03.その勝負、わたくしも参戦してもよろしくて?
言い切った直後、シリルが窓際から教室を突っ切り、つかつかと歩み寄ってきた。
「な、なによ」
「へえ、大した自信だな」
シリルが正面に立ってエディスを見下ろす。身長差である。
「去年の実技、前期は俺が勝ってるだろ。後期だって、瞬殺ってわけじゃない。足元があんなに悪くなければ俺が勝っていた」
エディスはフンッと鼻を鳴らしてシリルを見上げた。身長差である。
「負け惜しみなんて見苦しいわよ、シリル。運良く勝ったわけじゃないことを証明してやるわよ!」
エディスの言葉に、シリルがフッと笑った。ばかにされたようで、カチンとくる。
「今まで運で勝ってきたことをよくわかってるじゃないか」
「運も実力のうちっていうでしょ! 負けは負けよ、シリル。あなたは私に届かなかったの!」
「今までの勝負は五分五分、別に俺は君に負けてはいない」
「実技試験はあと四回あるわ。全部終わった時が楽しみね!?」
「残り四回全部負けたらその減らず口は閉じろよ、エディス。君は態度が悪すぎる。シュトラール家の人間としてふさわしくない」
かっちーん!
――まだ私と結婚する気なの!?
もうずっと、シュトラール家にふさわしくないと思っているくせに!
「ねえ、シリル」
エディスは腕を組み、じろりと睨みつけた。
「あなたは前々から私との婚約に不満を抱いているわよね」
「は? なんの話だ」
「でもきっかけがないから婚約解消ができない。違う?」
込み上げる苛立ちとともに大きくなるエディスの声と反比例するように、教室の中が静かになっていく。級友たちが言い争いを始めたエディスとシリルに注目する。
「その話を今ここでする必要があるのか」
「よく言うわ。でも私はこの関係にうんざりしているの。理由? 自分の胸に聞いてみなさいよ。まわりの級友でもいいわ。みんな気が付いているわよね?」
エディスがまわりを見渡すと、級友たちはそろって目を逸らした。なぜ!
「朝っぱらから大きな声を出して何が言いたいんだ。俺達の関係を拗らせたいのか、君は」
「最初から拗れてるでしょ。ちょうどいい機会だわ、勝負しましょう! 負けたほうは勝ったほうのお願いを一つだけ聞くの!」
エディスがビッとシリルを指さす。
教室中がどよめいた。
「お願い?」
「ええ、そう。何よ。不満なの? 私に負けるのが怖いの? 恥をさらしたくないというのならここで負けを認めてもいいのよ?」
シリルが乗ってこないと困る。エディスは敢えてシリルを煽った。
「なぜ何もしていないのに負けを認めなければならない? いいだろう、受けて立とう」
案の定、シリルがむっとした顔でエディスの提案に乗る。よしよし、そうこなくっちゃ。
「エディスさん、ちょっとよろしいかしら」
涼やかな声が割り込んだ。ルクレツィアもいつの間にか歩み寄ってきていた。
「あなたのそのお願いというのは、シリルとの婚約解消、でよろしいかしら」
「そ、そうよ!」
「でしたら、わたくしも参戦してもよろしくて?」
ルクレツィアはいつもの優雅な笑みを浮かべる。
「わたくしがエディスさんに勝ったら、シリルの婚約者の座を譲っていただけません?」
「なっ……!?」
突然、今まで絡んだこともない麗しき公爵令嬢に喧嘩を売られて、エディスは言葉に詰まった。
ルクレツィアは決して大きな声を出していたわけではないが、教室がすでに静まり返っていたこともあり、彼女の声は隅々までよく届いた。居合わせた級友たちがかたずを飲んで成り行きを見守る。
「何を言っている、ルクレツィアまで」
驚きのあまりか、シリルがやや上ずった声を出す。
「実技試験は一週間後ね。わたくしも、だいぶ腕を上げたのよ。楽しみにしているわ」
余裕の笑みを浮かべて、麗しき公爵令嬢がエディスに背を向ける。
エディスはこぶしを握り締め、わなわなと体を震わせた。
ここまで堂々と宣戦布告されるなんて!
こちらに婚約者としての節度を求めているくせに自分はなんなんだ、シリル・シュトラール!
立ち去るルクレツィアを見送った後、エディスは憤怒の形相で目の前にいるシリルを睨みつけた。
「……君は、その短絡的な性格を本当になんとかしたほうがいいと思う」
ぽつりと呟き、シリルもまたエディスに背を向けルクレツィアが立ち去った方向へと向かっていった。
――誰のせいなの、誰の!
もし、エディスが猫なら、全身の毛を逆立てて威嚇していただろう……と、その様子を見ていた級友全員が考えていたことなど、知る由もないエディスだった。




