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死と、少し不思議な現象  作者: 夜月 緋楼
不思議な現象
6/9

怪我に導かれて

 ついさっき交通事故に遭った。原因は完全に僕の自業自得だったけれど。今日、たまたま会社が休みになって、物凄く浮かれていた。家を飛び出して、ふわふわ歩いていたら、高校生と思い切りぶつかってしまった。相手は自転車で、派手な怪我はしていなかったらしい。僕は骨折までいったけど。

 自分の生活習慣を思わず、天井を眺めながら思い出す。一日三食、たまに二食。お菓子が大好きで、朝昼晩必ず間食がある。チョコレートが大好き。骨が脆くなっているだなんて、分かっていたようなものだ。そもそもな話、不健康である。怪我の他に病気でも見つかってしまったらどうしようか。

「あーあ」

 思わずそんな声が漏れ出た。つまらないからだ。こんなベッドの上にいて、退屈ではない、わけがない。けれどこっそりベッドから抜けることができるほど、悪者でもない。小さい頃を思い出す。夜中に布団から出て行って、冷蔵庫の前でお菓子を食べたこと。母に見つかったけど、あまり怒られなかった。風邪をひいていないか心配されるほどだった。

「そんな人がこの病院にもいないかな…」

 霧のような声が枕と唇の間に吹き抜ける。空気となって、部屋中に舞って、皆に聞こえてしまったら面白いだろうな。そんなことを考えていたのも束の間、急に厳かな足音が聞こえてきた。怖かった父の足音と似ている。けれど、父なわけない。父は。

「十重(とえ)さん、おはようございます。体調はどうですか?」

 看護師さんか、全く心臓に悪い。

「大丈夫です」

「それなら良かったです。もうすぐ先生が来ますからね」

 そう言って綺麗な看護師さんは踵を返した。先生という単語は、どうも学生時代を思い出す。あの頃は、学生だった自分が大好きだった。行事を楽しんで、テストに苦しめられて、勉強に泣く。もう少し学生でいたかった。大学に行きたいと思うほど、自分が社会人だと思いたくなかった。

 結局、目先の利益に負けてこの様。何気なく就職して、一進一退して、今はベッドの上。本当に、学生の頃よりも酷い生活だと思う。でも、キャンパスライフはまだ夢に見る。

「十重さん、おはようございます」

「おはようございます…」

「災難でしたね、骨折で済んでよかったです」

「あぁ、どうも…」

 会話は苦手だ。聞いているはずなのに、するりと、なんというか、うなぎのように滑り落ちて行ってしまう。先生はこれからの日程や、リハビリについての説明をしてくれた。7割方理解できれば、上出来だ。先生は、「しばらくしたら、強く痛まない程度に散歩をしてください」と言っていた。それは、病院内を歩いてもいいということ。僕の好奇心はマックスだ。

 時は過ぎて約1週間と1日。お見舞いにもらった文庫本をポケットに入れて、ゆっくり立ち上がった。ちょっと痛い。でも、強く痛んでないからセーフ。僕はずっと窓から見ていた、病院内の中庭に行くことにした。

 僕は、世界はこんなに綺麗だったのだと、恋愛小説の主人公のようなことを考えた。風に揺れる木、会話するように傾く花々、笑顔で歩いている患者の人たち。胸がじんわり温かくなっていく気がして、思わず口元が緩む。ベンチを探そうと歩き出したが、案外近くにあった。おじいさんが座っているが、隣が空いている。

「すみません、隣、いいですか」

「…あぁ、どうぞ、すみません」

 おじいさんはスペースが十分なのに、もっと広く取るように横にずれてくれた。でも、ゆったりしてくださいと言うと、おじいさんはまたズレて、近くに戻ってきた。若々しい人だ、と思った。けれど、直感的に、高齢者なんだと思った。周りの患者に高齢者が多いせいだろうか。

「何の本だい?」

「…えーっと、恋愛小説?ですかね」

「若いなぁ、私はもう、経済とか詩とかしか読めないよ」

「意外と面白いものですよ、考えなくてもいいんですから」

 おじいさんは目を少し見開いて、笑った。やっぱり若い。この世のものではない、と言ってしまえば失礼だ。でも、なんと表現すればいい?

「若く見えるだろ、君の目には」

「え」

 心を読めるおじいさんだったのか。そんなファンタジーなことを考えてしまって、明らかに、「図星です」と顔に出てしまった。おじいさんは腹を抱えて控えめに笑う。

「これでも七十だよ、いつぽっくり逝くか分からないね」

「大丈夫ですよ」

「…ほう?」

 僕はただ、言葉が止められなかった。頭の中で整理できない癖が、人と話すときにも出てしまう。僕は手をひらりと不審に動かしながらも言った。

「自分が若いと思ったら、若いんですよ。でも、若い人でも急にいなくなることはある。だから、生きていると思えれば十分だと思います」

「…君」

「それに、死にたくないと思うのは、誰だってとまではいきませんが、同じですから」

 どうして、その言葉が出てきたのか分からない。おじいさんを気にかけたのか、それとも過去の自分と重ねてしまったのか。でも、おじいさんはやっぱり笑った。

「君は、なんだか子供っぽいと思ったけど、勘違いだったようだ」

「そんな。めちゃくちゃ孫みたいに関わってくれていいんですよ?」

 軽い言葉が出てしまう。心を開いてくれたと思いこんだ。でも、思い込みじゃ終わらなかった。

「大剛(たいごう)、和師大剛(わかずたいごう)だ。またここで会えたらいいね」

 おじいさんは重い腰を、いや、そう見えただけの腰をひょいと上げて、僕に軽く手を振った。僕は立ち上がって、手を元気に振り返した。一気に立ち上がったけれど、足の痛みは忘れていた。

 

 


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