生命力に憧れて
非常に面白い男性と出会えた。なんだか子供っぽくて、放っておけない人。けれど、核心もついてくる奇妙な男性だった。彼は僕が庭にいるのを分かっているかのように、ほぼ毎日やってきた。少し古びたベンチの、右隣に。
「__で、会社でも酷い扱いで…」
「君は大変だなぁ。毎日、僕に愚痴を言うために会ってしまったのではと思うよ。君の話題の多さを考えるとね」
「え!?すみません、別にそんなつもりは…」
「ほほっ、分かっているよ」
人の顔色を窺って、すぐに謝ったり笑顔になったりする。ザ・社会人とでも言おうか。それとも彼が優しすぎるのか…僕には解ったものではない。僕が空をぼーっと見上げると、彼は立ち上がって聞いてきた。もう足は治りかけらしい。少し重心が偏ったように見えたが、すぐに真っ直ぐ立ち直して。
「大剛さん、やっぱり若いですよ」
「…また急なこった」
「いや、本当に思うんです」
彼はまた座り直して、同じ空を見上げた。少し楕円の雲に、薄い雲が被さっている。ハンバーグのようだ。そんなことを考えていると、彼は言葉を探しながら、身振り手振りで話した。
「なんだか、ずっと生きているみたいな。僕がここに来る前から、いいや、もしかしたら生まれる前から。このベンチにずっといるような気がして」
「けれど、雨の日にはいないさ。幽霊だったら、別に気にしないだろう」
「…うーむ、確かにそうですよね」
彼は真面目な顔をする。こういう変な話にも、いや、変な話ほど、彼の目は鋭くなる。きっと会社の会議では、彼はずっこけた失敗をするかもしれない。でも、自分が考えた議題だったら。彼は人が変わったように、会社中を翻弄するかもしれない。
「君は僕が幽霊だと思いたいのかい?」
ちょっと意地悪に聞いてみたつもりだった。
「いいえ、そんなことはありません」
そんな返答が三秒も、二秒もないうちに返ってきて思わず絶句した。そんなにきっぱりと言い切るわけが何かあるのだろうか。
「だって、生きてないって分かったら寂しいですから」
「えぇ?」
「僕にしか見えないって、僕だけが喋ってるって。かなり特別ですし嬉しいです。でも、同時に酷く寂しさに覆われてしまいます」
やっぱり子供っぽい。僕の頭の中に残った言葉は、その一言に尽きなかった。けれど、僕は嬉しさも感じていた。
「君がそう言ってくれるだけで嬉しいよ」
「別に、大したことは」
「いーや。僕にとっては大作だね。ずっと覚えておきたいくらいに」
きっと、この世界では、寿命を迎えるから。僕は死んでしまうだろうから。それならせめて、こんなに面白い人間に覚えてもらいたいと思ってしまった。それから、僕は無理やり話題を変えて、バレンタインの話をした。寒くなっていく外でできる、温かい話。彼は別の意味でも、気分が昂っていた。きっと、彼はチョコレートが好きなのだろう。
「大剛さんは、チョコ貰ったことありますか?」
「そうだね。覚えているのが一回あるよ」
「本当ですか!奥さんからのチョコだったり、しますかね?」
「…僕に女房はいないよ」
彼は、一昔前に読んだ漫画のような反応をしてくれた。雷が、自分に落ちたような、あのピシャーンという顔だ。彼はいそうなのにと言ったり、大剛さんが旦那さんだったら、と話をしてくれた。本当に、孫と話している気分だった。
「まぁまぁ。君は貰ったことがあるかい?」
「ありますよ。好きな女子に一回だけ」
「青春ってやつだね」
「振られましたけどね。完全に義理だったみたいで…」
僕は少し可笑しくって笑った。彼は聡明な人間だ。モテるかモテないかで言われたら、中間に値すると思う。プラスの部分はたくさんあるし、マイナスもある。それこそやっぱり、子供っぽいところだ。僕は笑いで出た涙を皺だらけの指で拭った。彼の方を見ると、話し疲れたのか首を後ろに垂らしていて。本当に自由な人間だと思った。
生きようとしているわけでもなさそう、でも、彼は何かしら真っ直ぐな人間。きっと、生きることが最後の目標になったら、真っ直ぐそれに向かって健康でいようとする。僕のように、抗うかもしれない。
「十重くん、風邪をひくよ」
僕は彼をそっと揺さぶった。彼は甘えるように僕の肩に、頭を擦りつけて。
「大丈夫だよ、お父さん」
微睡みながら、でもはっきりと言ったその声は、なんだか悲しそうに聞こえた。彼の口から、家族のことは聞いたことが無かった。でも、きっと、良い夢を見ていると願っている。
「…お父さんか、悪くないね」
僕はそう呟いて、彼の頭をそっと撫でた。




