第8話 白
第8話 白
城徳との合同練習から三日。
――パンッ!
「もう一本!」
拓真が踏み込む。
左。
――パンッ!
「もう一本!」
また左。
――パンッ!
「佐藤」
大島がミットを下ろした。
「はい」
「休め」
「まだいけます」
「休め」
「でも――」
「速くなりたいのは分かったから休め」
拓真は渋々下がった。
「はい」
壁際へ座る。
山口が隣に来た。
「分かりやすいな、お前」
「何が」
「城徳に負けてから」
「お前もだろ」
「俺はいつも真面目だから」
「どの口が言ってんだ」
山口も汗だくだった。
二人とも、
城徳戦以来、少し練習量が増えていた。
*
向こうでは熊谷と神戸が組手をしている。
小松崎は一人でミット。
かなは記録。
栞は大島の横で何か話している。
「佐藤」
「はい」
「これ見て」
栞が呼ぶ。
スマートフォンで撮った動画。
拓真の組手だった。
城徳戦。
「うわ、見たくねえ」
「見なよ」
「負けた試合だぞ」
「だから見るんでしょ」
再生。
拓真が左を出す。
外される。
また左。
外される。
「ここ」
栞が止めた。
「何?」
「一回目の左」
「うん」
「次」
再生。
「二回目」
「うん」
「次」
三回目。
栞が止める。
「全部同じ」
「……」
「距離も、入る前の動きもほぼ同じ」
山口が覗く。
「あ、ほんとだ」
「お前は来るな」
「いいじゃん」
栞が言った。
「城徳の人、二回目くらいから分かってる」
拓真は画面を見る。
「じゃあ変えればいい?」
「何を?」
「入り方」
「どうやって?」
「それを聞いてんだけど」
「考えなよ」
「お前いつも最後だけ突き放すよな!」
大島が笑った。
「金子は先生じゃないからな」
「先生が教えてくださいよ!」
「自分で見つけたほうが残ることもある」
「この部そういうの多くない?」
*
その日の練習後。
大島が全員を集めた。
「今週の土曜」
山口が即座に言った。
「また練習試合ですか!」
「正解」
「どこですか?」
「兵学館」
山口が止まった。
拓真も顔を上げる。
「頭いいところ」
「その認識やめろ」
大島が言う。
熊谷が聞いた。
「向こう行くんですか?」
「そう」
「久しぶりですね」
神戸も少し楽しそうだった。
山口が大島を見る。
「先生、兵学館って行ったことあるんですか?」
大島が一瞬黙った。
「あるよ」
「へえ」
「大学、兵学館だから」
「……え?」
山口が止まる。
拓真も見る。
「先生、兵学館大学?」
「そう」
「頭いいじゃん」
「お前、俺を何だと思ってたんだ」
「若い国語の先生」
「それは合ってる」
栞が笑う。
大島が続ける。
「教育学部」
山口が聞いた。
「空手は?」
「大学の空手道部」
「体育会?」
「そう」
「レギュラー?」
大島が少し嫌そうな顔をした。
「一応、主将」
沈黙。
拓真。
山口。
熊谷。
神戸。
「……主将?」
山口が聞き返した。
「そう」
「兵学館大学の?」
「そうだって」
「空手道部?」
「何回確認するんだよ」
山口が拓真を見る。
拓真も山口を見る。
二人同時に大島を見る。
「先生、強いの?」
大島の眉が動いた。
「お前ら今まで何だと思ってた?」
拓真が答える。
「ミット持ってくれる国語の先生」
「佐藤、お前あとで残れ」
「なんで俺だけ!?」
*
土曜日。
霞北の一行は電車とバスを乗り継ぎ、
兵学館高校へ向かった。
山口が窓の外を見る。
「なんか遠足みたいだな」
「遊びじゃないよ」
かなが言う。
「分かってます」
拓真は隣で眠そうにしている。
小松崎は静かだった。
熊谷と神戸は、
二人並ぶと座席が妙に狭く見える。
「先輩たち、圧迫感すごいですね」
「佐藤」
「はい」
「黙って寝ろ」
「はい」
栞が窓の外を見る。
「そろそろじゃない?」
大島が頷いた。
「次」
*
兵学館高校。
校門をくぐった瞬間、
山口が言った。
「学校でか」
拓真も見上げる。
「高校だよな?」
「高校」
「大学じゃなくて?」
「高校」
敷地が広い。
建物も多い。
寮もある。
古い建物と新しい校舎が混在している。
そして、
静かだった。
城徳とは違う。
黒いジャージの集団が待ち構えているわけでもない。
