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梔子色の古神  作者: ウチダ勝晃
第四章 蓮鳥教との対決

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蓮鳥教との対決 その二

 まだ水気の残るタクシーへ乗り込むと、二人はひとまず、車を投棄場所の第一候補である「社崎 郵便保険の宿」の跡地へと走らせた。

「――兵どもの夢の跡、かあ」

 二、三、トンネルを潜った先にようやく見えた跡地とその廃屋の姿には、芭蕉の句を引用してみせた真樹はもとより、坂東医師と仙田運転手もため息をつかずにはいられなかった。

 かつて、国の財政が緩やかだった時分、国民のために全国各地に低廉な保養施設を作ろう、という大義名分を帯びて建設されながら、その後の不景気で大半が短い夢と消えた郵便保険の宿――。その跡地の荒れようは、一つの時代の終焉を今に伝えるような、儚い虚しさに満ち満ちている。

 件の廃屋は、海上から照り返す日差しを、ところどころ錆の染みついた白い外壁に跳ね返しながら、うっそうと生い茂った草木の中のその巨体を晒していた。同じ日本海側の新潟県のように、降りしきる豪雪に生活の術をすべて奪われる、とはいかずとも、冬になれば傘を御猪口にしてしまような突風が大陸から襲い掛かるN県の海辺という立地のため、窓にはまっていたガラスというガラスは枠だけ残して無惨に散り、ビニールの屋根を張ってあった鉄骨は、浜風の塩気にすっかり蝕まれて、鈍い色を太陽の下にのぞかせている有様だった。

「国をあげてレジャー振興なんて、呑気な時代があったんですねえ」

 窓ガラスに頬杖を突きながら、徐々に迫りくる廃屋を前に、坂東医師はギリギリ記憶に残っている、遠い良き時代のことを思い返している。

「今じゃそんな余裕、とてもじゃないが我が立法府の代議士様方にはなさそうですがね」

 真樹のつぶやきに、遊園地が良くなかったんですよ、と仙田運転手が付け加える。

「だいたい、この場所にホテルだけじゃなくて、遊園地までつけたのが良くなかったんです。風にあおられるから観覧車やジェットコースターの類は置けない。そうなると無難なシロモノしか置けないから、客引きも弱い――。だいいち、この道があまり太くないから、いちどきに人を運ぶのにも無理があったんですなあ」

 これでも一応県道なんですがねえ、と、仙田運転手が語るこの道路――県道四二号線は、田舎の裏路地のような頼りない道幅に、無理くり片側一車線ずつをねじ込んだ貧相な作りだった。あまりの細さに、真樹はふと、マイクロバスならどうにかなるが、大型の観光バスとなると海辺に落ちても無理はないだろうな……と、先刻社崎の駅前から出て行った三台に絡めて、往時の様子を想像するのだった。

「どうします、玄関先までつけましょうか」

「――ひとまず、そこで一時停車をお願いします。ちょっと調べたいことがありますから……」

「は、はあ……」

 真樹の頼みを不思議がりながらも、仙田運転手はウィンカーを左に出すと、車をアスファルトのはげた車寄せへ滑り込ませた。ひと昔前ならば、ホテルマンが扉を開けに寄ってきただろう玄関先は、海辺に似合わずひどく乾いた、埃っぽい空気を漂わせている。

「念のために、カメラを持ってきて正解でしたね」

 レザーの速射ケースに収まったデジカメを肩から首へかけなおす真樹へ、坂東医師は髪をなおしながらつぶやく。

「まあ、昼なら携帯電話のカメラでも十分だったんですがね。ないよりはましだろうと思いまして……」

 いつでも撮影ができるようにセッティングを済ませると、真樹は車寄せを抜け、砂ぼこりでくすんだ大型バス用の駐車場の跡をカメラ片手にしばらく彷徨し、しきりにシャッターを切っていたが、何かを見つけたらしく、ちょっとしゃがんでから、すぐに坂東医師の元へと舞い戻ってきた。

