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勝ったら婚約解消のはずでした  作者: 平瀬ほづみ


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8/12

08.あなたを応援しているわ


***


 実技試験当日。

 試験場所は校舎からも寮からも離れた、あの丘陵地帯だ。一週間前、魔力切れを起こしてエディスが倒れた場所である。

 だだっ広い草地の周囲に教師と観客と化した生徒たちがずらりと並び、遠くに見える森も静かに試合を見守っている。


 トーナメント形式の勝負はすでに二回戦まで終わっていた。ルクレツィアもシリルも危なげなく勝ち上がってきている。二人とも相手の使い魔を一撃で沈める瞬殺劇だった。魔力の消耗などほとんどない。当然だ。この学年の頂点を争う面々が、格下相手に本気を出す必要などないのだから。

 そしてそれはエディスも同じ。

 魔力はほとんど使っていないも同然。


 そして迎えた三回戦。

 エディスは、長い髪の毛をポニーテールにまとめ、女性用に仕立てた騎士服で立つルクレツィアを正面から見据えた。ちなみに、エディスもルクレツィアと同じかっこうだ。

 これが実技の時の服装なのである。

 ルクレツィアは教室にいる時と同じ、優雅な微笑を浮かべていた。

 ただし、その瞳には教室では見られない強い光が宿っている。


 ――でしょうね。


 というのがエディスの正直な感想だ。別にびっくりはしない。


「二回戦、お疲れさま。息ひとつ乱れていないのはさすがね」


 ルクレツィアがいる方向から、凛とした声が届く。


「そちらこそ。私を本気にさせてくれるといいけれど」

「ふふ。その余裕が、試合のあとまで残っていることを祈るわ」


 涼やかな声とは裏腹に、挑発めいた言い回しにエディスの闘争心に火が付く。

 観客席の端、腕を組んで立つシリルの姿がちらりと視界の端に映った。次の相手はあいつだ。それまでに、消耗など一切見せるつもりはない。

 教師の合図と同時に、エディスは迷わず虎を呼び出した。


 ごう、と炎がうねり、赤い毛並みの虎がその場に姿を現す。双眸がルクレツィアを射抜くように見据え、低く喉を鳴らす。ただそこに立つだけで、上品な威圧感を放つ獣だ。

 魔力量で相手を圧倒し一撃で仕留めるのがエディスの流儀だが、ルクレツィアには通用しない。

 ルクレツィアは複数の使い魔を使いこなし、奇襲を得意とするタイプだからだ。


 ルクレツィアの指先が優雅にひらめく。彼女のまわりにふわりと浮かんだ光の中から、小型の猛禽類が姿を現す。上空に猛禽の群れが舞い上がった。何羽もの黒い影が幾重にも重なって視界を埋め尽くす。

 ルクレツィアの魔力では扱いきれないほどの量だから、これは幻影も混ざっている。使い魔自体は少ないはずだ。


 ――視界を潰しにきたわね。


 悠長に観察している時間はない。

 エディスはさっさと虎と同調を開始した。エディスの体は無防備になるが、このほうが反応が速い。

 獣の感覚がエディス自身の感覚になる。目を凝らさずとも、虎はすべての気配を捉えている。

 閃光のような速さで虎が跳ねた。一羽、また一羽と、猛禽の影が虎の顎に捉えられ、燃え尽きて消えていく。


 時間はかけられないのだ。勢いよく目の前を飛び回る猛禽に牙をむいている虎ではなく、エディスの耳に空気を切り裂く音が届いた。

 ルクレツィアの使い魔が、エディスの足元に突っ込む。


「きゃ……!?」


 体勢が崩れる。

 その隙を見逃さず、エディスの視界の外から、最後の一羽が音もなく飛び出す。エディスの喉元を狙う本物の一撃だ。


 ――全部、お見通しなんだよね。


 一週間前はやりすぎて倒れてしまったが、あのあと手加減しながらもあの丸い訓練用の魔導具相手に、死角からの不意打ちへの対応を何度も練習した。崩れた体勢のまま、エディスは虎に意識を飛ばした。虎が反転し、最後の一羽を難なく喰らい尽くす。

 ルクレツィアの顔から、初めて余裕の色が消えた。


 反撃の魔力を練り直す、その一瞬の隙を虎は見逃さない。地を蹴る音すら置き去りにする速さで、虎がルクレツィアへ飛びかかった。押し倒され、仰向けに倒れ込んだルクレツィアの喉元に、炎をまとった牙が寸前まで迫る。


「勝負あり! エディス・フォルタンの勝ち!」


 教師の声が響き渡る。

 喉元に牙を突きつけられたまま、ルクレツィアは目を細めた。そして小さく、満足そうに頷く。


「本気を出したつもりだけれど、やはりあなたにはかなわなかったわね」


 近付いたエディスはルクレツィアに手を差し伸べた。


「当然よ。誰にも負けないって言ったでしょ」


 ルクレツィアを引っ張り起こしながら、エディスは目を細めた。


「でも、あなたが勝ったらシリルはあなたと婚約解消するのでしょう?」


 立ち上がりざま、ルクレツィアが小さな声で囁く。


「あなたを応援しているわ」


 こちらの声は凛として、観戦している級友たちにも聞こえたようだ。負けてもなお美しい公爵令嬢に喝采が送られる。

 ルクレツィアが去っていく。

 エディスは自分のもとに帰ってきた虎の首筋をひと撫でしてやった。虎は満足げに喉を鳴らし、するりと炎の粒子となって消えていく。


 ――そうか、ルクレツィア様は負けても問題ないんだ。


 エディスが勝てば、ほしいものが手に入る。

 そう思うとなんだか癪である。

 だが負けるわけにはいかない。

 負けたらシリルに何をされるかわからないからだ。裸踊りはさすがにないと思うが。


 ――さあ、次はシリルよ。


 ルクレツィアの帰る先に、そのシリルがいる。ルクレツィアがシリルと何か話している。

 シリルもエディスと同じ騎士服だ。

 くやしいくらい、似合う。かっこいい。


 ――絶対に負けない……!


 相手をコテンパンに叩きのめして婚約解消を宣言するのだ。

 それで、終わる。

 エディスは静かに拳を握りしめた。


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