといった様子で紅葉に事実確認を要求する。それに答えて紅葉は手持ちの資料と後ろのシロ(仮)の特徴を比較・検討していくが……。
「黒い首輪に金のチョーカー、大きめだからすぐわかって、色も白色。……ダメだ、特徴的に全部合ってる……しかもこれ、種族が何処にも書いてない……」
そこに書かれた内容はあれがシロである事を如実に示していた。
とはいえ、あの巨龍がシロであるとすると、また別の疑問も浮上する。
「でも、だとすると何で襲って来るんだろ」
あれがシロであるのならば自分達を襲う理由は無いはずである。
「ふむ。追って来たのはシロと言う呼び声に反応して、だと思いますけど、確かにそれだと襲って来るのはおかしいですね。そういえば最近魔物が凶暴化してるとか言ってましたし、あのドラゴンもその影響で頭おかしくなってるとかでしょうか……? あぁ、それなら……」
瑠璃は紅葉の疑問に答えつつも自らの中で考察を立てて行動する。
そうして、考え終わった瑠璃はおもむろに高く飛び上がりながら振り返り、両手で魔法を放つ。
「---エクステンデットー、オールキュア!---」
そうして放たれた魔法は、緑色の光を放ちながら真っ直ぐとシロの額に飛来し……、霧散して砕け散る。
そして、着地しながらそれを観測した瑠璃は、とてとてとまた紅葉の横に戻って来て結果を伝える。
「ダメですね。状態異常解除の魔法が通用しません。魔法障壁の類は無いみたいですが、素の魔法抵抗力が高すぎて回復が弾かれました。単に頭がおかしくなってるだけなら、今のが通れば大人しくなると思うんですが……」
その答えを聞いて紅葉は再度逡巡し、瑠璃に尋ねる。
「ふぅむ。確かによく見ると白目向いてるし、口から微妙に泡吐いてるから頭がおかしくなってるって線は高いと思うけど解除魔法が通用しない、か……。その魔法抵抗とやらを削る、または無効化する方法とかは無いの?」
「うーん。魔法抵抗はその身体自体が持つ耐性なので、削るというのは難しいですね。一応身体にダメージを与えれば可能なんですけど、今回は物理も術式も効かなさそうですし、何より相手は保護対象です。一時的に減少させるのであればデバフ系の魔法を連打するか、何らかの呪いとかを植え付けるとかですけど、あんなの相手だと、そう言ったデバフや呪いの類も弾かれたり必要量に達する前に回復されたりすると思うのでお勧めは出来ませんね」
詰まる所は物理も術式も効かない大怪獣。
瑠璃はそのことを肩を竦めつつも涼し気に語るが紅葉としては頭が痛い。
「まじか……。えー、別にセオリーじゃなくてもいいからとりあえず落ち着かせる方法無い?」
「んー、混乱や凶暴化を解くにはキュアを掛けるのは必須……というわけでもないでしょうけど、この場合はそれが最善でしょうしねぇ……そうなると、魔法抵抗力は確実にどうにかしなきゃ行けませんし……」
必須事項に必須事項が重なる。
「無理そう?」
「無理、ではないと思いますよ。特に今回は暴走していて知能がありませんし、ただ強いだけです。所定のルーチンさえ組めればなんとかなると思います。それに、本来ならキュアは回復系の魔法なので自動的な抵抗対象にはならないはずですし、抵抗しようとする相手の意思さえどうにかできればそのまま通るはずです」
「はず、が多いね。嫌いじゃないけど」
「何分私にとっても異世界ですからね。断言は出来ません」
そんな絶望的な事を飄々と語る瑠璃の顔にはやはり恐れの様なものは見当たらない。
先程の氷の大魔法と言い、その知識量と言い、瑠璃が単なる無鉄砲な愚か者で無い事は確かである為、その裏には何らかの未だ紅葉の知らない力が隠されている事は確定しているが、瑠璃の側からはそれ以上何も行動を起こそうとはしない当たり、その力で現状をどうこうしてくれるつもりは無いらしい。
(むしろ私が試されてる、とも考えられるかな?)
そうして、紅葉はシロという脅威の他に瑠璃の事を観察して考えるが、話している間にもシロは徐々に二人との距離を縮めて来る為、もうそろそろ動かざるを得ない。
「はぁ……、とりあえずはシロの動きを止めなきゃ攻略法どころじゃなく私達が潰されちゃうか……」
実際、シロの巨体を単純に回避するだけで良いのなら話は簡単なのだが、背後に見えるシロは何時の間にやら単なる四つ足の健脚による疾走を止め、幅広の水路の中で四つの翼を横に広げた状態で何らかの術式によって背後に四つの竜巻を発生させて滑走している為、追い抜かされた時点で竜巻の気流と風圧でミンチになる事が伺える。
「じゃあ、これでどう!?」
そこで紅葉は手近にあったタンカーをシロに投げ付けて被せる。
これは水路の造船所に棄てられていた廃船だが、全長約300m、全幅約30m、全高約60mもの構造体で、重量も約5万tはある為、胴体のみであれば同じ細長い形のシロもすっぽりと覆う事が出来る。
「これで少しは時間が稼げるかな……」
そうして、タンカーを投げ付けて着地した紅葉は、それによってシロの疾走が止まった事で少し安堵するが、その安堵感はすぐさま打ち消される事となる。
―ヴゥゥゥゥゥン………………チュドォォォォォォォォォォォォォン!!!!―
シロの口から放たれる蒼白い光。
それがタンカーを内側から真っ二つに切り裂いたのだ。
そして、荒れ狂う巨竜は警戒して先程の様な疾走速度は無いものの、ゆっくりと分断されたタンカーの間から出て来る。
そこでようやく二人の頬を汗が伝い、本格的な危機感が出始める。
「あれ……? これ無理臭くない……?」
「……想定外ですね。私も今ので割といけると思ったんですが……」




