第二十一話「純白の天使」
カウンターの向こう側。
白くて長い髪、血の様な赤い眼、そして背中に見える八枚の純白の大翼。
その姿は正に御伽噺の天使の様で、しかしその纏う雰囲気は魔の者に近く。
身長は華奢な体躯と合わせて思ったより小さいが、多数のフリルが付いた漆黒のドレスに加えて、微妙に不健康そうな少し青白い肌とうっすら見える目の下のクマが、より天使よりも堕天使っぽい雰囲気を醸し出す。
そんな見る者にある種の畏怖と畏敬を与えるであろう少女の姿に、紅葉は恐ろしさよりも何処か懐かしい気配を感じて話しかける。
「……えーと、貴女がアルシエルさん?」
が、別に怖くないわけでは無いので、おそるおそる聞いてみる。
「え? 違うけど? 私は傀寓綾夢。アルシエルは隣の店の名前だよー?」
そうして答える彼女、傀寓綾夢はその外見から齎される覇気と暗黒オーラとは裏腹に、予想以上にフレンドリーであり、その手が半分以上隠れたフリル袖の衣装をパタパタと揺らしながら返答する。
そして、嗅覚に優れた紅葉はその綾夢の行動によって漂い出た微かな香りから、その纏う力に思い当たる。
(この気配……妖力?)
「えっと、天使……に見えるけど、もしかして天狗?」
そうして、見知った力に誘われてとてとてと近付いて来た紅葉に対し、綾夢は目をぱちくりさせつつも紅葉が何者なのか、ある程度察しを付け、両手を広げて招き寄せる。
「ん? そうなうよ。私は天魔なう。でも……」
そして、カウンターの前まで来た紅葉の頭を左右から両手で軽く包み、警告する。
「いきなり種族を聞くのは止めといた方が良いなうよ。人によっては斬り殺すから」
立ち上がってカウンターから身を乗り出し、顔を近付けてにこっと笑う綾夢の姿に、捕らえられた紅葉だけでなく、だいぶ遠い後ろにいた瑠璃まで緊張感に充てられて咄嗟に身構えるが、綾夢の側に特に敵意は無い。単純にこの世界のタブーの一つなのだろう。
(ち、近い……!)
とはいえ、別に敵意は無くとも美少女の顔がこうまで近いと別の緊張感が発生するものなので、紅葉は咄嗟に両手に出してしまったナイフを元のスカートの裏地にしまいつつ、あうあうと眉をハの字にしながら「そ、それは申し訳ないー……」と、小声で呟きながら目を逸らす。
それに対して綾夢は瑠璃にも聞こえる様に少し大きめに「私自身は気にしてないから大丈夫なうよー♪」と告げつつ、そのまま両手で紅葉の顔を固定し、紅葉が目を逸らした方向に自身の顔を移動させて目を合わせる。
そして、紅葉の瞳をじっと見つめた後、不思議なものを見た様にきょとんとして、自ら見た紅葉に対する感想を述べ、ついでに要件も聞く。
「んん? そういう君は……獣人っぽいのに何故か鵺と龍の匂いがするなうな? まぁなんでもいいけど。ここには何の用で来たなうか? アニメ? ゲーム? それとも私?」
そんな綾夢の言動に紅葉が混乱してどぎまぎしていると、流石に話にならないと思ったのか、後ろから瑠璃が呆れながら近付いてきて割って入り、綾夢の質問に答える。
「いや、なんですかその御飯にする? お風呂にする? それとも私? 的なニュアンスは。今回は依頼の受注に来たんですけど、ここって民間依頼所であってますか? 役所でパンフレット貰ったんですけどわかりづらくって……」
そう言いつつ紅葉を引き剥がし、自身も魔眼の影響を受けない様に微妙に視線を逸らしながら対応する瑠璃に対し、綾夢は口の端をにやりと歪めた後にそれをすぐさま手首で隠し、もう反対側の手で奥を示しながらにこやかに応対する。
「おや、依頼所案件なうか。おけおけ、ここであってるなうよ~。と言ってもこっちは見ての通りのアニメショップレジで依頼所は別の所なうから案内するなうなう。ついといで~」
そして、そのままカウンターを後にして奥の通路に向かう。
「あれ? レジは良いんですか?」
「あぁ、それなら別に自動販売機能あるから大丈夫なう。私は単に人気の無い部署でさぼってただけなうな」
「えぇ……?」
そんな会話をしつつ、思った以上に長く複雑な廊下を進んだ先、巨大な両開きの金属扉の向こう側に出ると景色が変わる。
