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30話 人間には出来えない

「それでできたのがこの世界、全部が全部忘れられた、『忘却の世界』よ。」



この世界は、彼女の『霊技:忘却』の影響でできたようだ。


存在が消える空間を創り出した結果、彼女は元の世界から全く認識されなくなった。存在が元々不完全な魔物や、彼女と同じように忘却を願ったものはこの世界に入り込むが、元の世界との記憶や認識の繋がりについては曖昧らしい。ので、この世界での記憶をなくすことによって、元の世界に戻れているのだという。


が、今はもうそんな事どうでもよくなってしまった。


「君がどれだけ辛かったか、どれだけ悲しかったか、どれだけ痛かったか、俺はほとんど知らない。


・・・だが、一つだけわかるのは、君が重大な見落としをしていることだ。


君はチェスと現実の両方で、大事なはずの駒を簡単に捨て去ってしまっている。さっき捨てたあのポーンがどれだけ大切なものだったか、『君』という存在がどれだけ大切なものだったか、君は知ることになる。



・・・これで、チェックメイトだ。」


「っ──!!」


何様だよ、と自分でも思う。しかし、塞ぎ込んだ彼女に同調したところで、彼女に幸せが訪れることはないだろう。

俺は口下手だし、そもそも口頭だけで気持ちを全て伝えることなど人間には出来えないと思っている。俺が全て正しい保証も、もちろんあるはずもない。


だが、この気持ちの一片だけでも伝わってくれれば、彼女はきっと答えてくれる。きっと自分の答えってやつを見つけてくれるはずだ。


「君の居場所は、どこにでもある。その母さんだって君のために働いてたんだしな。」


「やめて」


「それに、仮に君がその家に居続けて一家が離散しても、そのうちまたやり直せるさ。『誰かのために』を原動力に動く奴はすごい力を持ってるってことを、俺は知ってる。君の『忘却』だって、その力の一角だと俺は思う」


「やめてよ・・・!」


「だけど、その二人と過ごした時間は大切なものなんだろ?だったら、なかったことにしちゃいけないはずだ。その魔法が解ければ、俺みたいに色々思い出すんなら、今すぐ魔法を解いて二人に抱き着きにいこう───」


「──やめてって、言ってるでしょ!!!」


叫ぶ彼女の身体が波動を放ち、小坂の下まで吹き飛ばされる。


「なんなのよアンタは!!いきなり来たくせに変なこと言わないでよ!!・・・もういい!さっさと帰って!!───!・・・・・・え?」



彼女の手が光を放ち、俺の身体にぶつかるが、何も起こらない。


「・・・言ったろ。もう、忘れない、って。」

「っなんでっ!!」


彼女が何度も放つ霊技の光を押しのけ、ゆっくりと歩いて近づく。


「来ないで!」

「ぐっ───!」


波動が身体中に広がり、再度吹き飛ばされた俺に、大量の家具が飛来する。


「私の世界に、入ってこないで!!」


彼女が手を掲げると、何もない空間から次々と家具が現れ、振り下ろすその手に連動して俺に襲い掛かる───!!


彼女の創った世界だからなのか、あらゆる物が物理法則を無視しているようだ。彼女は遠くに走り俺と距離を取っている。だが、


「お断りだ・・・魔操!!」


俺には、彼女の忘却が効かなかった。その霊技の影響でできた家具なら、気合を入れれば無効化できるはずだ!!


「はあっっ!!」


感覚を研ぎ澄ませて家具を斬る。本来の木の感触より軽く剣が通り、切り裂けて空中で消滅した。

・・・行ける・・・!

振り返った彼女の涙を確認し、家具を斬りながら一気に走り出す。彼女は次々と家具を召喚しながら逃げるが、俺がそれを切り伏せながら追いかける構図だ。


「なんで!なんで効かないのよ!!どうしてアンタは・・・人の心に勝手に入ってきて!やっと忘れられると思ってたのに・・・忘れて欲しくなかったなとか、思っちゃうじゃない!!・・・全部忘れて、全部忘れさせてよ・・・!」


彼女は泣いて跪き、最後の攻撃が大きな波動と共に飛来する。


「・・・忘れてもやらないし、忘れさせてもやらない。君の世界を強引に切り裂いて、外の世界に連れ出してやる。



俺にある全てをかけて、その迷いを断ち切る。それが俺の・・・『魔法の剣』だ!!」


赤黒い草草をなぎ払って迫る波動を目掛け、剣を振り下ろす!!───



──────────!!



───────



───



膝をついて可愛く泣いている彼女に、俺なりにできるだけ格好つけて声をかける。


「全部思い出してもらおう。それで、どれだけ大好きか伝えてやろうぜ。」




「・・・・・・うん」


───────!!


その瞬間、彼女の髪留めがパリンと音を立てて弾け、世界は色を塗り替える。



地面の赤は金に輝き、それを照らす空は青く染まっている。



だが、俺が圧倒されたその景色には意識が向かなかった。




正直言って、ひとめぼれくらいの高揚感だった。


セピア色だった彼女の容姿は、元の色を取り戻したようだ。純白の髪が風になびき、少し青さが入ったような緑の瞳から流れる透明の涙は、さっきよりいっそう美しく光っている。


「髪と目、綺麗な色してるんだな。・・・よく、決断してくれた。今を変えるのは結構怖いことだと思うんだ。だから、頑張ったな」


俺の言葉に小さく頷いてから、俺の制服のズボンを強く握り、彼女は声を出して泣いた。


こっちに来るまで、弱い自分をさらけ出すことは悪いことだと思っていたが、案外そうでもないのかもしれない。

彼女の声とか、足から伝わる振動を感じ取ると、なんとなくそう思えた。

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