↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勝ったら婚約解消のはずでした  作者: 平瀬ほづみ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
9/12

09.だめ、戻って……!

 

***


 審判の合図が響き渡る。

 エディスは迷わず虎を喚び出した。

 ごう、と炎がうねり、赤い毛並みの虎が地に爪を立てる。

 正面では、青白い鱗をまとう竜が静かに大気を震わせていた。シリルの使い魔、水の竜だ。


 シリルも力で押すタイプの使い魔だ。エディスとは相性がいいのである。

 お互い成長するにつれ魔力が強くなっており、回数を重ねるごとに二人の対決は派手さを増して、今となってはこの魔法学校の完全な「名物」と化していた。

 だが、観覧できるのは同じクラスになった人間だけ。

 他学年の生徒はもちろん、担当外の教師も観覧はできず、魔法学校を震わせるほどの魔力のぶつかりあいと、実際に見た人間の話を聞くのみである。噂に尾ひれがついて一人歩きしている感も否めない。


 まあ、それでもいいけどね、とエディスは思う。

 一目置かれて困ることはないからだ。

 エディスの虎が威嚇するように咆哮する。

 シリルの竜が応えるように唸り声をあげる。


 その様子に生徒たちがどよめく。まさに「互角」という言葉がぴったりくる。五年間積み上げてきた実績が、そう言わせる。

 エディスは静かに拳を握った。


 ――勝てる。


 根拠のない自信ではない。


「行くわよ」

「ああ」


 短いやり取りのあと、エディスは虎に指示を出した。シリルが同じ動きをする。

 今回は使い魔に同調はしない。力をぶつけ合う戦いに同調は不要だ。

 虎と竜が、真正面から激突する。爪と牙、鱗と鱗がぶつかり合い、火花と水飛沫が同時に舞う。

 歓声が上がった。


 いつも通りだ。

 いつも通りの勝負のはずだった。


 最初は、気のせいだと思った。シリルの一撃が、いつもより一歩早い。今までなら虎が難なく弾いていた攻撃が、かろうじて、という形に変わっている。


 ――調子がいいだけよ。


 そう思い込もうとした。だが二撃、三撃と重なるうちに、その「気のせい」は無視できない差になっていく。

 見物人の中にはエディスが感じ取っている異変を感じ取れている者はいないだろう。実際にこの五年間、皆勤賞でシリルと頂上決戦を繰り広げてきたエディスだから気付いたことだ。


 ――シリル、本気だ。


 本気でエディスに勝つつもりだ。

 いやもちろん今までだって本気だった。……はずだ。


 ――違うの!?


 ぎりぎりで攻撃をかわしながら、エディスはひとつの可能性に思い至った。

 今まで手加減されていた可能性。

 勝敗が五分五分になるように。


 ――そんな、まさか、そんなことが……!?


 どうして。シリルがエディスに負けて得るものなんて何もないはずだ。

 攻撃が強まり、虎の表面を水の刃が切り裂く。使い魔に実体があるわけではないから、エディスの虎が痛がったり、血が噴き出したりすることはない。その部分が抉れてふわっと炎の色をした光の粒子が飛び散るだけだが、そのダメージは本体であるエディスが負う。

 痛みはないが魔力が奪われる。

 それでなくても魔力を大量消費する使い魔なのに!

 不意に、水の竜が正面からぶつかることをやめた。旋回し、虎の死角へと滑り込むように回り込む。


 ――まさか、この戦い方……っ!


 一週間前、あの丸い魔導具相手に何度も練習した死角への対処法を、とっさに体が思い出す。だが、あの時と決定的に違うことがひとつあった。相手が、本気のシリルだということ。

 防戦一辺倒にさせられるなど、この五年で覚えがない。息が上がり始める。

 攻撃をかわした拍子に、エディスは至近距離で水の竜と目が合った。

 その瞬間、体が凍りついた。

 水の竜の目玉に感情はない。

 だが今、エディスを見据えるその瞳には、獲物を追い詰める獰猛な光が宿っていた。

 この竜の目って、光るのか。知らなかった。ということは、


 ――やっぱり今まで、本気じゃなかったんだ!


 五年間積み上げてきたはずの自信が音を立てて崩れていく。四勝四敗という記録も、拮抗した実力も、全部、シリルが手加減した結果でしかなかったということ。

 悔しい。悔しい、悔しい、悔しい!

 ずっと馬鹿にされていたんだ。


 ――今までずっと、私に合わせてくれてたっていうの。なんのために。同情? 哀れみ?


 魔力の大量消費に伴う疲労が、じわじわとエディスの体から感覚を奪っていく。

 今まで魔力切れを起こす前に決着がついていた。こんなことは初めてだ。

 水の壁の向こうでシリルがじっと見つめている。冷たい目だ。竜の目と同じ。

 エディスはシリルを焦らせることもできていない。

 きつい。限界だ。集中力の糸がもう切れそう。使い魔の制御ができない。


「もうよせ、エディス」


 水の壁の向こうから、シリルの声が届いた。

 静かな声だった。こちらは肩で息をしているのに、向こうは呼吸ひとつ乱れていない。


「君の負けだ。これ以上は体がもたない」


 かっ、と頭に血がのぼった。


 ――負け? 私が?


 虎はまだ立っている。自分もまだ立っている。勝負はついていない。

 なのにシリルは、勝ち誇るでもなく、憐れむでもなく、天気の話でもするような淡々とした声で告げてきた。まるで、最初からわかりきっていた結末を読み上げるみたいに。


「……誰が、負けるものですか……っ!」


 エディスは奥歯を噛みしめ、体の底に残っていた魔力をかき集めた。心臓が悲鳴をあげ、視界の隅から暗くなっていく。これは油断したら気を失う。これが最後。これを外したら負ける。そんなことわかっている! かき集めたありったけを虎へと注ぎ込む。

 虎の咆哮が空気を震わせ、観客席から悲鳴まじりの歓声が上がった。


 ――違う!


 今の咆哮は、威嚇ではない。

 今の咆哮は、最悪のシナリオの始まり。

 虎の体を形作る炎が、ぶわりと膨れ上がった。赤い毛並みが輪郭を失い、ぐにゃりと歪んで、ただの炎の塊へと変わっていく。しっかり握っていたはずの手綱が消えていく。


「待って……だめ、戻って……!」


 エディスの制御を振り切って 虎が暴走を始める。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。