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一撃の夏  作者: 西野照星
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第21話 もう緊張してないだろ

第21話 もう緊張してないだろ


前橋英俊との一回戦が終わった。


三勝二敗。


霞北高校、全国大会初勝利。


試合場を離れ、客席へ戻ってしばらくすると、大島が山口を呼んだ。


「山口」


「はい」


「ちょっと来い」


「どこですか?」


「謝りに行く」


山口の顔が固まった。


「あ」


一回戦。


開始早々、硬くなった山口は拳を強く当てすぎた。


田代が倒れ、鼻血。


注意まで取られた。


幸い試合は再開できたが、そのことだった。


「やっぱ行くんですね」


「一応な」


「怒られます?」


「俺に聞くなよ」


「先生も一緒に怒られてくださいよ」


「なんで俺が怒られる前提なんだ」


二人で前橋英俊の席へ向かった。


さっきまで戦っていた相手だ。


田代もいる。


鼻にはまだ処置の跡があった。


山口が少し小さくなる。


大島が顧問を見つけた。


「すみません、前橋英俊の先生でしょうか」


振り向いた男が立ち上がる。


「はい」


「霞北の大島です。先ほどはうちの山口が――」


「ああ!」


話の途中で声が飛んできた。


「大丈夫ですよ!」


豪快だった。


前橋英俊高校空手道部顧問。


前嶋。


「試合中だし、空手やってるんだから、謝りになんて来なくていいですよ!」


そう言って笑った。


山口が頭を下げる。


「すみませんでした」


「君か!」


「はい」


「田代も平気平気。止血して試合続けただろ?」


「はい」


「次はちゃんとコントロールしろよ!」


「はい!」


山口がもう一度頭を下げる。


大島も、


「ありがとうございました」


と頭を下げた。


そこで前嶋が大島の顔をじっと見た。


「……あれ?」


「はい?」


「大島先生?」


「はい」


「貴志先生?」


「そうですけど」


前嶋の顔がぱっと明るくなる。


「てか大島先生って、もしかして五年前の大将でしょ!?」


大島が固まった。


隣で山口が大島を見る。


「やっぱ有名じゃないですか」


「お前は黙ってろ」


「そうだよ!」


前嶋が笑う。


「顔つき変わってないなー!」


「いやいやいや」


大島が手を振る。


「さすがに変わってますよ」


「変わってないって!」


「五年前ですよ?」


「うちじゃ、あの試合結構研究してるんだよ」


「ええ?」


今度は大島が本気で驚いた。


前嶋によれば、前橋英俊では過去の全国大会映像も教材として残しているらしい。


勝った試合。


負けた試合。


接戦。


相手の攻め方。


自分たちの対応。


五年前の霞北戦も、その一つだった。


「いやいや」


大島は苦笑いする。


「研究されるような試合してませんよ」


「するんだよ。勝った試合だって反省点はいくらでもあるんだから」


「はあ」


「まさか先生になって霞北戻ってるとはなあ」


「今年からです」


「新任?」


「はい」


「若いなあ!」


前嶋はまた豪快に笑った。


そのまま二人は少し話した。


大学。


高校。


普段の練習。


茨城と群馬。


そして。


「これ、私の」


前嶋が名刺を差し出した。


「あ、ありがとうございます」


大島も名刺を返す。


「機会あったら、またやりましょうよ」


「ぜひお願いします」


「冬なんかでもいいですよ」


「本当ですか?」


大島の返事だけ妙に速かった。


山口が横を見る。


さっきまで、


五年前の試合なんて。


俺なんて。


と笑っていた先生が、もう名刺を大事そうにしまっている。


前橋英俊の席を離れてから、山口が聞いた。


「先生」


「何?」


「最初からそれ狙ってました?」


「何が」


「練習試合」


「失礼だな」


「だって冬って言った瞬間、めっちゃ食いついたじゃないですか」


大島は名刺を見る。


前橋英俊高等学校

空手道部顧問 前嶋――


「まあ」


ポケットにしまう。


「こういうのでわざわざ謝りに行くのも、普通はあんまりしないらしいけどな」


「じゃあなんで行ったんですか」


「お前が当てすぎたからだよ」


「はい」


「でも名刺もらったし」


大島が笑う。


「冬でも練習試合できるな」


「やっぱ狙ってたじゃん!」


「結果論だ」


二十三歳。


新任教師。


それでも、ちょっとだけしたたかだった。


客席へ戻ると、次の相手が決まっていた。


神奈川県代表。


横須賀学院。


山口がパンフレットを開く。


「ああ、やっぱここだ」


「何がやっぱなんだよ」


拓真が聞く。


「さっき言ったじゃん。ここ、すげぇ金持ちとか芸能人が通う学校」


「それしか知らねえの?」


「有名だろ?」


「空手は?」


「今から見る」


「お前な」


栞と小松崎は、もう試合を見ていた。


横須賀学院の選手は全員神奈川出身。


前橋英俊とは違う。


ただ、全国大会の二回戦まで来た学校だ。


当然、弱いわけがない。


大島も戻ってくる。


「次もオーダーは同じでいく」


山口が顔を上げた。


「同じ?」


「山口、佐藤、神戸、熊谷、小松崎」


小松崎が言う。


「今度は負ける気じゃないですよね?」


「お前、一回勝ったら強気だな」


「先生が後ろ三人の仕事だって言ったんでしょう」


「そうだった」


大島が笑った。


招集がかかる。


ここから先。


五人と大島。


試合場脇へ移動する。


かなと栞は客席側に残る。


全国大会二回戦。


さっきと同じ順番。


でも。


大島の言葉は違った。


まず山口を見る。


「郁人」


「はい」


「拓真」


「はい」


二人が顔を上げる。


「前の試合、二人ともいい部分があった」


山口は一瞬、鼻血のことかと思った。


「当てすぎたところじゃないぞ」


「分かってますよ」


「本当か?」


「たぶん」


拓真が笑った。


大島も笑う。


「山口は最初、硬かった。でも途中からちゃんと相手を見てた。佐藤も一本取った。取られてから何が駄目だったかも分かっただろ」


「はい」


「一試合目はそれでいい」


そして。


大島は二人の肩を軽く叩いた。


「次は勝ちにいってみろ」


山口が大島を見る。


拓真も。


「もう緊張してないだろ?」


二人とも。


少しだけ笑った。


「はい」


今度は山口が先に答えた。


拓真も続く。


「大丈夫です」


「よし」


大島が後ろを見る。


神戸。


熊谷。


小松崎。


「で、お前三人」


「はい」


「今度は一年が勝つかもしれないから、楽できるぞ」


小松崎が笑った。


「先生」


「何?」


「そういうこと言うと負けますよ」


「じゃあ訂正」


大島が五人を見る。


「全員で取ってこい」


「はい!」


日本武道館。


二回戦。


茨城県代表、霞北高校。


神奈川県代表、横須賀学院。


一試合前まで。


拓真たちは全国大会を戦ったことのない高校生だった。


もう違う。


全国で一つ勝った。


次は。


一年生二人も。


勝ちにいく。

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