第十九話「どちらを選ぶか」
時刻は正午。
身分証発行後は特に他の手続き等も無く、身分証と共に異世界からの<来訪者>向けに纏められた薄めの辞書が手渡され、役所での必要手続きは終わる。
ここから先は説明通り緋煉皇国民として好きに行動すれば良いという話だ。
そこで瑠璃と紅葉は受付のお姉さんに会釈と感謝をしつつ役所神社を後にし、そのまま民間依頼所の前まで来たのだが……。
太陽が真上に照り輝く白磁色の街の中、瑠璃と紅葉の二人は目的の民間依頼所の前で固まっていた。
「……えーっと、紅葉さん。これはどう思います?」
「どうと言われても……」
二人の目の前にあるのは件の民間依頼所。しかも役所で貰ったパンフレットを見るに、この街で最も評価の高い二軒の民間依頼所が隣り合って建っているはずの場所である。
が、目の前にあるそれはどう見てもそれに類するものではなかった。
(これは……)
紅葉達から見て前方右側、そこには極めて巨大で壮麗な、複合神殿とでも言える様な城が建っており、外側から見る分には人はいない。
そのゴシック系の意匠がふんだんに盛り込まれた重厚な様相は明らかに依頼所というより何らかの政治施設か、そうでないとすれば何らかの跡地や観光名所の類の様に思われる。
(入りづらい……)
そうして片や紅葉達から見て前方左側、そちらには幾つもの施設が融合した様な巨大な複合建築物がある。
その白塗り無骨な佇まいは、一般的な世界で言う所の大学校舎や何らかの研究施設、もしくは巨大な複合マンションなどを思わせ、どちらかというとこちらの方が民間依頼所らしさを醸し出してはいるのだが……、やはり明らかに依頼所として相当おかしな点がある。
一階部分が全てメイド喫茶なのである。
外側に出ている者は誰もいない為、正確に確認する事は出来ないが、一階にある正面向きの扉は全て何らかのデフォルメキャラクターのイラストやファンシーなポップパネルで飾られており、街全体の物々しい雰囲気とはそこだけ明らかに世界が違う。
(何故……)
また、最優良の二軒が隣り合っているが故に客引き争いがあるかなどは予想していたが、予想に反してどちらにも客も売り子も一人もいない。
いや、メイド喫茶の方は喫茶店にしては異様に狭い窓から様子を伺い見るに中は割と混雑しており、店員と思わしき翼の生えたメイド姿の者達が何度も往来しているのが見える為、全く人がいないわけでは無さそうだが、少なくとも通路側には誰もいない。
「地図的にはここで会ってますよね? いや、立て看板にも思いっきり店名書いてありますし、間違いはないはずなんですけど……」
「うん。神殿の側がジャンクファーストでメイド喫茶の側がALSIEL。間違いない、はずだけど……」
地図は簡易的なものなので写真などは無く、場所と店名と評価記号ぐらいしかわからない。
「とりあえずどちらかに入って見ますか……」
そう言ってふらふらとメイド喫茶に向けて歩きだした瑠璃を紅葉はガシッと止める。
「待った。なんでそっちに行くの?」
そうして止められた瑠璃はくるーりと首だけ紅葉の方に向き直り、半眼でこう言い放つ。
「勿論メイドさんが見たいからですが?」
そう言う瑠璃の頬は、それが何か? という様なクールな雰囲気を漂わせつつ、実際は微妙に赤らんでいる。むっつりだこいつ!
(……むっつりだこいつ! 私もそっち行きたいけど!)
とはいえ、ここで紅葉は自身の記憶こそないが伝承等は覚えている為、その伝承の記憶を元に瑠璃を止める。
「いや、でもアルシエルの方は流石にやばいでしょ。というかアルシエルって何か知ってる?」
そこで瑠璃は少し考え込み、それから紅葉に返答する。
「……確か何処かの伝承の天使でしたっけ? しかもかなり上位の」
知っているらしい。
実際、紅葉はここまで瑠璃と話してきて、世界が違えどもかなり共通した認識の土台を持っている事はわかっていたが、それはどうやら伝承などについても有名なものはある程度共通しているらしい。
そこで紅葉は首をこくこくと縦に振りながら、瑠璃の今言った情報に自身の知る情報を補足する。
「うんそう。もしくは邪神か暗黒神の類だったはず……」
[検索:《ALSIEL》@@@→予測変換実行:《アルシエル》
ALSIEL:地獄の最下層「ゲヘナ」に棲むとされる暗黒の神。または堕天使。その存在は「黒い太陽」を象徴するとされ、「奈落の王」であると言われている]
「!」
と、紅葉が僅かばかりの情報を補足した所で、突然、紅葉の頭上に流れる中空の文章にアルシエルの検索情報が表示される。
(予測変換、ね……。それに人名の検索は出来ないのかと思ってたけど、伝承系なら検索出来る事もある、と……)
そうして表示された情報を紅葉が読んでいると、その異常を察知した瑠璃が紅葉に声をかけて来る。
「? どうしました? 紅葉さん」
(! おっと、読んでる最中は虚空を見つめてる感じになるから不自然なのか)
その声に我に返った紅葉は今見た情報を整理しつつ瑠璃に伝える。
「あ、うん。なんかまた中空の文章が書き変わった感じ。アルシエルは地獄の最下層に棲むとされる暗黒神、または堕天使で、その存在は黒い太陽を象徴してるとか何とか。後、奈落の王だとかも言われてるみたい……?」
「はぁ、そりゃまた物騒な……?」
そうして語る紅葉の言葉に瑠璃はしばし「ふーむ……」と顎に手を当てて逡巡した後、紅葉の提案を飲む。
「まぁ、そうですね。私としてはどちらに行っても大丈夫だとは思いますが、今回は神殿の方が都合が良いのかもしれません。メイド喫茶にはあとで休憩がてら寄っても良いわけですしね。じゃあ神殿の方に行ってみましょうか」
(都合……?)
そう言う瑠璃の言葉は、表面上は紅葉の言葉によって動かされた様に取り繕ってはいるものの、実際には別の判断基準を元に決定した事を紅葉は察する。
とはいえ、自分の意見が採用されたのならそれはそれで良いので、紅葉は瑠璃の意見が変わらない内に神殿の方に近付いてその扉を開ける。
「んじゃ、行くよー?」
―ギィィィィィィン―
そうして紅葉は神殿の一番左端、自分達から見て一番近くにあった、通用門と思われる重々しくも他の扉よりは一際小さめの鋼鉄の扉を開けた。
……が、その先で目に入って来たのは思いがけないものだった。
それは大量の漫画やゲームが並べられた棚。
及び、それに関連するであろうキャラクターグッズの数々。
天井近くにまで棚と商品が犇めき、一種の迷宮と化したそれは、その物量こそ瑠璃も紅葉も見た事の無かったものだが、その場所が何を意味しているのかは二人共良く知っていた。
「「アニメショップだこれ!?」」




