05.なんでこんなことになったんだ
婚約は事実であり、フォルタン卿からも「娘をよろしく!」という手紙が来ていたとしたためられていた。
とりあえず、婚約は事実。ほっとした。
だが、エディスへの第一印象は最悪に違いない。
当然だ。あんな言い方をされて喜ぶ人間などいない。
なんであんな言い方をしてしまったんだろうと後悔したがあとの祭りだ。
案の定、二日後の入学式で再会したエディスは、シリルを見るなり露骨に顔をしかめた。
拒絶されると、近づく勇気がなくなる。エディスは自分と仲良くする気はないらしい。困ったな……。
それでも、婚約者である事実は変わらない。だからシリルはこの学校に自分をねじ込んだ理由を大義名分として使い倒すことにした。
エディスがシュトラール家にふさわしい人間になるように、自分が導いてやるのだ。
そのために、学校行事のパートナーは必ずエディスを指名した。シュトラール家の振る舞いを教えるために。買い出しにも付き合ったし重い荷物は当然持った。シュトラール家の買い物の仕方を教えるために。
エディスが手こずっている課題には手を貸した。シュトラール家の人間は優秀でなくてはならないのだ。
少々押しつけがましかったことは否めない。「婚約者」という関係をちらつかせ無理矢理受け入れさせたから。
無理矢理といえば、甘いものもそうだ。
エディスが甘いもの好きと知ってからは、何かと甘いものを食べさせた。シュトラール家の人間が婚約者に甘味ひとつも奢れないほど小さな人間だと思われたくない、という理由で。
本当はエディスに喜んでもらいたかっただけだが、友達同士だと笑いながら食べるアイスクリームも、自分の前では口に運ぶだけなのはちょっと切なかった。それでも口に入れた時にぱあっと輝く目が見たくて、外出の機会があるたびに何かしらを奢った。
誠実に接すれば彼女との関係も改善していくだろう。だって向こうもこちらを婚約者と認識している。
……と、思っていたのだが、第一印象の悪さと、シリルの押し付けがましさと、お互い意地っ張りで負けず嫌いな性格のせいでことあるごとに売り言葉に買い言葉をやってしまうため、関係が改善するわけがない。
そして五年生になった。
楽しい学校生活はいったいどこに? 来年には卒業だ。
彼女は婚約者だから卒業したところで離れ離れになるわけではないが、このままでいいはずがない。だって、エディスとの間に楽しい思い出がほとんどない。
どうしたらいいんだ。誰かに相談したい! でも誰に。同性で相談できそうな人間に心当たりがない。異性となるともっとない。……いや、一人だけいた。ルクレツィアだ。思慮深い彼女なら。
だが相変わらず、特に親しい間柄ではない。
なんて言っている場合ではない。
五年生で同じクラスになった。ルクレツィアに相談する理由なんてそれだけでじゅうぶんだ。
「どうしたら婚約者と仲良くなれると思う?」
今思い返しても、よくあんな質問をしたものだ。
新学期早々、いったいいつぶりに話すのだろうというルクレツィアは一瞬だけ目を丸くし、それから小さく笑った。
「まあ、シュトラール侯爵の嫡男ともあろう方が、婚約者の気持ちひとつつかめないなんて。あなたは優秀だけれど本当に不器用ね」
「わかっている、そんなことは」
「まずは素直になることでしょう」
「難しいな」
「即答ね。ええ、難しいでしょう、あなたの性格なら。エディスさんも意地っ張りですしね」
「だから……相談に乗ってほしい」
「わたくしでよければね」
不思議とルクレツィアは話しやすかった。ルクレツィアにとってシリルは媚びを売る相手ではなかったのがよかったのだろう。利害関係がないのでさっぱりしたやり取りができる。
「ところで、あなたの婚約者さん、よくわたくしを睨んでくるのですけれど」
しばらくしてルクレツィアがそんなことを言ってきた。
「そんなバカな」
「だったら自分の目で確認してごらんなさいな」
そう言ってルクレツィアは毎朝教室でシリルに話しかけてきた。内容は雑談で、特に実があるものではない。エディスの反応を見るためだけの雑談だ。
「今日も睨まれているわ」
何日もしないうちにルクレツィアが楽しげに指摘してきた。目を向けると確かにエディスがこちらを睨んでいて、シリルの視線に気付いた途端に目を逸らした。
「……まさか、嫉妬?」
「そのまさかだと思うわね」
「信じられない」
自分に興味関心のない婚約者が、ほかの女生徒と話しただけで嫉妬?
信じられなくて、しばらくそんなふうにルクレツィアと話す際にエディスを観察したのがよくなかったのだと思う。
今朝、教室で突然言われたのだ。
「勝負しましょう!」
その次の言葉で、心臓が止まりそうになった。
「勝ったほうのお願いを一つ聞くの!」
嫌な予感しかしない。
そして予感は当たった。
「あなたのそのお願いというのは、シリルとの婚約解消、でよろしいかしら」
「そ、そうよ!」
エディスとルクレツィアのやりとりに、目の前が真っ白になった。婚約を解消? 婚約を解消!?
何か返そうとした、その時だった。
「でしたら、わたくしも参戦してもよろしくて?」
ルクレツィアだった。
――いや、何を言っているんだ!?
ルクレツィアは別にシリルのことをなんとも思っていない。公爵家の彼女とつながりが持てればシュトラール家としても願ったりだが、どうしてもルクレツィアとつながらなければならない理由はない。
本人はいつもの涼しい笑みを浮かべている。本気なのか冗談なのかわからない。
教室中は大騒ぎになった。
その日の昼休憩、シリルはルクレツィアを捕まえて人気のない渡り廊下に引きずっていった。
「どういうつもりだ」
「どういうって、言葉通りよ? エディスさんはあなたの婚約者をやめたい。ならば、わたくしが名乗り出ても問題ないでしょう?」
「俺と婚約などするつもりはないくせに」
「わたくしとの婚約がどうしてもいやなら、あなたがすべてに勝てば問題はありませんわ」
にっこり笑って、ルクレツィアはさっさとシリルの前から立ち去った。
一人残されたシリルはいらいらと前髪をかきあげた。
ルクレツィアには「どうしたら婚約者と仲良くなれるだろうか」という相談をしたはずだ。婚約者との間が裂かれるとは思わなかった。
相談相手を間違えた。
ふと、視線を感じて目を上げると、二階の廊下の窓から自分を見下ろしているエディスと目が合った。
ルクレツィアと話すために、人気のない場所を選んで移動した。ついてきたのか? まさか。
エディスがぷいと顔を背けて立ち去る。
絶対に誤解された!
なんでこんなことになったんだ……!




