第三十三話「望んでません。大怪獣」
体高、約80m。
体長、約240m。
爬虫類というよりは肉食恐竜に近い体躯と、それに似つかわしくない筋肉質で、太く、長い腕脚。
その背面には二対四枚の龍翼が生えており、背骨に当たる部分には水晶状の突起物が生え揃う。
水路と同じ白銀の金属に覆われた鱗は闇の中でも煌めきを放ち、ある種の神々しさを感じる。
その姿は正に……。
「「竜王種(怪獣Oh)……!」」
「ん?」
「あ、違う、竜王種、竜王種!」
ここで紅葉が何か違う言葉を言おうとしたが気のせいである。
そんな見るからにヤバみ溢れる生物が突如として水路の壁を突き破り、紅葉達の目の前に現れた。
とはいえ、その瞳はある種の知性を讃えており、壁面を破壊した一撃とは裏腹に二人に対して攻撃しようという意思は取り立てて感じられない。
「えっと……安全、なのかな……」
「いや、どうでしょ、う!? 紅葉さん、危ない!」
―ピギャオォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンン―
前言撤回、めっちゃ危険。
[前言撤回、めっちゃ危険。]
(!?!?)
唐突に現れた竜王種は特に瑠璃も紅葉も何もしていないにも関わらず、いきなり白目を向いて咆哮と共にその筋肉質な長い腕で周囲を薙ぎ払う。
今回は瑠璃が咄嗟に押し倒してくれた為、回避出来たものの、流石の紅葉と言えども、その強靭な腕に押し潰されれば挽肉になるのは免れられないだろう。
そして、そんな筋肉の塊が、今度は咆哮と共に水路の反対側の壁に激しくぶつかり、再度の土石流を引き起こす。
―グルォオオオオ……ドゴォオオンッ……ゴァアアアアア……ゴォオオオオンッ……―
「あぁもう! なんなんですかこれ!?」
「うーん、私達を狙ってる、って訳じゃ無さそうだけど……」
危険なのには変わりがない。
ので、紅葉は飛んでくる岩塊を叩き落としつつ、撤退の姿勢に入る。
「どうする? このクラス相手だと私じゃ勝てないと思うけど……」
しかし、それは瑠璃には不可解な事の様で、瑠璃は眉を顰めながらに紅葉に問う。
「勝てない、ですか? そりゃまたなんで?」
「なんでって、まぁ、こういう事だけど……」
―シシュッ―
そう言いつつ、紅葉は手持ちのナイフを二本、龍の瞳に向かって投げつける。
―ギィン―
が、それらのナイフは瞼を閉じられるでも無く、瞬膜に弾かれるでもなく普通に弾かれる。
「ほら、角膜ですらこの強度。私の攻撃じゃたぶん傷付けられないよ? これ」
極めて硬質だった水路の壁が簡単に砕かれている事から予想は出来たが、やはり効かない。
もちろん、単なる通常攻撃が効かないであろうというだけで、やりようは幾らでもある為、これは瑠璃の力を試す意味もあるのだが、そんな紅葉の少々姑息な試みに対し、瑠璃はあっさりと乗って出る。
「あぁ、なるほど? アダマンタイト製の武器でも傷付かないから無理だ、と。いやいや紅葉さん、物理無効の敵なんて掃いて捨てる程いるんですから対処法だって幾らでもありますよ」
「ほうほう? その対処法とは。っていうかこれアダマンタイト製だったんだ?」
「知らずに使ってたんですか? いいですけど、別に。対処法と言うのは例えば……」
瑠璃はそう言いながらに手を前に突き出し、何らかの言葉を矢継ぎ早に呟き始める。
「<<空間固定・疑似再現。我、今ここに魔界最深部の永久凍土を顕現せん---コキュートス--->>」
「……は? え、ちょっ……!」
瑠璃が詠唱を終えると同時、その手の先から前方に向かって極寒の冷気が放たれ、見る見る内に周囲を凍て付かせる。
そうしてものの数瞬の内にその膨大な冷気は空気まで凍て付かせ、その冷気をまともに浴びた龍の足元に窒素や酸素が液化した青い液体を滴らせる。
「……こんなもんですかね? ドラゴンなんて所詮ただのでっかい蜥蜴、爬虫類の一種ですから。こうやって体温を下げてしまえば動けなくなりますよ。変温動物特有の弱点ですね」
