02.絵になる二人
公爵令嬢ルクレツィア・エーレンベルク。金髪碧眼、立ち居振る舞いのすべてが絵画から抜け出してきたように上品な、クラス委員長。シリルと並んで歩く姿は、誰が見ても「お似合い」の一言に尽きた。
ルクレツィアは一年生の時に同じクラスになった。魔力が若干弱めなので二年生から四年生まではひとつ下のクラスにいたが、五年生に上がったタイミングでエディス達と同じクラスに上がってきた。
地方貴族のエディスとは住む世界が異なるので、そこまで親しくはない。
意地悪をされたことはないが、クラスに馴染もうとしないルクレツィアには孤高の人のイメージがある。
シリルとルクレツィアは昔からの知り合いのようだ。高位貴族同士だから不思議でもなんでもない。
以前からあの二人には幼なじみらしい気安さが漂っていて、「お似合いだよね」と言われていることには気付いていた。
自分もそう思う。
だがこの二人は特に親しいそぶりは見せていなかった。すれ違っても頭を下げる程度で立ち止まって挨拶するまではいかない感じ。
けれど、今年、五年生になって二人は急に親しくなった。
新学期間もなくからよく話すようになり、最近なんて、べったりといってもいい。
しかも、しかも!
普段あまり笑わないシリルが、ルクレツィアと話している時はよく微笑を浮かべているのだ。
自分相手に笑わないのはいいとして、シリルと仲のいい男友達相手でもめったに笑わないシリルが!
ルクレツィアは誰に対しても微笑みを浮かべて対応するタイプなので、あまり参考にはならない。彼女はいつも機嫌よさそうにしている。そのかわり本音がわからない。公爵令嬢の嗜みだろうが、シリルといる時の微笑は自然体に見える。
もともとシリルとの婚約は親同士がはるか昔に決めたものだし、ことあるごとにシリルが「シュトラール家にふさわしくあれ」と言ってくるので、不本意だが、エディスは一応シリルに対し不実な態度はとらないようにしていた。
何しろ相手は侯爵家の嫡男で、地方の伯爵家のエディスとは格が違う。
向こうだって不本意だが、婚約者なので、年に二度ほどある学校行事、パートナー同伴のパーティーにはエディスを誘ってくれた。婚約者がいる、というのはそういうこと。
ほかにも、買い出しや、自主学習や、魔法の実技の練習などにも、シリルは(おそらくしぶしぶとはいえ向こうから自発的に)付き合ってくれた。
女性をエスコートするのは男性の役目である。
大きな荷物を持ってくれたり、わからないところは丁寧に教えてくれたり、実技もできるようになるまで付き合ってくれたり、失敗して落ち込んだり癇癪を起こしたりしたエディスに「君は間違いなくできるようになる。落ち込むくらいなら好物のアイスクリームをたらふく食べてさっさと寝た方がいい。今なら季節限定の山ぶどうソースが乗ったアイスクリームがキャンペーン価格になっている」などとお得情報を教えてくれては一緒にアイスクリームを食べたりしてくれて、シリル実はいいヤツなのでは、などと思ってしまいそうだし、婚約者としてはシリルにある程度は頼ったほうがいいよね、これはお互いの関係性を周囲に示すためにも必要なこと! だと、エディスは思っていた。
そう、シリルは時々、本当に時々、優しさとか気遣いを見せる。
婚約者としての義務感からだろう。
シリルは律儀で真面目で融通が利かない。
見目麗しいハイスペック男子なので女生徒から人気だが、モテにまったく動じない。そういう部分はエディス一筋だ。
それは、自分には婚約者がいる、というポーズだと思っていた。
なのに最近はそんな周囲へのポーズもどこへやら。
――好きな人ができたのなら婚約は解消するべきじゃないの!?
建前とはいえ婚約者の前でベタベタするなんて、もう自分を馬鹿にされているとしか思えない。それでなくても侮られ気味なのに、馬鹿にまでされたらムカつくに決まっている。
そりゃ自分とルクレツィアなら、ルクレツィア一択だろうとは思うが!
魔力が強いだけの地方貴族の娘と、優秀な公爵令嬢なんて、比較にならない。
そこはけじめをつける部分だと思うのだ。
最近は登校すればあの二人が仲良くしている姿を見かける。ああ腹が立つ。そのせいで今日も朝からこんなに機嫌が悪い。
石畳を踏みしめる足音が、いつもより荒くなっていることに、エディス自身は気づいていなかった。
***
教室の扉を開けた瞬間、エディスの足が止まった。
窓際の席で、シリルとルクレツィアが親しげに言葉を交わしている。新学期になってよく見るようになり、最近は毎日見かける光景だ。
黒髪に青い瞳、背が高く、そこにいるだけで空気が変わるような存在感を持つ男。理性的で口数は少なく、入学当初から「できる人物」として一目置かれてきた。それがシリル・シュトラールだ。
その正面には金髪碧眼の美女が立っている。美しく優雅な公爵令嬢ルクレツィア・エーレンベルク。
絵になる……っ!
シリルがこちらに目を向ける。
視線が一瞬絡んだ。
エディスはつんとあごを上げ、何も見なかったかのように自分の席へ向かった。
「エディス、おはよう!」
ルームメイトのコーディが駆け寄ってくる。
「間に合ってよかった。いくら揺さぶっても起きないから心配したのよ」
「それは、悪かったわ」
コーディが先に学校に来ているのは、薬草園の水やり当番だからだ。違うクラスの水やり当番の男子学生と示し合わせて水やりをしていることを、エディスは知っている。アオハルだ。眩しい。入学前にエディスが期待して、入学前にエディスが失ったアオハルのきらめきだ。
「もうすぐ実技試験でしょ、使い魔を使ったやつ」
「そういえば、そうね」
「エディスの使い魔って炎の虎だったよね、迫力ありそう。あたし、今までクラスが違ったからエディスの虎が楽しみなんだ。毎年どんどんすごくなるって評判じゃない?」
年に二度の実技試験はクラスごとのトーナメント形式だ。
そして毎回、実技試験の最後に残るのはシリルとエディスだった。
もはやこの学年の名物にもなってきている。
「私の使い魔は強いわよ。去年よりパワーアップしてるから。誰かさんの水竜なんて瞬殺よ」
エディスはわざと声を張った。教室の反対側にまで届くように。
コーディがぎょっとした顔をする。そんなつもりはなかったと言っているのがわかる。
案の定、シリルとルクレツィアがこちらに気付いて顔を向ける。
「私は誰にも負けない。誰にもよ」
シリルとの対戦成績は四勝四敗、きっちり互角の戦いを見せている。




