第20話 五年ぶり
第20話 五年ぶり
日本武道館は、でかかった。
拓真は入口をくぐってから、何度目か分からないくらい天井を見上げた。
全国から五十校。
茨城の大会とは、人の数も、聞こえてくる言葉も、道着の胸に入っている学校名も違う。
北海道から九州、沖縄まで。
見たことのないジャージが通る。
知らない校章が通る。
そのたびに山口が見る。
「なあ、今のどこ?」
「知らねえよ」
「背中に書いてあっただろ」
「お前が見てたんだろ」
霞北も受付を済ませた。
そこで大会記念品を渡される。
「お」
山口がさっそく広げた。
大会名。
そして学校名。
霞北高等学校。
学校ごとに名前の入った大会記念タオルだった。
「これ、いいな」
「山口、なくさないでね」
かなが言った。
「なくさないよ」
「そう言ってる人が一番なくすから」
拓真も自分のタオルを広げてみる。
全国大会。
霞北高校。
たったそれだけなのに、妙に嬉しかった。
もう一つ渡されたのが、大会パンフレットだった。
かなり厚い。
全国から集まった五十校。
学校ごとに監督と登録選手が写真つきで紹介されている。
山口がすぐにページをめくった。
「あった!」
「声でけえよ」
小松崎が言う。
茨城県代表 茨城県立霞北高等学校。
集合写真。
監督、大島貴志。
そして登録選手たち。
自分たちが全国大会のパンフレットの中にいる。
山口が笑った。
「佐藤、顔かてえ」
「お前もだろ」
「俺はいい顔してる」
「どこが」
熊谷が後ろから覗く。
「俺、でかすぎない?」
「実物がでかいんだよ」
神戸が即答した。
その下に、学校紹介。
山口が読む。
「全国大会――五年ぶり、何回目」
そして主な成績。
「全国優勝、一回」
もう一つ。
「全国準優勝、二回」
拓真も覗いた。
「やっぱすげえな」
「全国大会のパンフレットに書いてあると違うな」
部室で見たことはある。
古い新聞。
県大会五連覇。
全国制覇。
赤き野武士軍団。
風呂英祥が率いていたころの霞北だ。
「これ、風呂先生のころですよね」
大島が頷く。
「そう」
「三十年くらい前?」
「そのくらい」
山口の指が、その上へ戻る。
五年ぶり。
止まった。
大島を見る。
二十三歳。
五年前。
「……あ」
「なんだよ」
「先生じゃん」
大島が嫌そうな顔をした。
「気づいたか」
「先生、高三で全国出てるんですか?」
「出たよ」
「先生、ベストいくつ?」
「初戦で前橋英俊と当たって敗戦だよ」
「初戦?」
「悪かったな」
山口が笑った。
「いや、先生、大学で主将だったから」
「高校のときから何でも勝ってたと思うなよ」
五年前。
霞北高校三年、大島貴志。
全国大会出場。
初戦敗退。
三十年前の全国優勝とは違う。
新聞の号外になるような話でもない。
それでも、そのとき霞北の道着を着てここへ来た高校生が、五年後には教師になって母校を連れて戻ってきた。
「で、前橋英俊って今年もいるんですか?」
山口がパンフレットをめくる。
「あった」
群馬県代表。
前橋英俊高校。
空手だけではない。
野球、陸上、柔道。
いくつもの競技で全国から選手を集めるスポーツ強化校だった。
山口が選手紹介を見る。
「東京」
次。
「東京」
次。
「東京」
もう一人。
「神奈川」
最後。
「東京」
少し黙った。
もう一度、最初から見る。
「……群馬は?」
拓真が吹き出した。
「いねえじゃん」
「群馬代表だよな?」
「学校が群馬にあるんだから群馬代表だろ」
大島が言った。
「全国じゃ珍しくないよ。強くなる環境を選んで来てるんだ。それも高校スポーツだ」
「いや、それは分かりますけど」
山口はもう一度ページを見る。
「東京東京東京神奈川東京って」
「そこだけ読むな」
かなが笑った。
山口がトーナメント表を開く。
そして固まった。
「先生」
「今度はなんだよ」
「初戦」
大島はもう知っていたらしい。
「ああ」
霞北高校 対 前橋英俊高校。
「先生」
山口が笑う。
「五年越しじゃないですか」
「違う」
即答だった。
「五年前に俺と戦った選手なんて一人もいないだろ」
「学校は同じじゃないですか」
「向こうからしたら知らねえよ、そんな話」
大島はパンフレットを閉じた。
「それにな」
五人を見る。
「俺の試合じゃない」
山口の笑いが少し消える。
「お前らの試合だ」
小松崎が帯を締め直した。
山口が聞く。
「じゃあ先生の仇討ちは?」
「いらん」
「霞北の五年ぶりの全国一勝は?」
大島が少し笑った。
「それは取ってこい」
「はい」
その横では、栞がトーナメント表を見ていた。
初戦は前橋英俊。
そこだけは決まっている。
その先は、まだ何も決まっていない。
同じ山にいる学校を指で追っていく。
小松崎が横から覗いた。
「どこ見てる?」
「この辺」
栞が指を置いた。
「横須賀学院」
「神奈川か」
山口がすぐパンフレットを探した。
「あ、ここ知ってる」
「何を?」
「ここ、すげぇ金持ちとか芸能人が通う学校じゃん」
「空手の話しろよ」
小松崎が呆れる。
「でも選手、全員神奈川だ」
「前橋英俊のあとだからって出身地から見るな」
さらに栞の指が先へ進む。
「で……たぶん、この辺じゃない?」
小松崎も見る。
「俺もそう思う」
沖縄県代表。
首里大付属。
山口がまたパンフレットを探す。
国吉。
喜屋武。
比嘉。
並んだ名字を見て、
「……すげえ沖縄だ」
「だから沖縄代表だって」
拓真が言う。
「いや、なんかさ」
栞は選手の写真より学校名を見ていた。
「ここ、形がものすごく強い」
「形?」
「全国でも一番って言われるくらい。でも組手も強いよ」
小松崎が頷く。
「最近は近畿とか関東の方が目立つけどな。沖縄だぞ」
「空手の本場だもんな」
拓真が言った。
ただし。
全部、予想だった。
横須賀学院が勝つとは限らない。
首里大付属だって同じ。
そして霞北も。
山口がトーナメント表を閉じた。
「まあ、そこまで行かないと関係ないか」
「そういうこと」
小松崎が立ち上がる。
見るべき名前は、一つだけだった。
前橋英俊。
五年前。
大島貴志が霞北の高校生として、この全国大会で最初に戦い、そして負けた学校。
大島が立ち上がった。
「整列するぞ」
「はい!」
霞北の赤が動き出す。
全国から五十校。
この先に誰がいるのかは、まだ分からない。
まず一つ。
五年ぶりに戻ってきた霞北の全国大会。
その初戦が始まる。




