第23話 もう一度
23話 もう一度
全国大会三回戦。
ここを勝てば、ベスト8。
霞北はオーダーを変えなかった。
先鋒、山口郁人。
次鋒、佐藤拓真。
中堅、神戸寛。
副将、熊谷桜太郎。
大将、小松崎堅介。
対する沖縄県代表、首里大付属。
喜屋武。
比嘉。
仲間。
仲。
ピーター・ロバートソン3世。
試合前。
栞は首里大付属の選手たちをずっと見ていた。
「やっぱり、崩れない」
山口が肩を回す。
「それさっきも言ってたじゃん」
「だから見て」
「何を?」
「打ったあと」
首里大付属の選手がアップで突く。
速い。
蹴る。
もっと速い。
それでも、終わった瞬間にはもう次の構えに戻っている。
「形が強い学校って、こういうところが怖いんだよ」
「でも組手だろ?」
「だから怖いの」
大島が山口の背中を叩いた。
「行ってこい」
「はい!」
先鋒 山口郁人 ―― 喜屋武
喜屋武は先鋒らしい選手だった。
速い。
開始から前へ来る。
山口も行く。
拳。
蹴り。
互いに速い。
ただ。
違った。
山口は打つほど大きくなる。
喜屋武は速くなっても小さい。
身体が崩れない。
山口が大きく踏み込んだ。
前拳。
かわされた。
身体だけが前へ流れる。
喜屋武は見逃さない。
追い突き。
差し込む。
「青!」
一点。
山口が振り返る。
0対1。
「郁人、雑になるな!」
大島の声。
分かっている。
山口も今のは分かっている。
再開。
今度は山口が下を見る。
足。
喜屋武の前足を狙う。
崩したい。
しかし。
動かない。
「うわ」
山口が思わず漏らした。
もう一度。
駄目。
喜屋武の軸が残る。
なら。
近づく。
互いに突く。
組み合う。
その瞬間。
山口が両手を使った。
押す。
「っ!」
喜屋武の身体が初めて崩れた。
無理やりだった。
山口が追う。
喜屋武が立て直そうとする。
そこへ。
山口の拳が横から走った。
裏拳。
「赤!」
旗。
一点。
1対1。
拓真が目を丸くした。
「裏拳で取った」
神戸も少し笑う。
「珍しいな」
「取れるんだ、あれ」
「取れるだろ。ちゃんと入れば」
山口自身も少し驚いた顔をしていた。
しかし。
喜屋武は変わらなかった。
構える。
山口がまた行く。
大きい。
喜屋武が外す。
返す。
一点。
山口が焦る。
さらに追う。
喜屋武はそこも見る。
一つ。
また一つ。
山口が荒くなるたびに。
喜屋武はまるで、
――そうじゃない。
と、たしなめるように点を取った。
時間。
山口、敗戦。
戻ってきた山口は悔しそうに防具を外した。
「崩れねえ」
栞が言った。
「でも一回崩したじゃん」
「押しただけだよ」
「それでも」
山口は少し考えてから、
「……裏拳は気持ちよかった」
拓真が笑った。
「そこかよ」
次鋒 佐藤拓真 ―― 比嘉
拓真が立とうとすると。
大島が呼び止めた。
「佐藤」
「はい」
一瞬だけ間があった。
「相手、高校日本代表だ」
「……今言います?」
「今知った」
「言わなくてよかったのに!」
山口が吹き出した。
「行ってこい、日本代表」
「うるせえ!」
比嘉は静かに立っていた。
開始。
拓真は思った。
まず見る。
前橋英俊戦で、入る瞬間を読まれた。
横須賀学院戦では、分からないなら相手が来る瞬間に先に打った。
だから。
今回も――。
比嘉が消えた。
「青!」
「え?」
一点。
戻る。
再開。
今度は拓真から行く。
左。
届く前に比嘉の拳が入る。
「青!」
0対2。
(速っ)
もう一度。
拓真が構える。
来る。
そう思った。
打つ。
違った。
比嘉はもう横。
返される。
0対3。
(何これ)
何をしても。
一個先にいる。
前橋英俊の岩間は、拓真の入る瞬間を読んできた。
比嘉は。
読んでいるのかすら分からない。
ただ普通に。
強い。
四点目。
0対4。
そこから。
比嘉が変わった。
来なくなった。
拓真を見る。
間合いを置く。
まるで。
――やってみろ。
そう言われているようだった。
腹が立った。
拓真が行く。
左。
受けられる。
もう一度。
ワンツー。
外される。
右を見せる。
反応しない。
前蹴り。
切られる。
また左。
駄目。
何をしても取れない。
でも。
比嘉も取らない。
拓真に打たせる。
受ける。
外す。
潰す。
そしてまた中央へ戻る。
胸を貸されている。
高校一年の拓真にも分かった。
それが一番悔しかった。
「時間!」
0対4。
完敗。
拓真が礼をする。
比嘉も礼を返す。
戻ってきた拓真は座った。
何も言わない。
山口も、今回は茶化さなかった。
二敗。
もう。
一つも負けられない。
中堅 神戸寛 ―― 仲間
神戸が立った。
「行ってくる」
いつもと同じだった。
大島が言う。
「頼む」
「はい」
仲間もきれいだった。
速い。
崩れない。
首里大付属の空手。
でも。
神戸は長かった。
前拳。
仲間が切る。
もう一度。
今度は届く。
一点。
仲間が取り返す。
一点。
神戸は焦らない。
「結局さ」
試合中。
誰に言うでもなく呟く。
「届くところにいれば、届くんだよな」
