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ヘブンズ・ゲート  作者: 西木宗
黒の雷編
47/68

危惧



※※※



ーー強い。



事実だと認識していても、目を疑わずにはいられなかった。



状況だけを見れば喜んで当然のはずだが、こんなことがあってもいいのか……? と思ってしまうぐらいに。



ヴァン・ウルグは強かった。



「動きに全くスキがねえ……」



感情が激高しているマルコ兄弟の大振りの攻撃に対して、ヴァンはギリギリのところでかわし、上半身のブレを最小限に抑えることで無駄な体力の消費をなくしている。



一見やっていること自体は簡単そうに思えてしまう。



ーー【雷鎧】を使用した俺でほぼ互角だったんだ。それを二人同時に攻めて掠りもしないことなんて有り得るのか……?



焦ったような必死の形相で攻撃を続けるマルコ兄弟。そんな二人の行く先を何となく想像したディランの全身に悪寒が走った。



右腕が僅かに震えている。



「シノリア……」



それはディラン自身ではなく、ディランの腕に寄り添う形でしがみついているシノリアから伝わってきたものだった。




無理もない。初めて間近でこんな戦闘を目の当たりにしているのだ。



血が飛び交い、今まで暮らしてきた村が見る影もない姿になっていく。これで落ち着けと言われて、素直に落ち着けられる方がどうかしている。



「大丈夫だ、あの人は負けない」



何もしてやれることがないディランがかけた一言は、ただの気休めになるかすら妖しいものだった。



それでもシノリアは無言で、けれども確かに小さく頷いてみせた。
















やがて戦いが終わり、奇妙な白い光の球でマルコ兄弟を倒したヴァンが戻ってきた。



「お前がボコられたからちょっとは期待してたんだが、全然じゃねーか」



「あんたが……ヴァンさんが強すぎるだけだと思う」



「ふーん、まあそれならそれで別にいいけど」



ヴァンは興味がなさそうに欠伸をして軽く受け流した。まるで今のことを遠い過去の記憶として捉えているように……。



「これからどうするんだ?」



と訊ねておいてディランは自ら「あれ?」と思って首を傾げる。




何も言い咎められないので気にしていなかったのだが、ヴァンとはこれが初対面である。果たしてこんなに馴れ馴れしくしていいのであろうか。



一応向こうは年上だ。少しぐらいは年下としての律儀を守った方がよいかと考えていると、



「とりあえず奴らを拘束するぜ。何か最後に変なことを言ってたしな」



実際のところヴァンは全く気にしていなかった。



「変なこと?」



「あぁ、単語だけだったが、故郷だのリュウだの仇だのサウスだの、オレにはさっぱり分からねーけど」



「ーーな、今何て……」



「ん?」



「ディランさん……?」



青ざめた顔で身体を硬直させたのはディラン。



言われたままに再び四つのワードを繰り返して言ったヴァン、そして勿論シノリアには、ディランがなぜ突然フリーズしてしまったのか理解のしようがなかった。



「まさかな……ただの、偶然だよな……」



まるで自己暗示でもかけるかの如く、何度も呟くその姿は不気味以外の何者でもなかった。




「オイどうした。オイ、ディラン。……ちっ、訳の分かんねー奴だ。オイ女、そいつはしばらく放っておいて構わん。オレはあの二人を縛り上げてくるから、お前はオレとこいつが今晩ここに泊まれるよう手配してろ」



「は、はいっ!」



ヴァンの威圧に気圧されて竦み上がりながら返事をしたシノリアは、すぐさま村人達が避難した方向へと駆けだした。



その青い瞳に若干の涙が浮かんでいたことに、ヴァンは気づきもしなかった。












***



「オレはそもそも学園自体には何の興味もねーんだよ」



仮宿に案内してもらったのはそれからすぐのことだった。



夕食を届けてくれたシノリアも二人と一緒に食べることにし、三人はおにぎりが置かれた皿を取り囲んで座っていた。



端っこには縄で拘束されているマルコ兄弟が横たわっている。



ヴァンはおにぎりをほおばりながら、自分がここに来た経緯やそれ以前のことをひたすらしゃべり続け、ディランとシノリアは黙って耳を傾けているといった状態だ。



「何でかって言うと、オレは昔からゼオンとツルんでいて、試験の日もあいつに無理矢理連れて行かれただけなんだぜ。そしたらいつの間にかこんなんになっちまってたってわけ」



「それは災難ですね……」



「だろ? それで辞めるって言ったらゼオンには切れられるし……学長には好きなときに来ればいいって言われてるからギリ留まってるって感じだな」



およそ八割がただの愚痴になっているのだが、いちいち気にしていればいろんな意味で身体が保たなくなるだろう。



できる限り自然な笑みを浮かべて相槌を打っているシノリア。



そしてディランどこか思い詰めたように終始俯いて、目線が床から離れることはなかった。






***


 

