第十二話「私の言語と貴方の言語」
渡された書類が読めない。それは致命的な事だった。
ここで瑠璃が言葉に詰まり、探索の途中にこの世界の主要文字と思われる文字が読める事が判明した紅葉に助けを求める。
「すみません紅葉さん、この文字読めますか? 私のいた世界の文字とは違うみたいでして……」
「え? どれどれ?」
そこには、こう記載されていた。
『住民登録表 以下に貴方の名字と名前を記載してください。』
「ん? なにこれ、読めるけど読みにくいな……」
「おや……? 申し訳ありません。深淵語ではなく冥府語の方でしたか?」
その紅葉の言葉を聞いた職員は、そう言って紅葉に別の言語で書かれた住民登録表を手渡す。
『住民登録表 以下ニ貴君ノ姓名ヲ記載セヨ。』
「え? あ、はい。こっちなら問題無く読めます。どうも」
紅葉は新しく手渡された書類にすらすらと書き込んでいく。どうやらこちらは読める様だ。そうして紅葉が書類を書き始めたのを見て、職員は瑠璃にも冥府語で書かれた書類を手渡す。どうやら瑠璃の方も読文が深淵語ではなく冥府語だからわからなかったのだと思った様だ。
そこで、瑠璃はこの役所が主要言語と思われる言語だけでなく他に幾つかの種類の文字の書類も受け付けている事に気付いた。
(なるほど……)
瑠璃としては紅葉に代筆して貰っても良かったが、自分の知っている言語で登録出来るのならばそちらの方が良いだろう。
「すみません。この書類って他の言語の書類も取り扱っていますか? 私、この系列の言語はわからないので、もし私の知っている言語の書類があればそちらで記入したいのですが……」
それに対し職員は頬に指を当てて首を傾げながら答える。
「あ、はい。別の言語での書類も幾つか扱っておりますが、どちらの言語でしょうか? 流石に一般流通していない類の言語は扱っておりませんが……」
もっともな意見である。しかし、瑠璃は自身の知る言語の一つは恐らくこの世界でも一般的に使用されている言語であるという予測が付いていた為、その理由を語る。
「それでしたら、さっき見た案内書きに知ってる言語の文字があったので、たぶんこの世界でも一般的に使用されている言語だと思うのですが……」
そこで瑠璃はちらっと後ろに掛けられた案内板の文字を見る。そこには大きく書かれたこの世界の主要言語と思われる文字の下にそれと同じ意味だと思われる複数の別の種類の言語が書かれていた。
「なるほど、ではこの中の文字でどれか読めるものがあるでしょうか? もしくはこの紙に「私の名前は~~です」という形式で自分の名前を書いて頂ければ、検索機に取り込んでその文字がデータベース内に存在するかどうかお確かめ致します」
そう言って瑠璃に様々な言語で書かれた住民登録表と思われる紙束が渡される。
「ありがとうございます。と、これとこれは読めますね。あ、でも一応データベースの方も……」
そう言いつつ、瑠璃は渡された紙に2種類の言語を書き込んでいく。
『My name is Lluri Mmitonat.
Mihi nomen Lluri Mmitonat est.』
職員はその文字を見た瞬間にそれが何処の文字なのか理解出来たらしく、「あぁ」とでも言いたげに両手の指先を軽く合わせて軽く頷きつつ瑠璃にその文字について説明する。表情が無表情なだけで情動はあるようだ。
「これは物質界語と魔界語ですね。魔界語は一般的ではありませんが、物質界語の方はこの世界でも一般的に話されていますから、書類はそちらだけで構いませんよ」
「そうなんですか? わかりました」
それを聞いた瑠璃は物質界語で書かれた住民登録表にすらすらと必要事項を書き込んでいく。
(そういえば、魔界から来たって言ってたっけ)
その多数の言語で書かれた住民登録表の中で瑠璃が選んだもの以外に一つ紅葉の目に留まるものがある。
「……? これ」
その言語は紅葉にだけ見える中空の文字と同じ言語で書かれていた。




