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一撃の夏  作者: 西野照星
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第3話 入部します

第3話 入部します


放課後。


「佐藤、行こうぜ!」


終礼が終わるなり、山口郁斗が教室の入口に現れた。


「早いな」


「空手部!」


「分かってるよ」


拓真は鞄を持つ。


二人で廊下を歩き出した。


山口は妙に機嫌がいい。


「楽しみだな」


「お前、まだ一回も見てないんだろ?」


「うん」


「それでよく入るって決められるな」


「だって空手やりたいし」


「城徳とか兵学館とかもあるだろ」


「高校受験終わったあとに言われても困る」


「そりゃそうだ」


階段を下りる。


「ところで」


山口が聞いた。


「強い?」


「誰が?」


「霞北」


拓真は少し考えた。


「知らん」


「二日行ったんだろ?」


「二日で分かるかよ」


「先輩は?」


「強い」


「何人?」


「三人」


「少なくね?」


「だから新入生ほしいんじゃない?」


「なるほど」


山口は納得した。


数歩歩いて、


「女子は?」


「いる」


「マジ?」


拓真が横を見る。


「急に食いつくな」


「いや、部活の構成員として」


「言い訳下手すぎるだろ」


山口が笑った。


     *


武道場へ着いた。


拓真は普通に靴を脱ぐ。


三日目ともなると、もう場所を知っている。


「こんにちは」


「おう」


熊谷が手を上げた。


神戸もいる。


小松崎はストレッチ中。


かなは今日もノートや飲み物を準備していた。


栞は大島と何か話している。


大島が拓真を見る。


「三日目」


「見学です」


「まだ何も聞いてない」


「先に言っとこうと思って」


その後ろから山口が入ってきた。


「こんにちは!」


声がでかい。


全員が見る。


山口は武道場の中を一度見回した。


それから大島の前まで歩いた。


「一年三組、山口郁斗です!」


「おう」


「空手部入ります!」


「……おう」


「よろしくお願いします!」


頭を下げた。


大島が一瞬止まる。


拓真も止まる。


熊谷が笑い出した。


「早え」


神戸が言う。


「見学は?」


「しません!」


「なんで?」


「入るって決めてるんで!」


山口は迷いがない。


大島が拓真を見る。


「佐藤」


「なんですか」


「抜かれたぞ」


「何を?」


「入部」


「競争してないです!」


山口が振り返った。


「え、拓真まだ入ってないの?」


「見学だって言ってんだろ」


栞が口を挟む。


「二日連続で練習してるけどね」


「体験見学!」


小松崎も言った。


「昨日、俺と組手したよな」


「体験組手です」


神戸が感心する。


「便利だな、見学」


熊谷が頷く。


「どこまでやったら入部になるんだろうな」


「入部届を出したらですよ!」


山口が大島に聞いた。


「先生、入部届あります?」


「あるけど」


「ください」


「ほんとに見なくていいの?」


「大丈夫です」


「何が大丈夫なんだよ」


拓真が言った。


山口は入部届を受け取った。


その場で書き始める。


「山口」


「ん?」


「お前、昨日まで他の部冷やかしてたんだよな?」


「社会見学」


「昨日は冷やかしって言っただろ」


「言葉は成長するんだよ」


「意味は変わってねえよ」


山口がペンを置いた。


「できました!」


佐藤拓真。


霞北空手部への来訪、三日目。


未入部。


山口郁斗。


来訪、一分。


入部。


大島が入部届を受け取った。


「はい。じゃあ今日からよろしく」


「お願いします!」


「……なんか納得いかねえ」


拓真が呟いた。


     *


「じゃ、紹介するか」


大島が言った。


山口は姿勢を正した。


「お願いします!」


「三年、小松崎」


「小松崎です」


「よろしくお願いします!」


「二年、熊谷」


「よろしく」


「でか!」


「第一声それ?」


「すいません!」


「二年、神戸」


「よろしく」


山口が見上げる。


さらに見上げる。


「……もっとでか!」


神戸が笑った。


「お前、思ったこと全部口に出るな」


「すいません!」


「で、マネージャーのかな」


「よろしくね」


「お願いします!」


大島が栞を見る。


「金子は――」


「金子栞。一年」


栞が自分で言った。


「怪我してるから、今は先生たちの練習の手伝い」


山口が目を丸くした。


「一年?」


「そう」


「同い年?」


「そうだけど」


「なんでそんな先輩みたいなところにいるの?」


「どういう意味?」


「いや、なんとなく」


拓真が言った。


「分かる」


「佐藤?」


「なんでもないです」


最後に大島が自分を指した。


「顧問の大島」


山口が言った。


「若いっすね」


「お前もか!」


武道場に笑い声が響いた。


     *


「空手歴は?」


大島が聞いた。


山口が答える。


経験はある。


拓真よりブランクも短い。


大島が頷いた。


「じゃあ基本見ればだいたい分かるな」


「はい」


「道着は?」


「持ってきました!」


山口が鞄を開く。


拓真が驚いた。


「持ってきたの?」


「入部するんだから当たり前だろ」


「俺なんか昨日借りたのに」


「お前、見学だもんな」


「なんか腹立つな」


山口は笑いながら更衣へ向かった。


     *


数分後。


道着姿の山口が出てきた。


帯を締める。


慣れている。


「おお」


熊谷が言った。


「ちゃんと空手やってる人だ」


拓真が自分を指した。


「俺は?」


「見学の人」


「二日練習した!」


「自分で見学って言ってるじゃん」


言い返せなかった。


大島が手を叩く。


「よし、始めるぞ」


     *


準備運動。


基本。


移動。


山口はよく動いた。


そして、よく喋った。


「神戸先輩、足長っ!」


「山口、前見ろ」


「はい!」


「熊谷先輩、その身体で速いっすね!」


「その身体でって何だよ」


「褒めてます!」


「山口!」


「はい!」


大島の声が飛ぶ。


拓真は隣で笑っていた。


昨日までと空気が違う。


一人増えただけ。


それも一年が一人。


なのに武道場が少し騒がしくなった。


     *


ミット練習。


山口が打つ。


――パンッ!


