第20話 全国の一勝
第20話 全国の一勝
「オーダー、少しいじるよ」
試合前。
大島貴志が五人を集めた。
初戦。
群馬県代表、前橋英俊高校。
相手は田代、岩間、蓮見、太田、岸本。
全員三年。
中量級。
中量級。
中量級。
中量級。
最後だけ重量級。
写真だけ見れば、城徳ほど派手ではない。
巨大なエースが何人もいるわけでもない。
とんでもなく速そうな一年生がいるわけでもない。
けれど全員、全国から集められ、高校三年間を競技に費やしてきた選手だった。
大島が紙を見せる。
「山口、佐藤、神戸、熊谷、小松崎。これでいく」
小松崎が笑った。
「先生、負ける気ですか?」
「失礼だな」
「一年二人、前ですか」
「だからいいんだよ」
大島はまず山口を見る。
「山口」
「はい」
「挨拶だ」
「挨拶?」
「俺らがこういう空手やりますっていうのを、ぶつけてこい」
山口の顔が変わった。
「とにかくぶちかませ」
「はい!」
次に拓真。
「佐藤」
「はい」
「場に飲まれるな。落ち着いてやればいい」
それだけ。
そして大島は後ろの三人を見る。
神戸。
熊谷。
小松崎。
「それからは三人の仕事だ」
三人とも黙って聞いている。
「何年ぶりか俺も知らんが」
「知らないんですか」
小松崎が笑う。
「いちいち覚えてねえよ」
大島も笑った。
それから。
「全国の初勝利、持ってこい!」
「はい!」
五人が試合場へ向かった。
霞北の赤。
前橋英俊の青。
五年前、大島が選手として敗れた学校との試合が始まった。
先鋒 山口郁人 ―― 田代
「始め!」
山口が出た。
速い。
ただし、硬い。
自分でも分かっていなかった。
全国大会。
日本武道館。
五十校。
さっきまで笑っていたのに、いざコートへ入ると肩から力が抜けない。
田代が入る。
山口も入った。
近い。
拳が当たった。
強すぎた。
田代の顔が跳ねる。
そのまま倒れた。
「止め!」
会場の音が一瞬遠くなる。
山口が固まった。
「……やべ」
審判が集まる。
山口に注意。
田代の鼻から血が出ていた。
ドクターが呼ばれる。
霞北側で大島が腕を組んでいた。
怒鳴らない。
何も言わない。
田代の止血が続く。
山口は一人で待った。
息を吐く。
もう一度。
吐く。
そこで、ようやく周りが見えてきた。
田代が戻る。
再開。
さっきまでとは違った。
山口が見る。
田代も見る。
一つ取られる。
それでも山口も取り返した。
1対2。
残り数秒。
行くしかない。
山口が踏んだ。
その瞬間。
田代が先にいた。
山口が出ようとしたところへ、まっすぐ差し込まれる。
「青!」
旗が上がった。
1対3。
そのまま終了。
山口が戻ってきた。
「すみません」
大島は言った。
「挨拶はしたな」
「……ちょっと強すぎました」
「全国大会で喧嘩売るなよ」
「はい」
拓真が横を通る。
山口が手を出した。
「佐藤」
拓真も拳を合わせる。
「思ったより普通だぞ」
「鼻血出させたやつが言うな」
「そこは真似すんな」
拓真は笑った。
その笑いで。
少しだけ肩が軽くなった。
次鋒 佐藤拓真 ―― 岩間
コートへ入る。
さっきまでと違う。
見える。
山口が先に全部やってくれた。
走った。
ぶつかった。
注意された。
負けた。
だから、もう全国大会というものを必要以上に怖がる必要がなかった。
岩間が構える。
拓真も構えた。
開始。
探る。
岩間は派手なことをしない。
無駄に蹴らない。
構えも崩れない。
拓真が一度入る。
反応された。
もう一度。
今度はワンツー。
そこから左。
逆突き。
「赤!」
入った。
1対0。
「よし!」
霞北側から声が飛ぶ。
全国大会で取った。
自分の左で。
けれど。
次。
あっさり返された。
1対1。
拓真の顔が変わる。
もう一度。
入る。
今度は先に差された。
1対2。
「……!」
もう一度。
また。
入り際。
1対3。
拓真はそこで気づいた。
読まれている。
左が来ることではない。
その前。
自分が技に入ろうとする瞬間そのものを見られている。
なら。
蹴る。
残り時間。
拓真が動く。
岩間も来る。
その攻防の中で、岩間の上段回し蹴りが飛んだ。
頭部へ入る。
旗が動きかける。
だが。
「時間!」
先に時計が切れていた。
得点なし。
1対3。
敗戦。
拓真が礼をする。
悔しい。
けれど。
何もできなかったわけじゃない。
左で一つ取った。
そして、そのあと全部読まれた。
戻ってきた拓真に、栞が声をかける。
「最初の一本、よかったよ」
「そのあと全部やられた」
「うん」
「そこは否定しろよ」
「だって本当だもん」
栞は少し笑った。
「でも、見えたでしょ?」
拓真も笑った。
「見えた」
二敗。
霞北、後がない。
ここからだった。
中堅 神戸寛 ―― 蓮見
神戸が立つ。
長い。
前橋英俊の蓮見も中量級として十分な体格がある。
