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一撃の夏  作者: 西野照星
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第19話 全国大会

第19話 全国大会


翌朝。


校門の横に、何か増えていた。


拓真は自転車を降りて、それを見た。


白い立て看板。


赤い文字。


祝 全国高等学校空手道大会出場


霞北高等学校空手道部


「……早くない?」


昨日の放課後に決まった。


まだ一晩しか経っていない。


その横で山口が立っていた。


「佐藤」


「何してんの?」


「見てた」


「何を」


「これ」


山口が看板を指さす。


「俺たちのことだぞ」


「分かってるよ」


「すごくない?」


「昨日からそれしか言ってないな」


二人で見上げる。


登校してくる生徒も、ちらちら見ていく。


「空手部、全国だって」


「へえ」


「昔強かったんでしょ?」


「最近も強いんじゃない?」


そんな声が聞こえる。


山口が少し得意そうな顔をした。


「聞いた?」


「聞いた」


「最近も強いって」


「お前が言われたわけじゃないぞ」


「俺も空手部だから同じだろ」


「そういうもん?」


「そういうもん」


後ろから声がした。


「おはよう」


栞だった。


立て看板を見る。


止まる。


「すご」


山口が言う。


「だろ?」


「山口君が作ったの?」


「なんでだよ」


「自慢げだから」


「学校が俺たちのために作ってくれたんだぞ」


栞は少し笑った。


「昨日決まったばっかりなのにね」


拓真も言う。


「校長、絶対待ってたよな」


三人とも。


同じ人を思い浮かべた。


          *


「待ってない」


校長室。


五十嵐は言った。


大島が見る。


「本当ですか?」


「当然だ」


「発注いつです?」


「……」


「校長」


「全国が決まってからだ」


「何時です?」


「細かいな君は」


やっぱり待っていたらしい。


五十嵐は机の上の書類を揃えた。


「それより大島先生」


「はい」


「全国大会に伴う手続きだ」


遠征届。


宿泊。


交通。


大会登録。


引率。


保護者への書類。


会計。


学校への報告。


大島の顔から。


少しずつ笑顔が消えていく。


「こんなにあるんですか」


「全国大会だからな」


「俺、初めてなんですけど」


「知っている」


「選手では行ったことありますけど」


「教員として行くのは初めてだろう」


「はい」


五十嵐が少し笑った。


「全国大会出場、おめでとう」


「ありがとうございます」


「では仕事をしろ」


「余韻短くないですか?」


「教師だからな」


最近。


大島が生徒に使っていた言葉だった。


「それ俺のやつ……」


「君が言っていたからな」


五十嵐は書類を渡した。


「分からなければ聞け。学校としてできることはする」


「はい」


大島が立ち上がる。


扉へ向かう。


「ああ、大島先生」


「はい?」


「横断幕」


「野武士旋風ですか?」


五十嵐が少しだけ目を細めた。


「全国へ持っていけ」


大島は笑った。


「もちろんです」


          *


放課後。


道場へ行くと。


人がいた。


「おお」


「来た来た」


拓真が入口で止まる。


知らない大人が何人もいる。


いや。


何人かは知っている。


松尾繁樹。


かなの父親。


そして。


黒田。


元警察官。


霞北が全国制覇したときの主将。


さらに。


古いOBたち。


山口が小声で言う。


「多くない?」


かなが答える。


「全国決まったって聞いて来たみたい」


「情報早すぎない?」


「お父さんが連絡したんじゃない?」


「お父さん」


松尾が聞いていた。


「何だ?」


かなが目を逸らす。


「別に」


その奥。


風呂英祥もいた。


いつものように。


一番偉そうではない場所にいる。


山口が言う。


「風呂監督まで」


「来ちゃ悪いか」


「いや、来てほしかったです」


「調子いいな、お前は」


小松崎たちも揃う。


黒田が五人を見る。


「全国出場、おめでとう」


「ありがとうございます!」


頭を下げる。


松尾が笑う。


「いやあ、久しぶりだな」


熊谷が聞く。


「何がですか?」


「霞北の名前が全国大会の組み合わせに載るのが」


その言葉に。


少しだけ。


実感が出た。


全国大会の組み合わせ表。


そこに。


霞北高校。


載る。


山口が聞いた。


「黒田先輩たちのときって、全国行く前どうしてたんですか?」


「練習」


黒田が答えた。


「普通ですね」


「普通だよ」


「何か特別なこととか」


「したかな」


松尾を見る。


松尾も考える。


「風呂先生に死ぬほど走らされた」


風呂が言う。


「嘘つけ」


「走りましたよ」


「お前が勝手に走ってただけだ」


「そうでしたっけ」


「昔話はだいたい盛るから信用するな」


山口が笑う。


黒田が横断幕を見る。


霞北高校 野武士旋風。


「それ、持っていくのか」


小松崎が答える。


「はい」


「そうか」


黒田は少し笑った。


それだけだった。


全国制覇。


赤き野武士軍団。


昔の霞北。


何も押しつけない。


風呂も。