「なにかありましたか」

 問いかけに真樹は、これ、どう思いますとだけつぶやき、ほのかに赤リンの香りが残る、三本使ったきりのブックマッチを坂東医師の手のひらに乗せた。

「――これ、日本海荘のマッチじゃありませんか」

 自分たちの泊まっているホテルの名前が刷り込まれているのに気付くと、坂東医師は真樹の顔をまじまじ見つめ、頬をひくつかせた。

「しかも、まだ臭いも残っているような、使われて間がないシロモノだ。それにどうです、この足元を……」

 真樹が人差し指を向けるのにつられてその先を追いかけた坂東医師は、下手なタップダンスのように足を鳴らし、その場に飛び上がった。

 無理もなかった、足元の土埃には、大小様々な靴跡が縦横無尽に刻み付けてあったのだから――。

「じ、じゃあ、この建物の中に、朝早くに立って行った観光客がいるということですか……?」

「まあ、どうやらそういう具合になるらしい、が……!」

 それまでブックマッチの発見を喜び、満面の笑みを浮かべていた真樹の顔から、血の気がすっと引いていった。そして、

「坂東先生、退散しましょうッ」

「あっ、ちょっと――」

 乱暴に二の腕を掴むと、真樹は坂東医師をタクシーの後部座席へ押し込み、すぐさま車を駅前に戻すよう仙田運転手に命じた。車が宿の跡地を離れる間、真樹はカメラをスチールからムービーへ切り替え、レンズを後ろ手に構えたまま、顔のいたるところへ大粒の汗を吹かせていたが、行きに潜った最初のトンネルを抜け、見慣れた日本海荘の建物が視界に入ってくると、大きなため息とともに、カメラの電源を落としたのだった。

 ホテルのロータリーでタクシーを降り、仙田運転手に丁寧に礼を述べると、二人はそのまま、一階の海側にある大浴場へ向かい、広い湯船に飛び込んだ。

「いったいどうしたんです。急に、退散だっ、なんていうから、びっくりしたじゃありませんか」

 かけ湯で乱れた髪をあげながら坂東医師が尋ねると、真樹は息を整えながら、あそこは危険な場所らしいと悟りましてね……と、消え入るような息で返す。

「あくまでも、これは僕の経験則から出た突飛な発想なんですがね……。我々とともにこのホテルで寝起きしていたあの大勢の客は――」

「大勢の客は……?」

「あの忌まわしい邪宗・蓮鳥教の信徒だったんじゃないか、と思うのですよ」

「――なんですって」

 坂東医師が湯気越しに、真樹の顔をやや引きつらせながらまじまじ見つめる。

「先生、さっき僕があなたを乱暴にタクシーへ押し込んだのは訳があったんです。あのマッチを検分していた時、僕はちょうど、玄関先の方へ顔をむけ、あなたと話し合っていましたね。その時にふと、僕の目線があのガラス扉越しの玄関ホールの方へと移ったですが、くすんだガラスの向こうに、複数の人影が見えたんですよ。もっとも、僕が叫んで車へ乗り込んだ時には、雲の子散らしたように逃げて行ってしまいましたがね……」

 吹き出し口から滔々と流れてくるお湯で顔を洗うと、真樹は目をぎょろりと回して、おそらく、後ろ手に録ったあのムービーに何か写っているでしょうね、と、頭の上のタオルで顔を拭きまわしながらつぶやく。

「まさか、僕らのあとをつけてきたりは――」

「それはどうでしょうね。仙田さんの話じゃ、マイクロバスが三台連れ立って運んでいったって話ですよ。他にセダンや軽自動車を見たような話はないし、僕ら自身が追いかけられた覚えもないから……」

 不安がどうにか拭われると、坂東医師は口元ぎりぎりまで湯につかり、しばらく呆然と湯けむり越しに洗い場を見つめていた。普段ならおぼれますよ、などと軽口をたたく真樹も、今度ばかりは疲労困憊で、湯船に背を預けたまま、しばらく吹き出し口の音だけが支配する男湯の隅に固まっているのだった。

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