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一撃の夏  作者: 西野照星
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名前を呼ばれる明日

名前を呼ばれる明日


 三試合を終えて宿舎へ戻ったころには、全員かなり疲れているはずだった。

 なのに、部屋へ入って荷物を置いた途端、山口が言った。

「明日、抽選だよな?」

「そう」

 小松崎が答える。

「朝、当日抽選」

「うわー、マジか!」

「何がそんな嬉しいんだよ」

 熊谷が笑う。

「だってベスト8だぞ! 明日の相手、まだ分かんねえんだぞ!」

「それは別にいいことじゃないだろ」

「いいんですよ!」

 山口にはもう理屈がなかった。

 明日がある。

 それだけでよかった。

 今日、三試合やった。

 前橋英俊。

 横須賀学院。

 首里大付。

 そして、まだ終わっていない。

 全国大会の二日目に、自分たちの名前が残っている。

 神戸が大会資料を見ながら言った。

「明日から場内でも名前呼ばれるんだろ?」

「え?」

 拓真が振り向いた。

「選手紹介」

「マジで?」

「ベスト8から」

「うわ」

 山口が食いつく。

「フルネーム?」

「たぶん」

「『赤、霞北高校、山口郁人選手』とか!?」

「自分でやるなよ」

 小松崎が笑った。

 山口はもう止まらない。

「小松崎先輩とか絶対かっこいいじゃないですか!」

「やめろって」

「『霞北高校、小松崎堅介選手!』」

「やめろ!」

「ちょっと立ってくださいよ!」

「なんでだよ!」

 熊谷まで乗った。

「小松崎、タオルいる?」

「試合前じゃねえよ!」

 神戸が笑う。

 拓真も笑った。

 なんだか、すごいところまで来てしまった。

 日本武道館。

 全国大会。

 ベスト8。

 明日は名前まで呼ばれる。

 入学したころには、そんなことは一つも考えていなかった。

「佐藤も呼ばれるぞ」

 神戸が言った。

「え」

「佐藤拓真選手」

「……うわ」

「なんだよ」

「いや」

 拓真は少し笑った。

「なんか恥ずかしいっすね」

「今さらかよ!」

 山口が肩を叩いてくる。

「全国ベスト8だぞ、拓真!」

「お前が取ったみたいに言うなよ」

「俺たちが取ったんだよ!」

 それには誰も突っ込まなかった。

 そうだった。

 五人で取った。

     *

 風呂を済ませ、飯を食べても、部屋の空気はなかなか静まらなかった。

 明日の相手は誰になる。

 どこを引きたい。

 いや、ここまで来たらどこでも強い。

 場内で名前を呼ばれたら返事するのか。

 手を上げるのか。

 山口は絶対やる。

 小松崎はやらない。

 そんな話ばかりしていた。

 拓真は布団に寝転がりながら、それを聞いていた。

 目を閉じる。

 すると、ふと。

 首里大付との試合が浮かんだ。

 相手の構え。

 距離。

 足。

 自分が、

 ――ここ。

 そう思った瞬間。

 先に来られた。

 拓真は目を開けた。

「……」

 もう一度、思い出す。

 自分が行こうとした。

 なのに、その瞬間にはもう相手が動いている。

 まるで、自分が行きたいところを先に知っていたみたいに。

「……なんだ、あれ」

 小さく呟いた。

 今日の試合では勝った。

 自分だって点を取った。

 それなのに、何度かあった。

 行きたい。

 今だ。

 そう思った瞬間に、そこへ先に何かを置かれる。

 突き。

 足。

 気配。

 ほんの少しだけ早く。

 もし、明日も――。

「拓真!」

「うわっ!」

 山口が布団を叩いた。

「何だよ!」

「聞いてた?」

「何を?」

「だから、明日名前呼ばれたらどうするか!」

「まだその話してんのかよ!」

「大事だろ!」

「大事じゃねえよ!」

 笑い声が起きた。

 拓真も笑った。

 さっきまで頭にあった首里大付の姿が、少し薄くなった。

 まあ、いい。

 今日は勝った。

 三試合勝った。

 霞北は全国ベスト8だ。

 明日になれば、また明日の相手がいる。

 今夜くらい、それでいい。

「俺、手上げるからな」

 山口が言った。

「勝手にしろよ」

「拓真もやれよ」

「やだよ」

「二人でやろうぜ」

「絶対やだ」

「じゃあ熊谷先輩!」

「俺を巻き込むな」

「神戸先輩!」

「寝る」

「小松崎先輩!」

「うるせえ!」

 また笑い声が上がった。

 拓真もその中に混じった。

 首里大付との試合で感じたものは、もう考えなかった。

 少なくとも、この夜は。

 今日勝ったことのほうが、ずっと大きかった。

 そして明日。

 日本武道館で初めて、自分たちの名前が呼ばれる。

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