生徒が普通に歩いている。
本を持っている者もいる。
部活へ向かう者もいる。
「なんか」
山口が言う。
「空手強そうに見えないな」
大島が振り返る。
「学校歩いてるだけで強そうに見える高校生って何だよ」
「城徳は見えました」
「黒かったからだろ」
「黒は強い」
「色から離れろ」
*
武道場へ入る。
白かった。
壁。
道着。
防具棚。
そして壁に掲げられた文字。
一念、岩をも通す。
山口が読む。
「いちねん……」
「岩をも通す」
拓真が続ける。
「かっこいいな」
「うちも何かないの?」
「全国制覇」
熊谷が言う。
拓真が首を振る。
「あれは重すぎるでしょ」
小松崎が小さく笑った。
「俺らには似合わないな」
その言葉を、
拓真はなんとなく覚えていた。
*
「大島先生」
声をかけられた。
眼鏡をかけた男性。
大島よりずっと年上だが、
風呂ほどではない。
「柳瀬先生。今日はありがとうございます」
「こちらこそ」
二人が頭を下げる。
兵学館高校空手道部顧問、
柳瀬隆。
柳瀬は霞北の生徒たちを見る。
「遠いところありがとう」
「お願いします!」
挨拶。
柳瀬が大島へ言った。
「この前の研究会以来だね」
「そうですね」
山口が拓真へ囁く。
「研究会?」
「先生同士じゃね?」
「空手じゃなくて?」
柳瀬に聞こえた。
「授業の研究会」
「すいません!」
「大島先生は国語だからね」
柳瀬が笑う。
「僕は古典が好きだから、そっちの話のほうが長くなっちゃって」
拓真は大島を見る。
「先生、ちゃんと先生やってるんですね」
「佐藤」
「はい」
「お前今日組手多めな」
「横暴だ!」
*
兵学館の選手たちが入ってきた。
白いジャージ。
城徳とは正反対。
先頭に、
服部。
内藤。
山下。
カルロス山崎。
新井鋼太郎。
「……普通だな」
山口が言う。
拓真も頷く。
「城徳より普通」
栞が二人を見る。
「また言ってる」
「だって」
山口が兵学館を見る。
「全員もっとガリ勉みたいなの想像してた」
「偏見ひどいな」
柳瀬が聞いていた。
山口が固まる。
「すいません!」
今日二回目だった。
*
合同練習が始まった。
最初の一時間。
基本。
移動。
対人。
そして。
「以上」
柳瀬が言った。
山口が時計を見る。
「え?」
兵学館の選手たちが礼をする。
「ありがとうございました!」
「終わり?」
拓真も驚いた。
まだ一時間ほどしか経っていない。
柳瀬が答える。
「全体練習はね」
「短くないですか?」
山口が聞く。
「短いよ」
「これで全国行くんですか?」
「行く年もあるね」
「どうやって?」
柳瀬が笑った。
「ここからは自分たちでやるから」
*
全体練習が終わった。
なのに誰も帰らない。
服部と内藤が二人でミットを始める。
山下は一人でステップ。
カルロスは動画を確認している。
新井は柳瀬に何か質問したあと、
自分で反復を始めた。
命令されていない。
メニューも一緒ではない。
なのに、
全員が練習している。
「……なんだこれ」
拓真が言った。
大島が答える。
「兵学館」
「先生もこんな感じだったんですか?」
「高校は違う」
「先生、兵学館高校じゃないんですか?」
「違うよ」
大島が言った。
「大学だけ」
「へえ」
「大学ではもっと練習したけどな」
「じゃあ主将らしいところ見せてくださいよ」
「なんで俺が練習するんだ」
「見たい!」
山口も乗る。
「俺も見たいです!」
「嫌だよ」
柳瀬が横から言った。
「僕も見たいな」
大島が振り返る。
「柳瀬先生まで何言ってるんですか」
「兵学館大学空手道部の主将だったんでしょ?」
「昔です」
「ほら、みんな期待してる」
大島が霞北を見る。
全員見ていた。
「……お前らなあ」
*
結局。
大島は道着を借りた。
「マジでやるんだ」
拓真が前へ出る。
「先生、誰と?」
柳瀬が笑う。
「じゃあ山下」
「はい」
兵学館の山下が立つ。
大島より若い。
現役高校生。
大島は構える。
さっきまでと、
少しだけ雰囲気が変わった。
拓真が黙る。
「始め」
*
山下が動く。
大島は動かない。
一歩。
山下が入る。
大島も入った。
――パンッ!
