第二十五話「地下水路」
時刻は正午。午前12時を少し過ぎた頃。
瑠璃と紅葉はそれぞれ手持ちの携行食を頬張りつつ目的の廃棄水路の入口付近を捜索していた。
「へー、廃棄って聞いてた割にはかなり綺麗ですね」
「うん。でも水路なのにこの辺りは水の匂いがしないね。水はもっと奥……たぶん地下1kmぐらい? その辺まで無い感じ」
「あぁ、使われなくなったから水も流れてないんですね。それで水によって繁殖する虫やカビの類がいないと……」
そう言いながら瑠璃は携行食を持っていない方の手の小指で壁をつぃーっ、となぞってみる。
「いや、それでもおかしいですね。塵や埃の類が全くありません。これは掃除されている、と見做した方がいいのでは?」
「ふむ。ほんとだ。でも埃を掃き出した様な跡が無い……、いや、地面にすら砂も埃もほとんど落ちてない。……どういう事?」
「謎いですね。悪い事ではないんですけど……」
そうして二人は頭を捻りつつ綺麗過ぎる廃棄水路の探索を続けて行く。
この場所、港湾区へはジャンクファーストからの依頼書と緋煉皇国の正式な身分証があればすぐに入る事が出来、廃棄水路自体も港や倉庫からかなり遠めの外縁部、東部住宅街と呼ばれる区画の付近にある為、周囲には警邏や皇国兵の姿もほとんどない。
実際、瑠璃と紅葉がこの場所に辿り着くまでには、東部住宅街から港湾区に繋がる橋の検問所で警邏部隊に挨拶した以外はちらほらと休憩中の作業員を見かけたり、巡回している警備機械を見かけた他は誰とも出会っていない。
/(何処も彼処も、ちょっと不気味過ぎるんですよね……)/
これは紅葉も気付いている事ではあるが、まず街に人が少なすぎる。この都市が含まれるとされる領地内には80桁もの数に近似する程の国民がいるはずなのにこれはどういうことだろうか。
また、道すがら出遭う相手が全て上位種族である事にも疑問がある。
上位種族の中には上位種族同士で交配する事によって同じ上位種族を生み出せる種類も多いが、基本は下位種族が主体であり、その中の一部だけが何らかの要因で上位種族に成るといったものが多い。
では、その下位種族達は何処へいったのか。
/(っていうか、何でメジャーゴッドやヴァンパイアロードの類がただの港湾作業員やってるんですかねぇ……?)/
周囲を詳しく観察する度に疑問が浮かぶ。
そうして多すぎる情報量に疲弊した頭を働かせる為にも、瑠璃は糖蜜と果物を練り固めて作った甘い棒状の携行食に齧り付く。
ちなみに、先程から瑠璃と紅葉が自分達の手持ちの携行食を食べながら進んでいるのには理由がある。携行食は重要ではあるものの、依頼の受注による金銭確保が確実化し、この世界での食料入手の目途が立った以上は大事に保管しておく意味は薄い。
そうであるのならば、嵩張る食糧をずっと持ち歩いているのも邪魔になるし、胃袋に入れてしまった方が良い。また、必然的に生じる食べ滓で入り口付近に塵と匂いによる目印を付けておこうという意図もある。もし、途中で道に迷っても帰りはこの場所の自分達の匂いを目指せば帰れるだろう。
そうしてフルーツシリカを食べた後、辛いものが食べたくなったので別の携行食に手を伸ばす瑠璃に対し、紅葉が興味深そうに近付く。
「なんか瑠璃の食べてるの珍しいね。というか私は知らない食べ物かも? それなんて名前の食べ物?」
そう聞かれた瑠璃は、紅葉の方をじっと見つつ、質問に答える。紅葉がイライラとしていた瑠璃を気付かった事に気付いたのである。
「これですか? 普通のミートクッキーですけど。紅葉さんの世界にはありませんでしたか?」
「えっと、肉の焼き菓子、になるの? あー、あったかもしれないけど一般的じゃなかったかも。クッキーはだいたい甘いのだった」
/(!? 糖類が一般的? 魔界ではどこも糖類はかなり価値が高いものでしたが……)/
「甘いのですか? 何かの蜜とかですかね?」
「うん。といっても蜜そのものじゃなくて砂糖にして使うのが一般的だったかな。黒蜜竹っていう内部の節に糖分の多い竹蜜を貯め込む種類の竹があるんだけど、それを栽培してそこから採った竹蜜を乾かして砂糖にしてたの。瑠璃の所はそういうの無かった?」
「うーん、黒蜜竹ですか、それは知りませんね。魔界ではキラービー等の蜜蜂から集める蜂蜜が主な糖分な所がほとんどでしたから。砂糖はシュガースライムなどの魔物が精製する糖液から作っている所もありましたが、一般的ではありませんでしたね」
(キラービーにシュガースライム、ね。そんな生物知らないけど……やっぱり生態系そのものが違うって事か……)
紅葉としては中空の文章を読みつつ、この世界の様々な異常にイライラしている瑠璃を気遣って話しかけているつもりだったが、瑠璃の思考を読む事は出来ず、瑠璃から齎される魔界の知識を聞くと紅葉もつい探求型の思考に入ってしまう。
とはいえ、瑠璃に敵対意思はやはり無い様で、今度は逆に瑠璃の方から紅葉の携行食に興味を示す。
「そういう紅葉さんの食べてるそれは何ですか? 見た所何かの焼き菓子に見えますけど」
「ん? これ? 正解。兵糧棒っていう焼き菓子だよ。蕎麦粉と米粉を中心に、黒糖や練り胡麻なんかの栄養価の高いものを混ぜ合わせて焼き固めた戦闘糧食の一種なんだけど、瑠璃も食べてみる?」
「いいんですか? じゃあこちらもどうぞ。適当にどれでも食べていいですよ」
「いいの? じゃあこっちもどれでも食べていいよ。魔界の糧食って興味あるし、食べ比べしよっか」
「いいですねぇ。紅葉さんのが何処の糧食かは知りませんけど、私も興味あります」
そうして、瑠璃と紅葉は見かけ上とても仲睦まじく互いの携行食を分け合いながら水路を進んで行く。
ただ一つ問題があるとすれば……。
/(まぁ、ただの情報収集の一環ですけど)/
(まぁ、ただの情報収集の一環だけどね)
……これは単なる演技に過ぎず、二人共内面は凍て付いていて信用などこれっぽっちもしていない、という事だけである。




