蓮鳥教との対決 その三
湯上りに早い昼食を済ませると、二人は素面のままで映像を見る気になれず、展望ラウンジでむやみにビールを煽り、赤い顔のまま坂東医師の部屋へ戻った。フロントで借りた映像用のケーブルをカメラからテレビへ差すと、真樹と坂東医師はじっと、画面に映る廃屋の様子を凝視するのだった。
「……やっぱりそうだったか」
真樹は額に手を当てると、窓際から引き寄せて座っていた座椅子の背もたれに、溶けるように沈み込んだ。傍らで膝に手をつき、身を乗り出して映像を見ている坂東医師などは、風呂に入る前のようなひどい汗を顔いっぱいにかいている。
無理もない話だった。タクシーが廃ホテルから百メートルばかり離れたころに、何人かの人影がわらわらと、ひと気のないはずの廃屋から出てきたのだから――。
「やっぱり、あの連中が今度の件について、裏で手を回しているんでしょうか」
高足の灰皿へ灰を散らしながら、坂東医師は気を静めようとキャメルをふかしている。
「そう考えるのが、一番自然でしょうね。唯一神・蓮鳥をあがめる奴らが、その御本尊に対する生贄として切り刻んだ人体を供物として差し出した……。その中でも具合の悪いところが、ああして廃病院の中に捨てられたり、海に放り投げられたりしたんでしょう」
肩をすぼめたまま、真樹は天井をにらみながらため息交じりにつぶやく。
「しかし、それだけではあそこに大勢、蓮鳥教の信者連中がいる理由にはならんでしょう。おそらく何か、深いワケがありそうなものですが……」
「――あるとしたら、あの場所が礼拝所にでもなってるか……というとこですかね」
真樹の言葉に、坂東医師はごくり、と生唾を飲み込む。
「待てよ――」
椅子に沈んでいた真樹が、びっくり箱のように飛び上がり、部屋の隅に置かれた今朝の朝刊を手に取る。そして、一面の下の方に並んだ広告や天気概況の欄をなめていた真樹は、ベッドの上に新聞を叩きつけ、なるほどなあ、と、目元へ力を込めながら壁をにらんだ。
「真樹さん、どうかしたんですか」
「坂東先生、ひょっとすると今夜あたり、やつらの儀式の様子を拝むことができるかもしれませんぜ」
「なんですって――」
立ち上がる坂東医師に、真樹はシーツの上の新聞を手の取り、ある個所を指でさした。県域の天気予報欄の隣にひっそりと刷り込まれている、「きょうの月齢」という部分で、肝心の月齢は一五・六、まごうことなき満月であった。
途端に、坂東医師の頭に、いつぞや自分の家の応接間で真樹とともに紐解いた百科辞典の一行がよぎった。
――唯一神「蓮鳥」を祭り、満月の晩に松明を持って暗い海へ、生贄を捧げ礼拝をする習わしがあったとされている……。
「蓮鳥教の一団がこの町に現れたのは、このためだったんでしょうか」
医師の問いに、真樹は頭をかき回しながら、非常識なようだが、そう考えると腑に落ちることがいろいろとありますからね、と忌々しげに鼻を鳴らす。
「今日のために、あの生贄をどこからか引っ提げてきて、あんな惨いことをしたんでしょう。――有史以前ならいざ知らず、この二十一世紀にこんなことをするなんて馬鹿げている」
「まさか、今夜あたりにもまた、儀式の中でだれか殺したりはしないでしょうね」
可能性はゼロではないでしょう、と真樹が返すと、坂東医師は顔を青くし、
「どうします、いっそ警察にでも……」
「いや、こんな突飛なこと、お役所じゃ取り合ってくれやしませんよ。第一、こんな小さな町の警察署じゃすぐには動けない。かくなる上は、僕が単身、あの廃宿に乗りこんでゆくしかありませんな」
座椅子をしまい、ベッドの上に腰を下ろすと、真樹はしばらく、神妙な面持ちで昼下がりの窓外を見つめていた。今夜あたり、きれいな満月が拝めそうな、雲一つない青い空がさあっと、日本海の波を照り返すように控えているのが、真樹にはひどく憎らしく思えた。
「――真樹さん、あなた何か一つお忘れじゃありませんかな」
坂東医師が備え付けの冷蔵庫からジュースを出したのに気付くと、真樹はそっと、その方向へ頭を向けた。
「出発前に言ってたでしょう。ゆめゆめ、恨んでくれるな……って。なに、こういう結果になっても、僕はあなたのことは恨みやしません。ひとつ一緒に、あの邪宗の元へ迫ろうじゃありませんか」
「しかし先生……」
受け取ったアルミ缶のオレンジジュースを握ったまま、真樹はどこか踏ん切りのつかない表情を覗かせていたが、坂東医師はそれを悟ってか、
「なに、いざというとき逃げるにも、一人よりは二人の方が心強いじゃありませんか。あなたと僕の仲だ、こういう時のために、僕は付いてきたようなもんですから……」
と、真樹の顔へほほえんでみせる。
「坂東先生、ああたは僕が思っているよりタフなお人だったらしいや。ひとつ、僕の骨拾いを頼みますよ。葬儀でなにもないと、バイトが悲しむから……」
「安心してください、陰山さんを若後家さんにしたりはしませんから……」
神妙な話し合いのはずか、いつもの調子に収まってしまったので、二人は先刻までの深刻さはどこかへ吹き飛ばし、腹を抱えて笑いあうのだった。
窓の外を、うみねこがニャア、と鳴きながら、南南東へと飛び去って行った。




