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勝ったら婚約解消のはずでした  作者: 平瀬ほづみ


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01.その婚約者同士は仲が悪い

 小柄で華奢な体を伝統ある魔法学校の制服に包み、朝靄の残る石造りの回廊を、エディス・フォルタンは肩を怒らせて歩いていた。

 ふわふわと癖のある長い赤髪が、朝日を浴びてきらきらと輝く。整った顔立ちに切れ長の緑の瞳。ただその目付きは猫のようにつり上がっていて、今は苛立ちのせいで一段と細くなっている。

 すれ違う生徒たちが、示し合わせたように道をあけていく。


 エディスが伯爵令嬢であることも、学年トップを争う実力者であることも知られているが、今日ばかりは違う理由で誰もが目を逸らす。エディスが苛立っているからだ。不機嫌な人間に近寄りたい人間はいないものである。

 そしてエディスが苛立つ理由を、実はすれ違う生徒たち全員が知っていた。

 彼女の婚約者であるシリル・シュトラールだ。

 婚約者同士であるにもかかわらず、エディスとシリルは犬猿の仲なのである。


***


 シリルは、親同士がはるか昔、どうもエディスが生まれた直後に決めた婚約者だ。だが、エディスが彼の存在を知ったのは、魔法学校入学直前のこと。


「そういえばエディス、進学先にシリル君がいるよ。仲良くしなさい」

「どちら様ですか?」

「どちら様って、エディスの婚約者君だよ」

「は!? 婚約者!?」


 進学先がこの国に二つしかない魔法学校のひとつに決まり、全寮制なのでるんるんと入学準備を始めた矢先、父からそう告げられた。


「聞いてないんですけど!?」

「言っていなかったか?」

「初耳なんですが!? なぜ今、思い出したの!?」

「いや、先方から手紙が来てな」


 ぺら、と父が手紙を差し出す。

 それを奪い取ってエディスは上から下まで熟読した。

 シュトラール侯爵なる人物からの手紙だった。文面から察するに彼は父の古い友人のようだ。

 手紙を要約すると、


「お互いに運よく男の子と女の子が生まれたら結婚させよう、という話をしていたよね。その息子は北の魔法学校に入学が決まった。おまえの娘も北の魔法学校だったよな? ちょっと早いけど魔法使い同士のカップル、楽しみだね~!」


 とのこと。なんてこった! 両家の父親の中では自分たちはすでにカップルとみなされている。

 魔法学校で素敵な出会いと恋を夢見ていたエディス十二歳、その夢が潰えた瞬間だった。


***


 この国では魔法が使える人間と、使えない人間がいる。

 使えない人間は普通に暮らすが、使える人間は魔法学校への進学が許可される。二つしかないので、どちらかになるわけだが、選べるわけではない。入学希望者を実力や属性や能力など、とにかく生徒の質が均等になるように振り分ける。そんな分け方をするので両校とも全寮制だ。もっとも両校とも辺鄙な場所にあるので、どのみち通うのは相当厳しい。

 

魔力の発現は完全に突然変異で遺伝的要素はなく、王侯貴族だろうが平民だろうが魔力持ちは生まれてくる。だから、魔法学校内では生まれに関係なく扱いは平等だった。

 魔法学校の外では伯爵令嬢として振る舞わなければならないエディスだが、魔法学校の中では自由。堅苦しいことは一切なし!


 卒業すれば政略結婚が待っている身である、魔法学校の中だけでも自由に恋したい!

 一部例外を除いて一般的に結婚相手は卒業後、成人してから、条件のあう人を探すものである。

 全寮制の魔法学校は貴族の令息令嬢にとって、恋愛も込みで青春を謳歌できる唯一の時間なのだった。

 鼻息も荒くなるというものだ。


 なのに、自分にはその自由がないなんて!

 自分が一部例外だなんて思わなかった! そんなの高貴な一部の家柄の人のことだと思っていた! エディスは貴族だが一般的な地方領主なので高貴な家柄、というわけではない。


「うちの娘もそこに入学するからヨロシクって返事しておくな」


 父の言葉がトドメだった。

 それが婚約者、シリル・シュトラールとの出会い(?)だった。


***


 エディスは入学直前まで婚約者の存在を知らなかった。

 ならばシリルもそうだろうと思いきや、入寮日当日、シリルのほうからエディスを探し出してきてこうのたまったのである。


「君が俺の婚約者か。シュトラール家の人間になるんだから、相応の振る舞いをしてくれ。よろしくな」

 十二歳当時のシリルはエディスとそう身長が変わらないものの、黒髪に深い青色の瞳、非常に整った顔立ち、冷たくてとっつきにくい雰囲気を漂わせた少年だった。

「よろしく!? ちょっと待って! あなた、私と結婚する気なの!?」

「そりゃそうだろ、婚約してるんだから」


 怪訝そうに言い放ちやがったシリルに、エディスがいい感情を抱くはずもない。


「なんであの人、初対面の私と結婚する気なの!?」


 思わず、やはりこの日が初対面だったルームメイトで平民出身のコーディに聞いてしまった。

 コーディは困った顔をしていた。

 当たり前である。

 

 この出来事は入寮日でざわついていた女子寮の前で行われたため、噂は一気に広がり、エディスは二日後の入学式にはすでに「シリル・シュトラールの婚約者」として知れ渡っていた。


 貴族の入学者も珍しくない。中には婚約者がいる、という者もいないことはない。が、婚約者同士というのはさすがに珍しいらしい。しかもシリル・シュトラールという男、実は王都ではすでに知られた存在だった。

 賢いうえに大人びた性格、そして整った外見。侯爵家嫡男であり、強い魔力の持ち主。将来有望な人物としてすでに多くの期待を集めていたのだ。


 だが、田舎民のエディスは知らなかった。

 結果、どうなるか?

 悪目立ちするのである。


 押し付けられた婚約者なんて無視すればいいものを、「家の名に泥は塗れない」とシリルは学校行事では律儀にエディスをパートナーに指名してきたのもよくない。それだけではない。「シュトラール家にふさわしくない行動をされたら困るから」と外出先にもついてくるし、勉強だって「落ちこぼれはシュトラール家にふさわしくない」と手こずっている姿を見せると指導してくるのである。


 まあこれがムカつく。別にシュトラール家に嫁入りしたいからではなく、あいつの鼻をあかしたいという理由からエディスは勉強を頑張った。できるだけシリルの世話になりたくなかった。

 もともとの魔力は強いので実技は問題ない。座学はシリルへの反抗心のおかげで、一年生から現在に至るまで常にシリルとトップ争いだ。 


 魔法学校のクラスわけは成績順である。

 シリルとトップ争いをするということは、エディスはずっとシリルと同じクラスなのである。

 シリルの態度は出会った時から現在まで一貫している。

 あいつの態度がとげとげしいのは、意外にエディスの能力が高かったのがおもしろくなかったに違いない……と、己の負けん気の強さを棚に上げて、エディスは分析していた。

 まあそれだけなら、こちらももう十七歳と成人一歩手前なので許せるところだが。

 

 ――あの人、最近ルクレツィア様とばかり一緒にいるじゃない!?


付き合いいただき、ありがとうございます。

ブクマや星をいただけますと励みになります(•ᵕᴗᵕ•)⁾⁾ᵖᵉᵏᵒ

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