仲間が入った。
神戸が待っていた。
長い逆突き。
一点。
さらに終盤。
仲間が追う。
神戸は距離を切る。
追わせる。
最後にもう一つ。
時間。
神戸、勝利。
一勝二敗。
首の皮一枚。
つながった。
副将 熊谷桜太郎 ―― 仲
熊谷が立つ。
仲が構える。
喜屋武も。
比嘉も。
仲間も。
みんな崩れなかった。
仲も同じだった。
でも。
熊谷が前へ出る。
仲が受ける。
また来る。
受ける。
また。
「でかいって、ずるくない?」
山口が言った。
拓真が返す。
「今さら?」
仲がいなす。
熊谷が追う。
突き。
一点。
仲が返す。
一点。
熊谷はさらに前。
近い。
仲が切ろうとする。
熊谷の歩幅がそれを埋める。
もう一点。
終盤。
仲が追いつこうと出る。
熊谷が合わせる。
時間。
熊谷、勝利。
これで。
二勝二敗。
大将戦。
勝った方が。
明日へ行く。
大将 小松崎堅介 ―― ピーター・ロバートソン3世
ピーター・ロバートソン3世が立ち上がった。
百八十五センチ。
厚い胸板。
太い腕。
首里大付属の白い道着がよく似合う。
顔立ちは完全にアメリカ系だった。
彫りが深い。
青い瞳。
端正な顔。
山口が小声で言う。
「強そう……」
熊谷が言った。
「今さら名前で驚くなよ」
「名前じゃなくて身体です」
ピーターが試合場へ入る。
小松崎も入った。
二人が礼。
「始め!」
ピーターが速い。
身体が大きいのに。
喜屋武たちと同じだった。
崩れない。
しかも重い。
小松崎が一点。
ピーターが返す。
一点。
またピーター。
小松崎が追う。
点の取り合い。
一点差。
追いつく。
また離される。
小松崎が追う。
残り時間。
ピーターが前へ。
小松崎が合わせる。
旗。
赤。
同点。
「時間!」
引き分け。
しかし。
終わらない。
延長。
互いに汗だくだった。
開始。
小松崎が入る。
ピーターが返す。
決まらない。
蹴り。
外れる。
突き。
旗が割れる。
また。
決まらない。
さらに延長。
今度は二人とも明らかに遅くなっていた。
それでも。
ピーターの構えは残る。
小松崎も崩さない。
最後まで。
一点が取れない。
判定。
赤。
青。
旗が割れた。
協議。
引き分け。
二勝。
二敗。
一分。
団体戦でも。
決まらなかった。
代表決定戦。
代表
大島が振り返った。
「誰で――」
「俺が行きます」
小松崎だった。
即答。
大島が見る。
汗が顎から落ちている。
「小松」
「もう一回、やらせてください」
「今、延長二回やったんだぞ」
「向こうもです」
視線の先。
ピーター・ロバートソン3世も立っていた。
首里大付属も。
大将をもう一度出す。
小松崎が笑った。
「ちょうどいいです」
「何がだよ」
「どっちが先にへばるか」
大島は数秒だけ黙った。
「……行ってこい」
「はい」
再戦。
小松崎堅介。
ピーター・ロバートソン3世。
全国ベスト8を賭けて。
もう一度。
「始め!」
最初に分かったのは。
ピーターの足が。
さっきより少しだけ重いことだった。
小松崎が前へ出る。
ピーターが受ける。
小松崎は離れない。
また。
ピーターが返す。
一点。
0対1。
それでも小松崎は変わらない。
前へ。
前へ。
ピーターの呼吸が大きくなる。
小松崎だって苦しい。
でも。
まだ動く。
前拳。
一点。
1対1。
再開。
小松崎が距離を変える。
上。
下。
ピーターが反応する。
そこへ。
中段回し蹴り。
腹へ。
「赤!」
技あり。
二点。
3対1。
霞北側が沸いた。
「先輩!」
山口が叫ぶ。
ピーターが追う。
もう三点必要。
だから来る。
小松崎は分かっている。
切る。
回る。
中央へ戻る。
ピーターがさらに追う。
息が上がる。
小松崎は待つ。
最後。
ピーターが踏み込んだ。
小松崎の突き。
「赤!」
一点。
4対1。
残り。
わずか。
ピーターはそれでも構えた。
小松崎も構える。
再開。
最後まで。
互いに出る。
そして。
「時間!」
小松崎が止まった。
一拍遅れて。
霞北側から声が上がった。
4対1。
代表決定戦。
小松崎堅介、勝利。
全国ベスト8。
ピーターが息を整えながら小松崎の前へ来た。
二人が礼をする。
握手。
小松崎が戻る。
熊谷が肩を叩いた。
神戸も。
山口が叫ぶ。
「先輩、スタミナどうなってんすか!」
「死ぬほど疲れてるよ」
「見えないっすよ!」
「じゃあ代われ」
「もう終わりました!」
拓真が笑った。
大島も笑っていた。
でも。
拓真は一度だけ振り返った。
首里大付属。
比嘉がいた。
高校日本代表。
四点取って。
そのあと。
自分に好きなだけ打たせた男。
勝った。
霞北は勝った。
でも。
自分は負けた。
それも。
どうしようもないくらい。
拓真は拳を握った。
その横で大島が言った。
「帰るぞ」
山口が振り返る。
「明日は?」
「また来るに決まってるだろ」
「本当に八校なんですよね」
「そうだよ」
朝。
五十校いた日本武道館。
明日。
ここに戻ってくるのは。
八校だけ。
霞北高校は。
その一校になった。




