第五話『不本意な出発』
ガタガタと揺れる車内――。
とはいえ、車ではない。少し大きめの馬車だ。
その隅で、俺は不貞腐れたように身を縮めていた。
「最悪だ……なんで俺がこんな目に……」
出発してから約一時間。
俺はずっと、うずくまりながら愚痴をこぼし続けていた。
そんな俺とは裏腹に、馬車を操縦している前方はやけに賑やかだ。
俺はその様子をちらりと横目で見て、小さくため息をこぼした。
(何が楽しいんだよ……やっぱりダメな奴らだな)
手紙を渡されたあと、俺は必死に説得を試みた。
「待って待って……やだ! 次からはもう問題起こさないから!」
だが、クソ兄の頭は相変わらず頑固だった。
俺の言葉なんて聞く耳を持たず、淡々と内容を語り続ける。
こんな状況で、落ち着いて話を聞けるわけがない。
結局、俺が理解できたのは大まかな目的だけだった。
――この国の南とは反対、北側にある「ゼル・神王国」へ向かうこと。
それが、今回の目的らしい。
アーレスワット連邦国と並び称される二大覇権国家。
だが、聞くところによると、その実態は怪しげな鎖国的宗教国家だという噂をよく耳にする。
その目的を聞いた瞬間、当然のように不安が押し寄せた。
その日は一睡もできず、気づけば朝になっていた。
何を持っていけばいいのかも分からない。
結局、必需品として選んだのは、お気に入りの枕だけだった。
――それがないと、眠れないからだ。
そして、執行の時間が来た。
出発の直前、なぜか兄がやって来た。
そして、驚いたような表情で言う。
「お前、持ってく物が枕だけって……それでどうするんだよ。どうせ準備もしてないだろうとは思ってたけどさ」
「うるせぇ」
「はぁ……まあいい。役に立ちそうな物は用意しといた。これ、持ってけ」
そう言って渡されたのは、剣とショルダーバッグだった。
この剣は――俺が訓練兵として入団させられた時、兄から渡されたものだ。
白銀の柄に、青を基調とした鞘。
高級感があって、悪くない品なんだと思う。
……ただ、三日で脱走した俺には、まともに扱う機会なんてなかった。
「おう……」
機嫌が最悪だった俺は、ぶっきらぼうにそう返した。
「そろそろ出発か……。今回の件、正直、怒ってない……いや、やっぱ少しは怒ってるけどな」
そう言われて、俺は内心ツッコむ。
――いや、めちゃくちゃ怒ってただろ。
「でもな……なんていうか、いい機会になればと思ってる」
兄は少しだけ視線を逸らしながら続けた。
「こんな戦火の世で、十四で両親を亡くしたお前を見てな……強くならなきゃいけないって思ったんだ。戦って、生き抜ける意思と力が必要になるって」
幼い頃、戦争で父は死んだ。
この世界で「父」と呼べる人は、もういない。
そして母も――ストレスに耐えきれず、自ら命を絶った。
その亡骸を見つけたのは、兄だった。
あの日を境に、兄は弱音を吐かなくなった。
ただひたすらに強さを求め、やがて“勇者”と呼ばれるまでになった。
――その姿を、俺はずっと覚えている。
「だがな……それは俺の人生にとって、必要なものだったと、今なら分かる」
兄は静かに言った。
「この旅で、お前には……自分の行きたい人生を見つけてほしい」
考えたこともない問いだった。
だが――正直、自分でもよく分からない。
俺は、よくある物語の主人公みたいに、戦いを冷静にこなしたり、楽しんだりなんてしたくない。
痛い思いはしたくないし、かといって、このまま引きこもっているのも嫌だ。
……でも、馬車で寝起きして、食べたい物も食えない生活なんて、もっと嫌だ。
「色々考えたけど……やっぱ無理だ。ふかふかのベッドのない生活なんて嫌だ! やめたい!」
「うーーーん……オラ!」
次の瞬間、意識が落ちた。
――強制的に、眠らされたらしい。
そして、そのまま執行された。




