第二十四話「ユニバーサルデザイン・オブ・ザ・トイレ」
「と、依頼に行く前に私ちょっとトイレ行ってくる」
「あぁ、水路だと依頼中には行けなさそうですもんね。私も行きます」
依頼を受けてジャンクファーストを発ち、目的の水路へ向かう途中。
まだジャンクファーストからそう離れていない辺りで紅葉は公衆用のトイレを見つけた為、そちらに向かう。
勿論ジャンクファースト内に戻って行っても良かったのだが、面倒なのと紅葉には少し目的があった。
(この世界のトイレってどんなのなんだろ……)
そして辿り着いた公衆トイレの入り口には、男女双方を並べたシンボルマークが掛けられており、男女共用である事が窺えるが、近くに社の様な外観の交番と思われる施設があり、内部には警備用の機械兵が複数見える為、安全面は高そうだ。
(そういえば街中の至る所にゴーレムや機械兵が立ってるな……。その割に治安が悪い様には見えないし、単に防犯意識が高いのかな……)
そうして、入ったトイレの中は洗面スペース以外全て個室になっており、瑠璃はとてとてと一番奥のトイレに入っていく。
どうやら中に自分達以外の人はいないらしい。個室のドアは全て開いており、音もしない。
とはいえ、紅葉の方はなんとなく瑠璃の隣でトイレに行くのは気が引けたので、瑠璃の入った個室からなるべく離れた一番手前のトイレの個室に入る。
そうして開けた個室のドアの向こう側、個室にしては随分広く小綺麗なその場所には、およそ紅葉の知らないトイレがあった。
(! これは……)
その形状は端的に言えば箱状。
詳細を言えば左右と後ろが太く、前だけ妙に薄い長方形の金属塊の上に、左右二本の並行した木板が乗せられているだけの簡素な造形。
恐らくはその長方形の中の穴に用を足すのだろう。予想以上に深い穴の中には大鋸屑らしき木の粉と攪拌機らしき金属板が見える。
また、箱の後方には座った時に腰ぐらいの高さになる位置に鳥居の様な形状の構造物が生えており、紅葉には直感的にそれがマントなどの長い衣を掛ける為の衣掛け、または翼を掛ける為の翼掛けを両立させたものである事がわかる。
板状ではなく鳥居状なのは恐らく、その間の部分から尻尾が出せる様にとの工夫であろう。
なるほど、これはこの世界における全人型種族対応のトイレらしい。
周囲にはそれ以外にも、壁側に下から薄くて平たい紙の出た縦長の箱が幾つかの高さで横並びに複数設置されており、それが大きさの異なる複数の種族がそれぞれ使いやすい様に設置された塵紙入れである事も理解出来る。
(これ、完全に多種族共生型の文明が出来てる……)
実際、トイレから得られる情報は多い。それはその文明の生活様式に直結しているからだ。
トイレが汚ければその場所に住む者の衛生観念や道徳律は低い。逆に綺麗ならば高い。
これは器具の使いやすさや配慮観念などからも推測出来る。
老人や障碍者用の個室や手摺などがあれば弱者救済の理念があり、無ければない。
その点、このトイレは綺麗で使い勝手が良く、衛生面や道徳律の高さ、文明の共栄化などの思想は見えるものの、障碍者用の手摺や個室、また授乳室などの多目的室は無く、むしろその整然とした有様からは徹底した効率化と弱者不要の精神すら垣間見える。
また、多数の個室が用意出来るのに男女の区別が無いという事は空間的問題での男女共用なのではなく、そもそも性差区別が無いか薄い、もしくはあっても何らかの思想や理念、目的によってそれが軽視あるいは無視される状況にあると推測できる。
(街にいた人はまばらで数は少なかったけど男女の数はほぼ均一で性別関係無く纏まっていた……、ということは何らかの性差別があるというわけではない。という事は平等化? いや、メイド喫茶のメイドさん達はほぼ女の子に見えた、という事は性差は確実にある。とすると極度の効率化精神……)
と、そこまで考えた所で便器と思われる箱の前に到達し、蓋は無いので立ったまま用を足そうとしてふと気付く。
箱の手前が段差になっており、そのままだと段差が邪魔で排泄位置が遠く、段差に上ると便座の位置が下に遠のいて排泄しにくい。
これは立ってするのは無理そうだ。というより、元々使用者全員が座って使う事が想定されているのだろう。
諦めて塵紙を二枚取り、便座と思われる二枚の木板の上に敷いて座ると段差が丁度足に合う。
(ちょこざい……。でも、衛生的……かな)
そうして溜息を付きながら紅葉はスカートを腰に巻き上げつつ下着を降ろし、便座に座る。
(……。……ん? 立ってする? なんで私今そんなことを……)
そこでふと、そんなことが頭によぎり、紅葉は自身の下半身を見る。
ついている。
(あれ? 私……男だ)
……いや、まてそんな馬鹿な。
さっき手洗い場の鏡で自分の姿を見た時は確実に女だったはずだ。
その証拠に確か胸も膨らんで……。
そう、半ば焦りながら紅葉は自分の胸に手をやる。
(……ある)
「どういうこと?」
そして再び自分の下半身に目をむける。今度は……、ない。
「幻覚?」
少なくとも女装男子だの半陰陽だのそういうものの類ではないらしい。そう確かめた紅葉は、それらの事について、いきなり異世界だの記憶喪失だので少し疲れているのかもしれないと思い直し、ほっと溜息をつきつつ、翼を背もたれにかけ、さっさと用を足してトイレから出る。
そこで瑠璃に鉢合わせした。
「お、紅葉さんここのトイレ広いですねって、……え?」
そこで瑠璃がとんでもないものを見たかのように目を丸くする。
そして、紅葉の顔がサッと青ざめる。心当たりがあるからだ。
(まさかさっきのは幻覚じゃ……)
とっさに手洗い場の鏡で自分の姿を確認し、紅葉も言葉に詰まる。
「紅葉さん、その翼、どうしたんですか?」
鏡の中に移る自分。その背中には、大きな赤い翼が生えていた。
「どうなってんのこれ……」