「止め」
一瞬。
拓真には、
何をしたのか分からなかった。
山口が言う。
「先生、速っ」
もう一度。
今度は山下が取る。
「お」
大島が笑う。
「いいね」
三本目。
取る。
取られる。
現役の高校生相手に、
大島は普通に組手をしていた。
超人的でもない。
全部取るわけでもない。
でも、
うまい。
距離。
間。
入る瞬間。
「……先生だったんだな」
拓真が呟く。
栞が言う。
「先生だよ」
「そっちじゃない」
「分かってる」
*
大島が戻ってくる。
息が上がっていた。
「疲れた」
山口が言う。
「先生、強いじゃないですか!」
「だから空手部だったって言ってるだろ」
拓真も言う。
「もっと早くやってくださいよ」
「教師が生徒相手に毎日組手してどうすんだ」
「俺ともやってください」
「嫌だ」
「なんで!」
「左しか来ないから」
「先生までそれ言う!?」
*
その後。
霞北と兵学館で練習試合をした。
拓真の相手は内藤。
「始め!」
左。
外れる。
もう一度。
今度は入る。
「赤!」
しかし、
次から変わった。
内藤が距離をずらす。
拓真が追う。
届かない。
「くそ」
また左。
今度は待たれる。
返される。
「青!」
城徳とは違う。
圧倒される感じではない。
でも、
捕まらない。
考えている。
試合の途中で、
変わっていく。
「佐藤!」
大島の声。
「同じの続けるな!」
拓真は考える。
昨日の動画。
全部同じ。
距離。
入り方。
だったら。
一歩目を小さくする。
内藤が反応する。
行かない。
もう一度。
今度は行く。
左。
――パンッ!
「赤!」
「よし!」
取れた。
内藤が少し笑った。
「今のうまい」
敵なのに褒められた。
拓真も、
「どうも」
と返してしまった。
*
山口は服部。
熊谷は山下。
神戸はカルロス。
小松崎は新井。
取る。
取られる。
霞北も勝つ。
兵学館も勝つ。
城徳戦ほど一方的ではない。
けれど、
楽には勝てない。
一試合終わるたびに、
兵学館の選手は何か話す。
次には変えてくる。
山口が戻ってきた。
「なんか嫌だ」
「何が?」
「一回通じたやつ、次通じない」
拓真も頷く。
「分かる」
栞が言った。
「それが強いってことじゃない?」
二人が黙った。
*
帰り支度。
柳瀬が霞北のところへ来た。
「今日はありがとう」
「ありがとうございました!」
柳瀬が拓真を見る。
「佐藤君」
「はい」
「左、面白いね」
「ありがとうございます」
「でも」
来た。
拓真は身構えた。
「右も練習したほうがいい」
「やっぱり?」
柳瀬が笑う。
「そりゃね」
大島が横から言った。
「今は左でいいです」
「そうなの?」
「こいつの場合、まず一本、自分の武器を作らせたいので」
柳瀬は少し考えた。
「なるほど」
拓真が大島を見る。
先生が、
自分のことを考えてくれている。
当たり前なのかもしれない。
でも少し嬉しかった。
*
帰り。
校門を出る。
山口が兵学館を振り返った。
「白も強かったな」
「また色かよ」
「黒と白」
「次は何色なんだろうな」
拓真が冗談で言った。
かなが後ろから答えた。
「青と緑」
二人が振り返る。
「何?」
「次」
かなが大会予定表を見せる。
筑浦二高。
山口が聞く。
「強いんですか?」
大島が答えた。
「今年はいいよ」
「全国?」
「そういう学校じゃない」
「じゃあ?」
「普通の県立高校」
拓真が言った。
「うちもじゃん」
大島が笑う。
「そうだな」
山口が予定表を見る。
「青と緑?」
「筑浦二高の学校色」
「へえ」
黒。
白。
青と緑。
そして、
霞北の赤。
県大会が、
少しずつ形を持ちはじめていた。
第8話 白 了