そう言って瑠璃は肩を竦めつつ、如何にも余裕そうな顔で自らの作り出した冷気によって発生した霜と霧の中に進んで行く。
「待った、瑠璃! それ死亡フラグ!!」
「え?」
―バシュン―
咄嗟に紅葉が瑠璃の腕を引いて横にずらした次の瞬間、先程まで瑠璃がいた場所を霧の中から一筋の光線が撃ち抜いた。
その様子を瑠璃と紅葉の二人は驚きながらに眺めつつ、視界を冷気による霧の方へと向ける。
全てが凍り付く零下の中。
そこには、体表面を凍らせながらも悠然と動き続ける龍の姿があった。
「……わぁーお」
「フラグ回収乙。……って、言ってる場合じゃないね。瑠璃、撤退するよ」
「え、あ、はい。了解です」
紅葉としてはここでごねられたら、無理矢理抱えて逃げるつもりであったが、流石に自身の魔法が通用しなかったのには瑠璃も多少驚いたらしく、素直に撤退する。
「しかし、どうします? あれ、絶対零度とは言わないものの宇宙とほぼ同じ水基温度マイナス270を発生させる魔法でしたので、冷気はまず効かないって事になりますけど……」
そう言いながら紅葉と共に速足で逃げる瑠璃は後ろの龍にちらりと目をやる。
視線の先にいる龍は周囲の冷気など気にも留めないかの如く暴れており、やはり冷気は効いていない様だ。
そこで紅葉は瑠璃に質問する。
「それって魔法が効かないって意味? それとも冷気が効いてないの?」
その質問に対し、瑠璃は多少考えた後、再度龍の様子を見て判断する。
「そうですねぇ……。ドラゴンは元々極めて高い魔法耐性を持ちますので、魔法自体が効き難いっていうのはあるんですけど、今回はそれも配慮して魔法を直接ぶつけるのではなく、周囲の空間ごと冷気で包みましたので、これは冷気が効いていないのかと」
「なるほど? それって魔法自体による効果と魔法で発生した効果は別物って事?」
「そうですね。例えば魔法で氷の矢を放った時とかでも、氷の矢自体は魔法耐性で掻き消されますが、その氷の矢により発生した冷気は魔法耐性では掻き消せません。冷気に対しては別途冷気耐性とかが必要になりますね。勿論、耐性が無くても何か他に温度を上げる手段とかがあっても冷気は効きませんけど」
そこまで聞いて紅葉は作戦を立てる。
「なるなる、了解。まぁあれに関わるのは止めた方が良さそうかな。私じゃ勝てないっていうのもホントだし、今の所単に暴れてるだけだから距離を取っとけば安全でしょ。私達の依頼はペット探しなんだし、恐らくあれが近くにいて出て来れないのであろうシロちゃんを探そ……」
探そう、そう紅葉が言いかけた所で周囲の空気が変わる。
―ピギャオォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンン―
それは突然の咆哮。
冷気の霧の中で暴れ回っていただけの龍は突如として紅葉達の方へ向き直り、突進してくる。
そんな事態は当然瑠璃も紅葉も予想していなかった為、二人は再び距離を取ろうと全力で逃げる。
「えっ、ちょっ!? 追って来た!? なんで!?」
「わかりません! でもまぁ方針は理解しましたから、とっととシロちゃん探して帰りま」
―ピギャオォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンン―
帰りましょう。瑠璃が片耳を塞ぎつつそう話したところで、またも咆哮。
そこで勘の良い二人は背後の巨龍が何のワードに反応して叫んでいるのかを察する。
そして、二人で互いに顔を見合わせた後に、同時に背後を振り返って気付く。
自分達の後ろに迫り来る巨龍。
その首に、如何にも高級そうな黒い首輪が捲かれている事に。
そして、その首輪には、幅2m程の大きさの四角い黄金のチョーカーが吊るされており、そのチョーカーに掘られた文字は……。
『城(SHIRO)』。
「「……………」」
「「……………、……………」」
「「お前(貴方)がシロ(です)かーーーー!?!?」」




