6話
「……あらマサコちゃん、そっちの角の湿気、すごくない?」
「間違いないわシズエさん! このキノコの生え具合、奥にかなりの大物が潜んでる顔をしてるわよ!」
「立川第3ダンジョン」第1層の深部。
小林マサコ(68歳)がUVカットのサンバイザーをくっと押し上げ、家庭菜園用のスコップで壁面の苔を軽く突いた。スーパーのチラシで「限定10個」の目玉商品を誰よりも早く見つけ出してきたその鋭い眼光は、ダンジョン内の些細な変化や魔物の気配をも完璧に捉えていた。
今回の目的はただ一つ――シズエとのぶ子が引き当てた『幻の神級極上プレミアム出汁』の再獲得、そして新メンバーの戦利品確保だ。
「カヨちゃん、前方に反応よ! 水跳ねに気をつけて!」
「任せときなさい! ラーメン屋の仕込みに比べたら、こんなのヘノカッパよ!」
通路の奥から「ドス、ドス」と重い地響きを立てて現れたのは、通常のスライムの数倍の巨体を誇る『大豊作プレミアムスライム』。体の中心には、まばゆいばかりに輝く巨大な黄金の核が揺らめいている。
「出たわ! プレミアムよ!!」
「孫のオムライスと今夜のスープ用に、絶対に持ち帰るわよッ!」
渡辺カズエ(63歳)が大型のステンレス製泡立て器を両手で構え、真っ先に走り出した。
大豊作スライムが不快な音を立て、巨体を弾ませて上空から襲いかかる。
「突撃ガード! 濡れ雑巾、展開ッ!」
すかさず鈴木カヨコ(61歳)が前に飛び出した。実家のラーメン屋で鍛え上げた頑丈な腕力で特大の鉄製中華鍋を掲げ、もう片方の手に握りしめた固く絞った濡れ雑巾でスライムの粘液飛沫を完璧に一拭き! 中華鍋の曲面がスライムの重圧をフリスビーのように受け流し、斜め前方へと弾き返す。
「ナイスガード、カヨちゃん! 今よ、関節――じゃない、核の周りを崩すわよ!」
カズエが弾き飛ばされたスライムの隙に滑り込み、泡立て器の先端をスライムの肉体へ力任せに突っ込んだ。
ガチチチッ!
「泡立て器の高速回転よッ! 生クリームを泡立てる要領で、核の周りをシャカシャカほぐすわ!!」
「まあ手際がいいわね! カズちゃん、そのまま右側を固定して!」
マサコがスコップでスライムの足元をすくい上げ、体勢を完全に崩させる。
「のぶちゃん、仕上げの布団叩きよ!」
「任せなさいッ!! 溜まった埃を追い出すように……パパーンッ!!」
のぶ子のトングが、完璧なスナップでスライムの側面にクリーンヒット。衝撃で内部の黄金の核がむき出しになった。
「シズエさん、一番美味しい筋が入ったわ! 決めちゃって!」
「もらったわ……! 関の孫六・極み――『皮引き一閃』!!」
シズエが軽やかなステップで跳躍。研ぎ澄まされたペティナイフの刃先が、黄金の核の「接合部」を寸分の狂いもなくすっと撫で切る。
プチッ、ズドン!!
大豊作スライムは心地よい清涼感とともに一瞬で弾け飛び、あとに残されたのは――見上げるほど重厚で美しい、金の装飾が施された特大の一升瓶3本だった。
【ドロップアイテム:最高級濃縮プレミアム極上出汁(大豊作スライムの核)×3】
「「「「「やったわーーーっ!!!」」」」」
ハイタッチを交わす5人のおばちゃん冒険者たち。
マサコが木栓をそっと抜くと、そこからは鰹、昆布、鯛、あご出汁が絶妙に調和した、一滴で人生が変わるほどの芳醇すぎる香りが立ち上った。
「これ……これがあれば、今夜の夕飯どころか、向こう半年の献立に一切悩まなくて済むわね……!」
「カヨちゃんの中華鍋ガードも、カズちゃんの泡立てホイップも完璧だったわ!」
「あら大変、シズエさん! 時計見て!」
マサコがサンバイザーをあげて叫ぶ。
時刻は午後3時40分。
「大変! 『スーパーふじの』の4時からのタイムセール、今日卵がパック98円よ!」
「走るわよみんな! プレミアム出汁を買い物かごに詰めて、ダッシュよ!!」
戦利品のプレミアム出汁を買い物かごやレジ袋に大事に納め、5人のベテラン主婦たちは、ダンジョンの奥深くから出口へ向かって軽快な足取りで駆け出していくのだった。