「やっぱり今日中には帰ってこないか……」



太陽はとっくに沈み、辺りには静けさだけが漂う夜の学園。



寮に戻ったゼロは自分の部屋の窓からぼんやりと外の景色を眺めていた。



寮は全て一人一部屋と割り振りをされており、少し贅沢にも思えるが、その広さはそれ相応のものだ。



個人によって多少の差はあるが、大抵の場合はシングルベッドと勉強机が部屋の大部分を占め、あとは小さなキッチン、トイレ、洗面所、シャワー室があるぐらいである。



ディランの部屋の確認に行ったのは午後十時過ぎだから、今は十時半を少し回ったところか。



「何もなければいいんだけど……」



今日だけでディランが捜しに行ったヴァン・ウルグがどのような人物かよく分かった。ディランの性格から考えると、喧嘩をする様子しか頭に浮かんでこない。



「はあ……」



それを溜め息一つで処理をすることができるのは、まだ他にーー否、それ以上にゼロの胃を痛めることがあるからだった。




時間的にはまだ先のことだろう。だが気にせずにはいられなかった。



夜中外に出て、リュウという男と接触している者の名を学長は直接公言していなかった。



しかしゼロにはすぐに分かった。



ゼロの知る限り、ディランに次ぐ雷属性の実力者。学長が言っていた技の特徴はーーサウスが最も得意とする技だった。



もしあの場にディランがいれば、きっと無理であっただろう。




ーー学長の頼みを聞き入れることは。



ーー例え何があっても、絶対に手を出さいでいることなど、到底ディランにはできないことだ。



「ーーサウス、僕は君を信じているからね」



できるのは信じて待つことだけ。 



夜空に浮かぶ星々に祈るゼロの表情は、誰よりも辛くて苦しそうだった。



 








 

***




一体今日で何日目になるだろうか。ふと浮かび上がった疑問が頭の中を渦巻いている。



それと同時に、もう一つ脳内をよぎる一抹の不安。



それは、自分がこうして学園の外に出ていることを見つかりやしないか、ということ。



もしくは既にバレているかもしれない。そう思った瞬間、背中に冷や汗が伝い、思わず顔の汗を拭う仕草をとった。



そうだ。冷静になって考えてみれば誰にも気づかれない方がおかしい。



寮からの脱走は全員が寝静まった頃を見計らっているが、それでも皆が皆寝ているのはあり得ない。



それにこの学園には学長、現在の最強蒼術使いと呼び声高いエフリーナ・フェンリルがいる。彼女の目、いや意識をかいくぐることなど本当にできるのか。



「どうしたの、今日は何だか具合が悪そうだね」



「ーーッ!!」



タイミングがタイミングだ。気配と音なしに現れた人影に反射的に逃げる体勢をとったが、声を聞いて安堵の胸をなで下ろした。



「何だあんたか。毎度毎度驚かしてくれるな」



「別にそういうつもりはないんだけどね。改めてこんばんはーーサウス君」



伸びた前髪を持ち上げながら、白いパーカーを着た男ーーリュウがゆっくりと近づいてきた。




「もう俺はいつでもいけるぜ、これなら大丈夫だ」



「自信満々だね。でも強いよ?」



「ちゃんと勝算ならある。それよりも俺はここを他の誰かに見られていないかの方が心配だ」



闇夜に紛れる中、時折雲の隙間から顔を出す月を見上げてサウスは眉を顰めた。



リュウも同じように、サウスとは別の方向の何もない漆黒の空に目をやるとポツリと呟いた。



「ーーもしかしてあれは……」



「どうかしたのか?」



「いや、何でもない。今日は特に言うこともないし、それじゃあ僕は帰るよ。次に会うのは君の勝利祝いの時だと願っているよ」



最後に空に向かって不敵に微笑んだリュウは、両手をズボンのポケットに入れるとこちらに背中を向けた。



それをサウスが「なあ」と言って呼び止める。



「例の約束ちゃんと覚えているだろうな。俺はそのために今日までやってきたんだ」



どこか威嚇するような、敵対心剥き出しのサウスの呼びかけ。



「ああ、もちろんだとも。

君がちゃんとディラン君とゼロ君を倒すことができたら、君の故郷は僕が責任を持って救ってあげる」



リュウの言葉にはまだ、胸を痛められずにはいられなかった。ーーが、それと同時に非情になると決めたのだ。



「ーー頼んだぞ」



サウスの最後の念押しには文字通り、一切の感情がこもっていなかった。













***



「さすがに気づきましたか」 



上空で腕組みをしながら佇んでいたライニッツは、一人静かに笑っていた。



ここで一つ補足をしておくと、例え日中でなくとも、光さえあれば空中を飛び交うことなど朝飯前だ。



学園の外、広範囲まで見渡せることができる高さにふわりと浮いているライニッツ。彼はほんの数秒だが、確かに悟った。



リュウがこちらを見上げ、明らかに分かっているような視線を送ってきたことをーー。



「エフさんには手を出すなと言われてますからね」



エフリーナからはただ監視だけをするよう頼まれ、何があっても介入するなと言われていた。



「それにしても彼らは一体何について話しているのでしょうか」



自分の存在に気づかれたのは恐らく今回が初めてのはずだ。それなのに特に焦った素振りも見せず、どころか死神のような凍てつく笑みを差し向けてきた。



「今回の件に関して、多分エフさんは本当に自分自身何もしないでしょう。子供達だけで解決させるつもりなのか……」



ライニッツはエフリーナの考えに、賛成も反対もできなかった。その決断にどれだけエフリーナが苦悩したのか知らなくても分かる、面と向かい合うだけで伝わってくるのだ。



「私達と同じ道だけは辿らないでほしいものです……」



ただ一言。寂しそうな表情で幻影を見るかのようにジッと遠くを見つめていたライニッツは、風と共に空を瞬いた。



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