第十七話「権利と色職」
国家が国家ぐるみで人材を欲しがる時は大抵非常時である。そして国の非常時とは大抵戦時である。
短絡的だが大抵の場合はそれで正しいだろう。
そして、そうであるのならば平和に見える都市の中で誰もが武装している理由にもなる。
そうして、現状を的確に言い当てた瑠璃に対し、職員はその表情を先程からの無表情から一変させ、にこやかな笑顔に変えて返答する。どうやら彼女の表情筋は生きていたようだ。
その顔付の豹変ぶりに敵意や悪意は感じられないものの、その笑顔に何処か既視感のある怖気を感じて、紅葉は内心震えあがる。
「話が早くて助かりますね。……と言ってもそんなに警戒しないでください。この国に労役や徴兵の義務はありませんので……」
そんな紅葉の内心を知ってか知らずか、職員はにっこりと笑って一呼吸おいてから二人のより正確な現状を説明する。
「ただ、義務が無い代わりにただ身分を手に入れただけでは保証もありません。今、お二人が手にしておられる身分証で得られる権利はただ生まれ持つ権利を侵害されない権利。すなわち生存権だけですね。その他の権利や社会保障を得たいのであれば別途それに見合う功績を上げてより上位の身分を得る必要があります。……ここまでは良いですか?」
義務ではないが、働き、功績を上げなければ生存権以上の保障は無い。それは即ち、身の安全こそ保障されているものの、生活上の保障は何も無い事を意味している。いや、それどころか、その唯一保障されている生存権についても、それが瑠璃や紅葉の知る基本的人権を充たしているかどうかすら怪しい。
そこで、瑠璃はまずその事について尋ねる。
「いえ、生存権の範囲について聞きたいですね。それはどのぐらいの範囲が保証されるんですか? 生活保護とかあります?」
それに対して職員は近くの棚にある本を三冊取り出し、その内の一冊を開いて中を指差して答える。
「いいえ、生活保護はありません。生存権で保障されるのはあくまで『不当に身体及び物理的精神を害されない権利』と『自由に物事を考え、行動する権利』のみになります。この権利では不当な暴力や物理的洗脳などから保護されるだけですね。勿論、物権や労働する権利などはその中に含まれますので、いきなり身ぐるみ剥がされたりはしませんけれど、国家に対して何も求める事は出来ません」
そして、「詳しくはこちらをどうぞ」と言いながら、その異世界人用にこの国の法が簡素に纏められた薄い辞書を瑠璃と紅葉に渡す。
「他に何かありますか?」
そう問う職員に対し、瑠璃はその簡易法律辞書をぱらぱらと捲って、内容を把握しつつ、次の質問に移る。ここからが本題だ。
「んー、見た感じ基本的な法律や刑罰は私の知ってるものとあんまり変わらない感じですね。その上位の身分や功績について教えて貰えますか?」
そうして瑠璃がこの国、いや、この世界の中核となるであろう人民運用システムについて触れると、職員のお姉さんは両手の指先を顔の前で合わせ、何処か楽し気に、待ってましたと言わんばかりに説明を始める。
「了解です。まずはこちらの一覧表をご覧ください。色ごとに12段階に分かれているのが見えますか?」
そうして机の上に広げられた一覧表を瑠璃と紅葉が覗き込むと、職員はその内の一つを指し示して二人の現在の階級を説明する。
「この12段階の色はレアリティカラーと呼び、それぞれの色の階級は色職と呼びます。お二人は来訪されたばかりの様ですのでまずは<Notカラー>からですね」
そうして説明される事柄を要約すると、これらの色職は個人の社会的地位と財産から自動的に決定され、色職の階級が上がれば、その分だけ国から保護される内容も増える他、高度な依頼を受けれたり、防犯レベルの高い場所に入れたりするのだそうだ。また、この国を始めとしたこの世界では、社会的地位はあくまで国家と個人の間での関係であり、個人と個人には影響を齎さない為、上位の色職者だからといって下位の色職者に対する権利は無く、社会的地位を元にした婚姻関係など一部の事柄に影響を齎す他は階級の違いがあっても平等公平に扱われるらしい。
(身分の違いはあっても個人は平等……か。ずいぶんと文明レベルが高い、というより倫理レベルが高い……)
その戦争中とは思えない理性的な法基準に紅葉はこの国の本質を測り兼ね、瑠璃も困惑する。
(どうも動員必須な困窮状態ってわけじゃなさそうなんだよね……)
/(戦時中というのは本当でしょうけれど……、どうも別の思惑が見える気がしますね……)/
が、その一瞬脳裏に浮かんだ二人の懐疑を打ち砕くかの如く、次の宣伝文句が話される。
「それで、これらの色職を上げる為に一番手っ取り早いのは仕事をこなして年収を上げたり高い地位に就く事ですが、それに関しましては企業への就職を希望でしたら生活課か兵站課で、フリースタイルでの労働を希望でしたら国営事業課か軍務課、もしくは民間の依頼所で仕事を受けるという形になります。あ、勿論お勧めは兵站課か軍務課ですよ? あの辺りはいつも人手不足ですし、能力次第で地位も収入も一気に上がります」
如何に理性的で倫理的だろうと戦時中は戦時中。
義務は無くても露骨に軍事関係の課での仕事を進めて来る。
その心底面白そうに物騒な課の仕事を笑顔で勧める職員のお姉さんの言葉に内心蒼褪めながらも、紅葉は先程の緋色の剣士の事を思い出す。
(そう言えばさっきの緋色のお姉さんが持ってたカードは赤色だったっけ……)
そうして、ふと紅葉は職員のお姉さんの宣伝を聞き流しながら、渡された表の中で赤い色の色職ランクを見る。
そして、驚愕する。
―レアリティ―
<ブラッディ>カラー。全12カラーある職色の内、上位3番目。上流階級と呼ばれる貴族階級の中でも最も上位に位置し、支配階級の直属や上級管理職に就く者に付与される職色。
―レアリティ―
Notカラー
クラリティー
グレー
アイアン
ブロンズ
シルバー
ゴールド
ホワイト
プラチナ
ブラッディ
オーロラ
ブラック