それでも神戸と向かい合うと小さく見えた。
開始。
前拳。
「赤!」
いきなりだった。
1対0。
そこから神戸は来ない。
前の手を動かす。
足を見せる。
少し入る。
出ない。
蓮見が止まる。
神戸も待つ。
「……いやらしいな」
山口が言った。
拓真も思った。
さっきまで自分たちがやられていたことを、今度は神戸がやっている。
蓮見が入った。
神戸の逆突き。
「赤!」
2対0。
蓮見が焦り始める。
前橋英俊は崩れない。
それでも、二点を追えば出なければならない。
神戸が長い足を使う。
入らせない。
ワンツー。
蓮見を押し返す。
間が開いた。
そこへ。
上段回し蹴り。
長い脚がガードの外を回り、そのまま頭部へ抜けた。
「赤!」
一本。
5対0。
霞北側が沸いた。
前橋英俊側の空気が変わる。
蓮見は慎重になった。
慎重になりすぎた。
主審から消極性を注意される。
再開。
最後にもう一度攻防が起きた。
互いに入る。
旗は動かない。
時間。
5対0。
神戸が戻ってくる。
山口が目を丸くした。
「強っ」
神戸は普通に座った。
「相性がよかった」
「五対ゼロでそれ言います?」
「そういうときもある」
二敗一勝。
まだ霞北が負けている。
副将 熊谷桜太郎 ―― 太田
熊谷が立った。
「でけえ……」
前橋英俊側からも、そんな声が聞こえた。
ほぼ二メートル。
太田も全国大会に来る中量級。
小さくはない。
でも熊谷の前では話が違った。
「始め!」
熊谷が出る。
突く。
太田が下がる。
また突く。
下がる。
「押し相撲じゃん」
山口が言う。
「空手だよ」
かなが返す。
「押し空手」
「何それ」
熊谷がさらに行く。
前拳。
「赤!」
1対0。
また。
突き。
突き。
太田が距離を作ろうとする。
作れない。
熊谷が全部埋める。
逆突き。
「赤!」
2対0。
太田が変えた。
このまま一点ずつ取っていては追いつけない。
蹴り。
熊谷は見ていた。
入ってきた身体を、大きな身体で受ける。
そして。
すくい上げる。
太田の身体が浮いた。
崩れる。
熊谷が上を取る。
拳が頭部へ伸びる。
寸前。
止まる。
「赤!」
一本。
三点。
5対0。
山口が叫んだ。
「押し空手つええ!」
「だから何なんだよ、それ」
拓真が笑った。
そのまま時間。
5対0。
二勝二敗。
大将戦。
大将 小松崎堅介 ―― 岸本
小松崎が出る。
前橋英俊の岸本。
ここだけ重量級。
大きい。
厚い。
けれど、小松崎は何も変えなかった。
開始。
来ない。
岸本も来ない。
互いに前の手を動かす。
一度。
二度。
技にならない。
小松崎が入る。
岸本が捌く。
岸本が来る。
小松崎が外す。
派手さはない。
ただ、一つのミスがそのまま団体戦の敗北になる。
岸本がわずかに崩れた。
小松崎が入った。
逆突き。
「赤!」
1対0。
霞北が初めて団体戦で前へ出た。
そこから長い。
互いに牽制。
入っても技不十分。
また離れる。
残り時間が減る。
岸本が焦る。
一点では負ける。
最後。
逆転を狙って蹴りに来た。
小松崎は下がらなかった。
逆に前へ出た。
身体を密着させる。
蹴りを潰す。
その近距離で、小さく一発。
突き。
旗は上がらない。
技不十分。
それでも岸本の身体が崩れた。
小松崎の足が動く。
払った。
岸本が落ちる。
頭部へ。
拳。
寸止め。
旗が上がった。
「赤!」
一本。
三点。
4対0。
霞北側が爆発した。
「っしゃあ!」
山口が飛び上がる。
熊谷が吠える。
神戸も珍しく拳を握った。
拓真は気づけば前へ出ていた。
試合終了。
小松崎が礼をする。
岸本も礼を返す。
霞北。
三勝二敗。
全国大会、一回戦突破。
前橋英俊高校を下した。
五人が戻ってくる。
山口が真っ先に大島へ言った。
「先生!」
「なんだ」
「五年越し!」
「だから俺の試合じゃねえって」
そう言いながら。
大島は笑っていた。
小松崎がタオルで顔を拭く。
「先生」
「ん?」
「全国初勝利、持ってきましたよ」
大島が一瞬だけ黙った。
五年前。
自分はここで最初の一試合を越えられなかった。
でも今日は違う。
一年生が二つ負けた。
二年生が二つ取り返した。
最後は三年生が決めた。
霞北高校。
全国大会、一勝。
「……おう」
大島は五人を見る。
「よくやった」
山口がパンフレットを持ってくる。
「で、次どこですか?」
「早いんだよ」
「だってもう勝ったじゃないですか」
栞と小松崎がトーナメント表を覗く。
同じ山。
まだ試合の終わっていない学校もある。
栞が指で追う。
「たぶん、この辺じゃない?」
「俺もそう思う」
小松崎が言った。
けれど。
まだ決まってはいない。
全国には、あと四十九校――
いや。
霞北が一つ、減らした。
拓真は自分の校名が入ったタオルを首にかけた。
全国大会。
一勝。
その一勝が。
思っていたより、ずっと重かった。




