第二十八話「不穏と安寧」
紅葉達が毒々しい色合いをした如何にも腐っていて不味そうな玉子焼きの頭をした未知の人型の生物達に襲われて数分後。
「いやー、容赦なかったですねー。紅葉さん」
「個人的にアレに躊躇はしなくていいと思う」
周囲にはそうした生物の残骸があちこちに散らばり、二人が来た道を緑に黄色に染めている。
とはいえ、瑠璃と紅葉は返り血一つ浴びておらず、それらの戦いが単なる一方的な虐殺であった事も窺える。
そうした中、瑠璃は紅葉の戦い方に疑問を覚えた為、質問する。
「いや、普通人型のものを殺傷するのは躊躇する人多いはずなんですけどね。あんだけ見た目えぐくても。紅葉さん、どちらかというとむしろ手馴れてませんでした? もしかして人殺しが趣味だったりします?」
その質問は多少茶化して言ったものだったが、紅葉は記憶の手掛かりを探しつつ真面目に答える。
「ん? んー、そうかも。なんか自然に斬ってたし、ちょっと楽しかったかも」
「……元は連続殺人犯とかだったりしませんよね?」
そうでなくても、紅葉としては別に自然と人型のものを切る事に戸惑いも無かった。それにより、瑠璃の予想では紅葉は元は軍人か傭兵の類だと考えていたが、その予想が少しぶれ始める。
/(戦闘狂の類……は、魔界でも多かったですけどその類、ですかね……。となると、単純に兵士というわけでもありませんか……)/
そうして瑠璃が紅葉を観察しつつしばらく歩いていると、水路の様子が変わる。
水のある場所、大きな川の様な水路がある開けた場所に出たのだ。
「水……? って事はもう地下1km地点付近に到着したって事? 意外と早かったね」
血、の様な緑色の体液を刃から滴らせながらそう話しかける紅葉に対し、瑠璃は眉を顰めつつ川に近付き、その様子を観測する。
「でもやっぱりおかしいですね。この川、流れてません。ただの水溜りです。なのに、これも綺麗すぎる……」
そう言って瑠璃が川の水を掬い、興味深そうに眺めている所で、またしても紅葉の視界に不穏な影が映り込む。
(……!)
が、今回は紅葉は瑠璃には声を掛けず、先ほど見た敵の体捌き、『縮地』と『速攻』を真似て瑠璃とその不穏な影、川から飛び出して来た鰐の間に瞬時に割って入り、それと同時に鰐の開いた口に身体を滑り込ませつつ、その奥歯に手をかけ、そこを支点に鰐の背部と腹部を一気に引き千切る。
鰐の大きさと紅葉の腕の長さの関係で上手く2枚開きにとはいかず、鰐は途中で折れた割りばしの如く、下顎に前足と胸筋の一部が付いた状態で千切れてしまったが、一応これでもはや脅威とはならないだろう。
ついでに他に方法が無かったとはいえ、川の淵ぎりぎりにいた瑠璃と川の中にいた鰐との間に割り込んだ為、結果として紅葉がそのまま水路に落ちるというのは一種のご愛嬌である。ウケる。
―ジャポンっ―
(……………………ウケる?)