「お」


拓真が声を出した。


山口が振り返る。


「どう?」


「普通」


「もっと褒めろよ」


「俺、見学だから」


「便利だな、それ」


山口がもう一度打つ。


速い。


拓真とは違う。


身体の使い方も違う。


「佐藤」


大島がミットを向けた。


「次」


「俺も?」


「道着着てるだろ」


拓真は今日も借り物の道着だった。


「見学用です」


「その設定まだ続くの?」


栞が呆れる。


拓真が構える。


左。


――パンッ!


山口が振り返った。


「速っ」


拓真を見る。


「お前、そんなだった?」


「知らん」


「知らんって」


「俺も一昨日知った」


「どういうこと?」


「五年ぶりだから」


山口が笑った。


「面白え」


その言い方に嫌味はなかった。


     *


練習後半。


大島が一年二人を見た。


「せっかくだから軽く合わせるか」


拓真が山口を見る。


山口も拓真を見る。


「やる?」


「いいよ」


「佐藤、お前見学じゃなかった?」


熊谷が言う。


「体験組手です」


「出た」


二人が拳サポーターをつけた。


向かい合う。


同じ一年。


拓真にとって、高校に入って初めての同学年との組手だった。


「軽くな」


大島が言う。


「始め」


     *


山口が跳ねる。


軽い。


拓真よりリズムがある。


前へ。


後ろへ。


また前。


「……」


拓真は見た。


足。


山口が入る。


拓真も左を出した。


届かない。


山口はもう外へいる。


「速いな」


「拓真もな」


次。


拓真が距離を取る。


遠くから左。


山口が下がった。


拳が鼻先を通る。


「うおっ」


山口が笑った。


「それか!」


「何が」


「昨日言ってたやつ!」


「何も言ってない」


「これ嫌だな!」


小松崎が壁際で少し笑った。


自分が昨日言ったのと同じだった。


再開。


山口が入る。


拓真も出る。


二人が交錯した。


「止め!」


大島の声。


一本。


次。


また一本。


どちらかが取る。


取られる。


まだ荒い。


距離もずれる。


手も下がる。


当たりも浅い。


高校の試合でどこまで通じるかなんて、まだ分からない。


それでも二人とも笑っていた。


「もう一本!」


山口が言った。


「来いよ」


拓真が構える。


     *


練習が終わった。


全員で床を拭く。


山口は雑巾がけまで速かった。


「競争しようぜ!」


「しねえよ!」


「佐藤遅い!」


「普通に拭け!」


「山口、端までちゃんとやれ!」


かなの声が飛ぶ。


「はい!」


神戸が呟いた。


「一人増えただけでうるさくなったな」


熊谷が頷く。


「すげえうるさい」


「聞こえてますよ!」


「それがうるさいんだよ」


また笑いが起きた。


     *


片づけが終わる。


山口は当然のように部員たちと一緒に残っていた。


拓真は借りた道着を畳む。


栞が聞いた。


「で?」


「何」


「今日は?」


「何が」


「入部」


「……」


拓真は道着を見る。


三日連続で来た。


三日目も練習した。


同級生まで入った。


それでも。


「まだいいかな」


山口が振り返る。


「なんで?」


「なんとなく」


「お前、変なところ慎重だな」


「うるさい」


大島は急かさなかった。


「まあいい」


入部届を机に置く。


「入りたくなったら書け」


「はい」


「ただし」


大島が道着を指差した。


「洗って返せよ」


「そこはちゃんとします!」


「明日使うなら持って帰っていいけど」


「……」


拓真が止まった。


熊谷が笑いを堪える。


神戸もこちらを見る。


栞は完全に面白がっている。


山口が聞いた。


「どうすんの?」


拓真は道着を見る。


持って帰れば、


明日も来ることになる。


返せばいい。


今ここで返せばいい。


「……洗ってきます」


全員が笑った。


「違う!」


拓真が慌てて言う。


「借りたものだから! 洗って返すだけだから!」


「はいはい」


栞が言った。


「何だよその返事!」


「明日ね」


「だから――」


言い返そうとして、


やめた。


     *


二人で自転車を押して校門を出る。


山口は入部初日から機嫌がよかった。


「いいじゃん、空手部」


「一日で分かるのかよ」


「分かるよ」


「俺はまだ分かんない」


「三日いるのに?」


「三日しか、だろ」


「じゃあ明日四日目だな」


「来るって言ってない」


山口が拓真の鞄から少し覗いているものを指差した。


「それ何?」


借りた道着だった。


拓真は黙る。


山口が笑う。


「明日な!」


「……うるせえ」


二人は自転車に乗った。


霞ヶ浦から風が吹いている。


まだ春だった。


大会も、


全国も、


霞北という名前がかつて何を意味していたのかも、


二人は何も知らない。


ただ一人は、


来て一分で入部した。


もう一人は、


三日通ってもまだ見学だった。


霞北高校空手道部に、


一年生の声が増え始めていた。


第3話 入部します 了

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