「全国だからって、急に強くはならんぞ」


と言った。


山口が聞く。


「じゃあどうすればいいです?」


「今まで通りやれ」


「それだけ?」


「あと寝ろ」


「寝る」


「飯食え」


「食います」


「体調崩すな」


「急にお母さんみたいですね」


「帰れお前」


道場に笑い声が広がった。


          *


全国大会まで。


時間は短い。


霞北は。


急に別の練習を始めなかった。


熊谷は。


大きい身体を、小さく使う。


風呂に何度も言われた。


大きいから大きく動く必要はない。


近いところ。


短いところ。


神戸は。


カルロス戦の映像を見る。


四対三。


勝った。


でも。


一点違えば負けていた。


「神様だった?」


熊谷が聞く。


神戸は映像を止める。


「半分」


「残り半分?」


「背刀」


「それ自分だろ」


「だから半分」


山口は。


新井戦。


最後の五秒。


あれを必殺技にはしなかった。


相手を見る。


誘う。


出る。


下がらない。


でも。


無闇に突っ込まない。


風呂の。


下がるな。


小松崎の。


新井を見ろ。


二つが。


少しずつ同じ意味になってきた。


そして。


拓真。


左。


左。


また左。


ただし。


全部違う。


前手から。


左。


右を見せて。


左。


前蹴りから。


左。


一度下がって。


左。


近くから。


左。


遠くから。


左。


栞が見ている。


「いまのいい」


「どれ?」


「前蹴りのあと」


「蹴り当てなくていい?」


「当てられるなら当てれば?」


「それ難しいんだよ」


「じゃあ見せればいい」


「大島先生と同じこと言うなあ」


「だってそうだから」


拓真が前蹴りを出す。


相手が下を意識する。


踏み込む。


左逆突き。


ミットが鳴る。


パンッ。


大島が見る。


「それ」


「これ?」


「それでいい」


「でも全国だと、こんなん通じます?」


大島が答える。


「知らん」


「先生」


「全国の相手だって高校生だぞ」


拓真が止まる。


「お前と同じ」


大島は言う。


「飯食って、寝て、学校行って、練習してる」


「はい」


「化け物が出てくるわけじゃない」


少し離れたところから熊谷を見る。


「いや、たまにいるけど」


熊谷が言った。


「なんで俺見るんですか」


笑い声。


緊張が。


少しだけ抜けた。


          *


そして。


組み合わせが出た。


全員が。


大島のスマートフォンを覗き込む。


「狭い狭い」


「先生、もっと上」


「山口押すな」


「熊谷先輩がいるから見えない」


「俺のせい?」


全国大会。


男子団体組手。


学校名が並ぶ。


北海道。


東北。


関東。


北信越。


東海。


近畿。


中国。


四国。


九州。


知らない学校。


聞いたことのある学校。


そして。


あった。


茨城県第二代表 霞北高等学校。


山口が指さす。


「ある」


拓真も見る。


本当にある。


霞北。


その先。


山口が組み合わせを追う。


一回戦。


相手の学校名。


知らない。


「強いんですか?」


大島が答える。


「全国に来てるんだから強いだろ」


「そういうのじゃなくて」


「俺もまだ調べてない」


かながもうノートを開いている。


栞も学校名を覚える。


そして。


熊谷が少し先を見る。


「あ」


「何?」


「ここ」


勝ち上がった先。


黒い文字。


城徳学園。


山口が笑った。


「またいる」


「そりゃいるだろ」


神戸が言う。


「県一位なんだから」


熊谷も笑っていた。


「いいじゃん」


「何が?」


「当たったら」


大きな拳を握る。


「今度は勝とうぜ」


県大会。


代表戦。


負けた。


全国。


もう一度。


その機会があるかもしれない。


小松崎は組み合わせを見た。


「城徳を見るのはまだ早い」


山口が言う。


「ですよね」


「まず一回戦」


「はい」


「一個ずつ勝つ」


拓真も。


もう一度。


霞北の名前を見る。


全国大会。


ここから。


どこまで行けるのか。


まだ。


誰にも分からない。


          *


出発の日。


朝。


霞北高校。


バスの前。


荷物が積まれる。


かなが確認する。


「防具」


「ある」


「帯」


「ある」


「ゼッケン」


「ある」


「飲み物」


「ある」


「熊谷先輩」


「いる」


山口が言った。


「荷物扱い」


「一番忘れようがないから」


栞が笑う。


大島が人数を確認する。


小松崎。


熊谷。


神戸。


山口。


拓真。


かな。


栞。


そして。


最後に。


赤い横断幕。


霞北高校 野武士旋風。


小松崎が自分で持った。


バスへ乗る。


拓真は窓側。


隣に山口。


エンジンがかかる。


校門が見える。


あの立て看板。


祝 全国高等学校空手道大会出場


山口が言った。


「佐藤」


「何」


「全国だぞ」


拓真は笑った。


「今度は本当だな」


バスが動き出す。


霞ヶ浦の水面が。


朝の光を返していた。


赤い霞北が。


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