「はい、ここが民間依頼所としてのエリアなう。中央正門とそのまま繋がってるから依頼案件の時は正面から来ると良いなうね」
そうして案内された先は果ての見えない大広間であり、その広さ故に人影はまばらだが、奥に見える多数の掲示板の列や、食事処らしき多数の机と椅子が整然と並べられたフードコート、そして依頼の受付と思われる壁一面に並んだ番号付きの窓口などの人が集合している場所を見るに、少なく見積もっても数千人程の客がいる為、繁盛しているであろう事は間違い無い。
(そういえば一番左端から入ったけど、この神殿広すぎて反対側どころか中央すら何処かわからなかったんだよね……)
そんな大広間の一角に複数ある扉の一つから出て来た瑠璃と紅葉は、そのまま綾夢に案内され、上部に管理番号の付いていない幾つかの受付窓口の一つに通される。
が、そこで受付に近付くに連れて、周囲がざわめきだす。
「え? あれ店長じゃね?」「は? まじだ。俺初めて見たよ」「しかもなんか客連れてるぞ……!」「あのニート店長が!?」「すっげ……! 激レアじゃん……! なんか今日は良い事ありそう……!」「大スクープ!! 店長働く……っと! 明日の一面はこれで決まりね!」
そうして周囲が囃し立てる中、その騒ぎの中心たる件のニート店長事、傀寓綾夢は途端にむすっと頬を膨らませつつ、こめかみに怒りの四つの角を浮かべて周囲の野次馬を追い払う。
「おいこら、お前らうるさいなう! とっとと散りたまへーっ!」
そんな妙に可愛い怒り方をした店長に対し、周囲の客もそれはそれで訓練されているのか、皆「ぴゃーっ」と言いながら逃げ、周囲の柱や観葉樹などのオブジェクトの影に隠れる。
/(お、お約束か何かなんですかねぇ……?)/
(うおっ……! めっちゃ可愛いっ……!)
そうした様子を瑠璃は半眼で、紅葉は目を輝かせながら見ていたが、二人共その様子に幾つか見逃せない点を発見する。
一つはこの場所の店舗や受付にいる者が全員ゴシック調の高そうな衣装で身を包んでいる事。
その様相はさながら全員貴族や王族の様であり、神族、龍族、精霊種なども混ざってはいる様だが、そのほとんどを魔族と妖怪が占めている。
/(妖怪はわかりませんが、魔族の方はほぼ全て魔王種か魔神王種ですね……。全員本物の貴族って事なんでしょうか……?)/
当然、通常そんな事は在り得ず、高慢な者が多い最上位魔族が給仕の様な役割を演じる事はもっと在り得ない。
が、この状況ではそれが在り得ており、尚且つ納得出来そうな理由もある。
/(……客の方も同格、ですかね。これは……)/
客の側もざっと見渡しただけで龍神や精霊王種、主神級の神格がごろごろと混じっている。
その上、下位種族が一切いない。
それであれば格式を重んじる魔族が店員役に収まるのもある程度は頷ける事ではある。
魔族は下位の者は見下しても同格やそれ以上の者を見下したりはしない。
ならば、店全体が同格で構成されていた場合はどうなのだろうか?
客も店員も最上位のみで構成されている。
それならば、全員同じとして通常の社会形態に収まるのもある意味当然と言えるだろう。
勿論、ある程度の勢力図や個々人の好嫌による関係性はあるだろうが、現状を見る限りでは、それらの戦力比は微妙に店側に有利な状況で拮抗している様に見える為、勢力図を巡った殺伐さや荒事が無いのもある程度は納得出来る。
この店の状況についてはそんなもので良いだろう。
だが、もう一つの見逃せない点が目の前にある。
いや、いる。
「えっと……綾夢さん、店長なんですか?」
その件の店長事、傀寓綾夢が管理番号の無い受付の椅子に座った所でタイミングを見計らった瑠璃が話しかける。
それに対して綾夢は口に咥えていたロリポップの棒を捨て、新しいロリポップの包み紙を開けながら答える。
恐らく、先程怒った際に飴を噛み砕いてしまったのだろう。口の中からはガリゴリと飴を噛み砕く音が聞こえている。
「んぁ? あぁ、言ってなかったなうか」
そして、噛み砕いた飴を飲み込み、新しいキャラメルバニラ味のロリポップを口に咥えると、綾夢は両手を広げながらに不敵な笑顔を浮かべ、解答を告げる。
「ようこそ、私のお店へ」




