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第三章 夜風に紛れる呼び声【中編】

 階段を降りきると、受付の前にユウリが立っていた。


「お、早いな」


 軽く手を上げる。


「よし、行くか」


 そのまま奥を示す。


 


 シエリも頷いて、並んで歩き出した。


 食事処の扉をくぐる。


 あたたかい灯りと、料理の匂いが一気に広がった。


 


 油の弾ける気配と、甘じょっぱい香り。


 


 思わず足が止まりそうになる。


 席はそれほど多くない。


 


 ちらほらと冒険者らしき人たちが座っていて、静かに食事をしている。


 


 低い声の会話と、食器の触れ合う音。


 


 それらが重なって、落ち着いた空気を作っていた。


 ユウリが軽く周囲を見回す。


「窓際、空いてるな」


 迷いなく歩き出す。


 窓辺の席。


 


 外には夜の街が広がっていた。


 


 灯りがぽつぽつと並び、静かに揺れている。


 向かいに座る。


「で」


 ユウリが口を開く。


「さっきまで何してたんだ」


「町を少し見て回ってて……」


「教会にも寄った」


 ユウリが、少しだけ視線を上げる。


「精霊と、少女の話を聞いたんだ」


「ああ、その話か」


 すぐに返ってくる。


「昔、よく母親がしてた」


 懐かしむような声。


「精霊に守られてるからこそ――」


 


「俺たちも、精霊を守るんだってな」


 短く、けれどはっきりと言う。


 その言葉には、どこか芯があった。


 そのとき。


「お待たせー!」


 明るい声とともに、料理が運ばれてくる。


 皿の上には、こんがりと揚がった魚。


 


 そこに、とろりとした餡がたっぷりとかかっている。


 


 湯気と一緒に、甘じょっぱい香りが立ち上った。


「“パタパタ亭特製・潮香あんかけ魚唐”!」


 少女が胸を張る。


「うちの看板だよ!」


「熱いから気をつけてね!」


 そう言って、ぱたぱたと奥へ戻っていった。


 シエリは、目の前の料理を見つめる。


(……おいしそう)


 ユウリが箸を取る。


「まずは食うか」


 シエリも頷く。


 一口。


 さくっ、と軽い音。


 


 衣の中から、ふわっとした魚の身がほどける。


 


 そこに餡が絡む。


 甘さと塩気。


 


 じんわりと広がる旨み。


「……おいしい」


 思わず声がこぼれる。


「外がさくっとしてて、中はふわっとしてて……」


「餡も、ちょうどいい味で……」


 言葉が自然と続く。


「なんか、全部ちょうどいい……」


 ユウリが、くすっと笑う。


「幸せそうだな」


「え」


 少しだけ戸惑う。


 でも、否定はしない。


「……おいしいから」


 そう言って、もう一口食べる。


 しばらく、食事の音だけが続く。


 やがて。


 ユウリが、ふっと一息つく。


「……でさ」


 少しだけ、間を置く。


「俺が冒険者になろうと思ったのも――」


 そのとき。


 ―――て


 耳の奥で、氷のように冷たい声が響いた。


 動きが止まる。


(……今の)


 自分の声じゃない。


 


 それなのに、胸の奥に刺さる。


 周囲の音は変わらない。


 


 食器の音。誰かの笑い声。


 なのに。


 ――たすけて


 もう一度。


 


 さっきよりも、近い。


 頭の奥に、断片が浮かぶ。


 ――祠


 


 ――花


 


 ――丘


 息が詰まる。


「……シエリ?」


 ユウリの声。


 はっと顔を上げる。


「どうした」


 少し迷って、それでも口を開く。


「……声が、聞こえたの」


「助けて、って」


 その瞬間。


 ユウリの表情が、わずかに引き締まった。


「助けて、か」


 短く繰り返す。


「俺が見た夢でも、そう言ってた」


 まっすぐな視線。


「助けて、ってな」


 シエリは息を呑む。


「ずっと前から、夢で聞こえてたんだ」


「……私」


 気づけば言っていた。


「昨日から、呼ばれてる気がしてた。」


 ユウリが、わずかに目を細める。


「偶然じゃないと思う」


 静かに言う。


 その言葉に、迷いはなかった。


「昨日も言っただろ?夢のこと」


「でも、あるとき――」


 言葉を切る。


「“仲間を集めて、私を助けて”って言われた」


 胸の奥が強く打つ。


「それで決めたんだ」


「冒険に出るって」


 揺れない声。


「この港に来たのも、そのためだ」


 そして。


「……そこで、お前に会った」


 短い言葉。


 


 でも、確かだった。


 風が、窓の外で揺れる。


「なんかさ」


 ユウリが少しだけ笑う。


「こういうの、運命って言うのかもな」


 軽く言う。


 


 でも、目は真剣だった。


「シエリ」


 名前を呼ばれる。


「これから、一緒に旅しないか」


 その瞬間。


 シエリは一瞬だけ目を見開いた。


 胸の奥で、何かが熱く弾ける。


 さっきまでの不安が、少しだけ形を変えた気がした。


(……一緒に、旅する)


 怖い。


 


 でも、それ以上に――


 嬉しかった。


 自然と、言葉が出る。


「……うん」


「もちろん」


 ユウリが、少しだけ笑う。


「よし」


 短く言う。


「じゃあまずは、祠探しからだな」


 皿の上には、もうほとんど残っていない。


 シエリは最後の一口を口に運ぶ。


 同じ味。


 


 でも、さっきとは少し違って感じた。


 窓の外。


 夜の風が、静かに流れている。


 まるで、二人の決意を運ぶように――


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