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梔子色の古神  作者: ウチダ勝晃
第四章 蓮鳥教との対決

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蓮鳥教との対決 その一

 朝食の席で会ったら昨日のことをきちんと詫びよう、と殊勝なことを考えながら布団を出た真樹は、目の前に繰り広げられた思いがけない出来事にすっかり打ちのめされてしまった。それは、そろそろ朝食の時間が終わろうかという朝の九時過ぎ、夕食と同じ会場へ真樹が着替えて現れたときのことである。

「――おや」

 昨夜と同じ場所のはずなのに、朝食会場の広い席はぽつん、ぽつんと人が座っているきりの、ひどく閑散とした様相を呈していた。

「ばかに人が少ないね」

 朝食券を渡しながら辺りを見回すと、受付係のウェイトレスがそっと、

「今日は、朝早くにチェックアウトをされたお客様が多かったんですよ。おかげで、六時半から動きっぱなしでした……」

「へえ、そりゃ珍しい……」

 接客商売の世知辛さを多少なりとは知っている真樹が、彼女をねぎらいながら手近の席へ腰を据えようとすると、背後から坂東医師の声が足音とともにこちらへ近寄ってきた。

「やあ、おはようございます。昨日はどうも、とんだ無礼を…………おや」

 ワイシャツの胸ポケットから朝食券を出そうとして目をそらした坂東医師も、朝食の席のこの閑散ぶりには思うところがある様子だった。

「坂東先生、あなたどう思います。こんなに静かなホテルの朝飯は、僕は生まれて初めてかもしれない……」

 彼を伴って、ちょうど昨日とは反対側のテーブルへ落ち着くと、真樹は特別注文の品が書き添えてあるメニューを読むふりをしながら、坂東医師と四方の席の様子を伺った。

「――昨日あんなにいた宿泊客が、ほとんど出て行ってしまったっていうんですか」

「受付のお姉ちゃんの話じゃ、そういうことになるらしいですよ」

 そばを通りかかったボーイへ具入りのオムレツを注文すると、二人は料理をとりながら、この奇妙な光景について話し合っていた。

「僕は宿についてからのこの方、団体様ご一行なんて看板は見た覚えがない。それに第一、そういうお客相手の余興なんかの支度をしているそぶりは微塵もない――」

「もっと妙なことがありますよ。とかく、団体旅行というやつは人数の増減があるのに、僕らのような、予約上は一人きりのお客に対してその可能性を示唆する、または断るようなことがありましたか?」

「そんなわきゃあなかろう、坂東殿……」

 皿一杯に盛ったソーセージやサラダ、小鉢の煮びたしや納豆、漬物などをお盆の上に乗せている真樹は、ややお道化た調子で返事をしてみせる。

「つまり、こういうことになるわけです。団体でもなんでもない大勢の宿泊客が、なにか訳あって、申し合わせたように宿を去っていった――」

 程よく焦げ目のついたクロワッサンへ、銀紙から出したバターを塗りながら、坂東医師は頬をひくつかせながら真樹の顔をのぞき込む。

「そう考えるのが一番理にかなっていそうですね。しかし……そのお客たちはいったい、どこから来て、何の目的で消えたのか……」

 坂東医師と話しつつ、お椀の中で温泉玉子を混ぜていた真樹は、あらかじめ箸で穴を開けて置いたご飯の上に玉子をかけまわし、しょうゆを数滴散らした。

「――ひとまず先生、腹ごしらえを済ませたら駅まで行ってみましょうか」

「何か、アテがあるんですか」

 どこか不安な面持ちの坂東医師を前に、小盛りのご飯を平らげた真樹は渋茶を含んでから、

「こういうときのために、あのオヤジさんに千円渡してあるんですよ。どうやら、無駄金にはならないようだ……」

 にまりと笑うと、真樹はふたたび、山と盛られたおかずの大群へ箸をつけだすのだった。

 

 朝食を済ませてから、三十分毎に駅とホテルを往復している送迎バスで越鉄社崎駅まで出ると、真樹と坂東医師は昨日乗ったタクシーがそのあたりをうろついていやしないか、ぶらぶらと歩きながら辺りを見まわした。

「真樹さん、あれじゃありませんか」


 キャメルをふかしていた坂東医師が、そっと指をさしたので、真樹はつられてその方向へ目を向けた。

 ちょうど、駅舎のはす向かいにある――もっとも、ロータリー状になった場所だからはす向かいも何もないのだけれど――車庫と事務所がくっついた小さな平屋の奥で、見覚えのある車が一台、鼻歌交じりの中年男によってホースの水で丁寧に洗われているのを認めると、真樹は間違いない、とつぶやき、とってつけたような大きい足音と共に「社崎自動車営業所」という看板の下を潜り抜けた。

「――おはようさんです」

 真樹のちょっととぼけた声に、社崎自動車の運転手・仙田はホースをひっこめ、やあ、昨日の……と軽く挨拶を返した。

「車の御用ですか」

 手元のコックをひねって水を止めながら、仙田運転手は真樹と坂東医師の顔を覗き込む。

「まあ、そいつもあるんだけど、ちょっと聞きたいことがありましてね……。仙田さん、あなたショウバイは通し? それとも昼夜別々?」

意外な質問に、仙田運転手はちょっと驚いてから、二人の顔をまじまじと眺める。ちなみに真樹の質問は「朝から晩まで運転しているのか、それとも昼か夜のどちらかだけか」という意味である。

「ほかの三人とかわるがわるやってるんですがね、今月は昼だけですよ」

「――なるほどねえ。ちなみに、夕方からつい今しがたまで車出してたのはどなたです。ちょっとばかり聞きたいことがあるんですが……」

 真樹がおそるおそる事情を打ち明けると、仙田運転手はそりゃ参ったな、と額を軽く手で打って、

「つい十分前まで、売り上げ報告やらなんやらを書いてたんだが……。家は近くなんですが、今から行って起こそうとするとひどく機嫌を悪くするからなあ。私じゃいけませんかな、そのご用は……」

 仙田運転手の申し出に、坂東医師がいつも朝はお早いんですかと尋ねると、彼は笑って、

「トシのせいか、否応なしに目が覚めましてね。そういや、今朝は駅前がいやに騒がしかったな――」

 待ってました、とばかりに互いの顔を見合わせる。どうやら、何かがあったのは確かなようだった。

「仙田さん、今朝はどういう具合に騒がしかったんですか?」

 真樹の問いに、何が騒がしいってね、と仙田運転手は続ける。

「いつもなら雀の鳴き声か、出ていく電車の音ぐらいのもんなのに、今朝はどうしたわけか、大勢の観光客が駅前をうろついてましてね。まあ、やかましいのはほんのわずかな間で、マイクロバスが三台来たのに仲良く乗って、どっかに行ってしまいましたが……」

「そのバス、どっちへ行ったかなんてご記憶にありませんか。ほら、そこンとこの二又を、右か左か……」

 しつこい問いに、仙田運転手もいささか辟易としていたが、ちょっと目を細めて真樹が坂東医師ともども歩いてきた海岸線沿いの道をしめすと、彼の指はチョイ、と右の方を指して止まった。

「三台とも、そろってあっちの方に走って行ったなあ。ただ、そこから先、どこに行ったかまではわからないですが……」

「なるほど、そうでしたか。――真樹さん、これからどうします」

 新しいキャメルにライターの火をくべ、坂東医師が唇から紫煙をもらしながら問うと、真樹はすかさず、仙田運転手の方へ向き直り、こう告げたのだった。

「――すいませんが、ちょっと長距離の運転を頼みます。なに、暇を持て余したドライブですよ……」

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