第十六話「不穏の影」
「えっと?」
「だから、お二人は現時点を持って緋煉皇国民になります」
そう告げられた事に対して、紅葉は頭があまりついていかずに首を傾げるが、瑠璃の方は「なるほど」とそれを理解して頷く。
その様子を見た職員は紅葉の方に国籍に関する制度を詳しく説明し始める。
話された内容によると、この身分証はこの世界では本来、その本人が生まれた時にその生まれた場所で発行され、それ自体がその場所で生まれた国民であるという国籍をも証明するものであり、この身分証を持っている者には必然的に無国籍は存在しないようになっているらしい。
そして、異世界からの来訪者などの自国と呼べるものがこの世界に無い者の場合は、その初めに身分登録をした国の国籍が無条件で与えられ、その国の国民となる事が出来るという事らしい。
その他、この世界では『国籍は基本的に血統主義が採用されており、自国民から生まれた子には自動的に自国の国籍が与えられる事』『大国や地方大国の国籍はいわゆるそれだけで他の小国や中堅国家に対して有利に働く為、基本的に自国民の子にしか与えられず、外国籍の者が他国の国籍を持つ事や国籍の二重取りは出来ない事』『もし、何処かの国の国籍が欲しくても帰化は出来ず、生まれ持ったもの以外は大金を積んで買ったり、何かしらの功績を立てた上での名誉市民としての疑似国籍を得る事しか出来ない事』『地方大国にも満たない中堅国家や辺境国などの身分証の発行は基本近隣の大国か地方大国が行うが、何処の大国や地方大国でも管理情報は同じなので申請すれば何処の大国や地方大国からでも特定の中堅国家や辺境国の身分証が発行出来る事』などが説明される。
尚、両親がそれぞれ別の国籍を持つ場合でも帰化は認められず、その子供はその両親の持つ国籍のどちらかを選択し、選ばれた国の機関で身分証を発行しなければならない事。また、両親が別々の国籍で、子供に国籍の選択権があったとしても、その片方の国が既に滅亡していて身分証が発行できない場合は自動的にその子供はもう片方の親の国籍になり、両親ともの国が滅亡している様なら来訪者と同じ扱いで初めに身分登録をした国の国籍が無条件にその子供の国籍となるらしい。
それを聞いた紅葉は、やはりそのシステムへの疑問を漏らす。
「えっと、そういうのは審査とかしなくて良いんですか? 来訪者だって嘘ついてたり、元の世界では犯罪者だったなんて事もあるんじゃ……」
そうしたなかなか用心深い紅葉の疑問に対し、職員は珍しいものを見る様に目をぱちぱちと瞬きさせ、返答する。
「あぁ、それなら大丈夫ですよ。この創誓世界の身分証は国家ではなく統一政府が管理している物なので重複は不可能ですし、来訪者に関しましては……、『この世界に来た時点で、今までの罪は無かった事として扱われます』。こっちで新しく罪を犯さない限り今までのは無視ですね」
異界で犯罪者だろうとこの世界に来た時点では一般人扱い。それは寛容な様に見えるがある種当然の帰結ではある。何せ、この世界では専用のマニュアルが用意される程度には度々出現するであろう来訪者を一人一人調べて罪人かどうか特定する場合、それに掛かる費用と労力は明らかに割に合わない。そうであれば、後に犯した罪は裁くとしても来た時点では一律無罪の一般人として扱った方が都合が良い。なぜなら、来訪者そのものは罪人ではなくただの異世界人。その中に罪人が紛れ込んでいるとしてもその比率はさして高いものではないからだ。
「元の世界で犯罪者だったとしてもその罪に関してはこの世界では裁かれません。だって、元の世界の話ですから。法律だって違うでしょうしね。なので、どんな罪であれ、元の世界での罪を理由には、私達は裁きません。ただし、その罪が理由で元の世界の住人が誰かを追って来た場合、などについては別で、それはその時点でその者の罪がその者に追い付いたものとして、そこを起点に、その罪は私達の世界で行われた罪と同等の罪となるので、そうなった場合は、そこから、私達は私達の法でその者を裁き、そこで罪と判断されれば、当然引き渡し、刑にもかけますし、そこで罪でないと判断されれば、当然引き渡さず、逆に庇います。まぁ、そこは私達としましても、罪人は必ず処罰しなければいけない反面、不当に虐げられた逃亡者は必ず庇わなければいけない、という法律があるので、罪が追い付き訴えられた時点で、そこから私達の法を基準に改めて裁いて判断する、という感じですね」
……そうして話す職員の言葉は厳格だが、かつての記憶がない紅葉は、そこに一抹の奇妙な違和感を覚える。
(なんかその法律、聞いた事ある様な気がするけど……、まぁ、基本は問題が起こるまで放置って感じなのかな? いや、いちいち面倒事なんて抱えたくないだろうし、扱いとしては妥当だと思うけど……。……、……? いや、それならなんで……)
何故、自分達が他国で登録する様にせず、自分達の国で登録させたのか。
その行動には些細とはいえ矛盾が生じる。
何故ならば<来訪者>とは有態に言えば『異世界からの移民』だからだ。
そして移民とは本来制御できない外部勢力である為、国力が安定している強大な国であればある程に嫌厭しがちなものである。
……酷い事を言う様だが、大国にとって移民とは、それこそ慈善事業としての対外アピールに使用する程度にしか、受け入れるメリットは無いものである。
そしてそれは、先程聞いた様、移民に対してもまた、正当な裁きを執行している、というのであれば尚更であり、移民を受け入れる事にメリットは無い。
何故なら、多少の対外アピールを別にして、移民のほぼ唯一と言って良いメリットとは、それが使い捨ての労働力になる事ぐらいだからである。
そして、その様にして移民のメリットが得られない場合、普通は何処か別の国へと押し付けるというのが定石となる。関わりたく無いのだから。
当然、自国で、それも国民として身分登録させる事など、論外である。
勿論、奴隷として使い潰すつもりなのであれば積極的に受け入れるのも理に適っているが、その場合は自国民と区別する為、明確な差別階級としての特殊枠を用意して入れるべきであり、あくまでも登録は移民のままとしなければならない。
……が、今の所、どう見てもそんな措置は取られていない。それは、通常の市民と同じ形式で個人番号が振り分けられた所から見ても明白である。
それに、大国は周辺の中堅国家や辺境国の身分証登録まで出来るというのならば、それこそその辺りの国を勧め、そちらに登録させる事で平和裏に移民払いをする事も出来るのだ。
だが、思えば会った時点から身分証の登録を進められており、他での登録が出来るというのも登録が終わった後に国籍の事を聞いた事で出て来た情報だ。これではむしろ本来であれば厄介者であるはずの<来訪者>を積極的に受け入れようとしている様にも思える。
何故? 紅葉がそんな疑問をふと頭の中によぎらせた所で、それらの事情は元より理解していた瑠璃が、口を開く。
「……なるほど。んー、仕組みはだいたい理解しました。この世界では身分証と国籍は必須で今回私達はこの国、緋煉皇国の民になった、と」
しかし、その後に続く言葉は紅葉には予想出来ていないものだった。
「それで、この国、税は対象外なんだとしても、もしかして、何らかの労役義務とかあったりします? 具体的には戦時徴兵とか、その辺り。後ついでにー、今、戦時中だったりします?」