そうして両手に鰐の残骸を持ちながら水面に頭だけ出してプカプカ浮かんでいる紅葉に対し、瑠璃はぽかんと口を開けつつ、じっと見、やがて少し慌てた様にしゃがみ気味だった態勢を更に低くして紅葉に手を伸ばす。
「あ、ありがとうございます……、紅葉さん。えっと、泳げてますよね。上がれますか? 手、貸しましょうか?」
そうして手を差し伸べる瑠璃に対し、紅葉は瑠璃の目ではなくスカートの中を見つつ返答する。
「ん、こっちこそありがとう。眼福」
瑠璃はその言葉の意味が一瞬わからなかったが、理解するとすぐにその驚いた顔を笑顔に変え、こめかみに怒りの四つの角を浮かべつつ、差し伸べた手をそのまま紅葉の頭に置いて水底に沈める。
「……え? …………あぁ、なるほど。沈んでください」
「おぶ!? あばば! あばば! あばばばばばば!」
とはいえ、それはどちらもほんのジョークに過ぎない為、瑠璃もすぐに紅葉の頭から手を放し、その手を紅葉の手に持ち替えて紅葉を川から引き上げる。
「ったく、お礼言ってすぐそれとか普通嫌われますよ?」
「ごめん、ごめん。純白最高だった」
「突き落とされたいんですか?」
そうして緊張感のない会話をしながらも、紅葉の脳裏には瑠璃に対する疑問が持ち出される。
(さっきは私が認識も出来ない程の速度で敵を斬り倒したと思ったら今度は察知も出来ずにお礼を言う、ね。いや、さっきも察知自体は出来てなかったのかな……? さっきは私が声をかけたから動けただけで今度は声を掛けなかったから動けなかった……? どうにも腑に落ちないけど……)
また、そうした疑念は紅葉自身にも及ぶ。
(それにおかしいのは瑠璃だけじゃないよね……。鰐の咬合力って3tぐらいあったはずだし、私も十分におかしい……。なにがなんだか……)
その程度の力、引き千切れて当然という思いとそれ程大きな力、引き千切る事など自分には絶対に出来ないという思いが紅葉の心の中で重なる。
―ボウゥウウウウ……ビシャ……ジュワァアアア……―
(でも実際出来てるし……、これも記憶障害の一種、なのかな……)
先程は見様見真似で敵の行った『縮地』や『速攻』と呼ばれる熟練の技能すら行って見せた。その辺りの事も、本来の、紅葉が思う紅葉には出来ない事柄だ。
―ボリッ……ベキッ……むっしゃむっしゃむっしゃ……―
(精神と肉体の感覚が一致していない……、今は上方に一致してるから良いけど、出来ると思ってやって見たら出来なかったとかになると、この状況じゃ最悪命に係わるから油断出来ない……)
しかし、そうした思考は横から聞こえるよくわからない咀嚼音に徐々に掻き消されていく。
―メキメギッ! ボキッ! グシャァ……―
「……って、さっきからなにこの音? 瑠璃、何食べてんの?」
「何って、さっき紅葉さんが捕まえた鰐ですが? あ、紅葉さんも食べます?」
「え゛……」
その声に従って横を見ると、確かに瑠璃は先程紅葉が引き裂いた10m程の鰐の上半分、頭から尻尾にかけての部分を掴み上げてボリボリと咀嚼していた。
一応、何時の間にか全体的に焼かれたらしく焼肉にはなっているが、それでも頭蓋骨や背骨ごと咀嚼はおかしい。
(まじか……)
そういえば、先程の玉子焼きとの戦いでも、この目の前にいる少女。御砥鉈瑠璃は何処から拾って来たのか、数十kgはあろうかという鉄骨を木の棒の様にぶんぶんと振り回して敵を薙ぎ倒したり、その辺の壁を握力で削って小石を作り出し、それを投げつけて敵を爆散させたりしていた。
つまりは紅葉に限らずこの少女もヤバいぐらいに力持ちなのである。
(……もしかしてこの世界ってこれがデフォなのかな?)
いや、お前らがおかしいだけで流石にそんなわけはない。
そう突っ込みたいところだが、この世界はそんなおかしな奴等もごろごろいる為、一概に否定も出来ない。
ここはそういう世界なのである。
ただ、これから紅葉がそれをデフォルトだと思い、何の手加減も無しに一般人と接したりすれば、その一般人は良くて重軽症、悪いと即死、場合によってはネギトロになる事は確実であるが、今の紅葉にそれを知るすべはない。
[これから紅葉がそれをデフォルトだと思い、何の手加減も無しに一般人と接したりすれば、その一般人は良くて重軽症、悪いと即死、場合によってはネギトロになる事は確実であるが、今の紅葉にそれを知るすべはない。]
(なるほど……?)
何やら物騒な事が書き込まれた視界の端の文章を読みながら紅葉は自分も尻尾側の鰐肉に噛り付く。
「! あ、美味しい……」
紅葉は自身に関する記憶は無いが、鰐肉に関する記憶はある。相変わらず旨い。いや、瑠璃の料理の方法も良いのだろう。何かしらの香草とソースによる知らない味付けだが、いつも自分で調理していた時よりずっと美味しい。
「ふふん。でしょう? 料理には少し自信があります」
そう言って胸を張る瑠璃の手には幾つかの香辛料の入った小瓶が見える。
(香辛料ってめちゃくちゃ高いはずなんだけどね……)
瑠璃の手にもつその小瓶の中身だけでも紅葉の世界でなら小さな家が建った事だろう。
(ほんと、何者なのやら……)




