第18話 あと二校
第18話 あと二校
兵学館戦が終わった。
三勝二敗。
霞北高校の勝利。
三つ巴戦の順位は決まった。
二位、霞北高校。
三位、兵学館高校。
四位、筑浦二高。
けれど。
「まだ全国じゃないぞ」
小松崎が言った。
喜んでいた山口が止まる。
「……分かってますよ」
「ほんとか?」
「分かってますって」
そう。
まだ全国ではない。
県大会第一代表。
城徳学園。
ここは全国大会出場決定。
だが、第二代表は違う。
霞北が今日手にしたのは、県二位という順位だった。
ここから県が第二代表として一校を推薦する。
そして。
関東各都県から推薦された第二代表を並べて比較する。
これまでの公式戦成績。
県大会での内容。
第一代表校との対戦。
他の有力校との対戦成績。
そうしたものを総合して。
関東の第二代表候補の中から。
二校。
全国大会へ進む学校が選ばれる。
山口が言った。
「なんか、すっきりしないですね」
「何が」
「勝ったら全国! じゃないのが」
熊谷が頷く。
「分かる」
「今、めちゃくちゃ喜びたいのに」
「喜べばいいじゃん」
神戸が言った。
「県二位にはなったんだから」
「でも全国落ちたら恥ずかしくないですか?」
「別に」
「神戸先輩、そういうの気にしなさすぎですよ」
神戸は荷物を持つ。
「俺らが決められるところは終わったから」
山口が見る。
「あとは?」
「空手の神様」
「またそれですか」
「今度は選考委員かもしれない」
「急に現実的になった」
拓真は少し笑った。
でも。
小松崎はまだ試合場を見ていた。
今日。
勝った。
終わらなかった。
それだけは。
確かだった。
*
帰りの車。
行きとはまるで違った。
山口がうるさい。
「県二位ですよ」
「うん」
「霞北が」
「うん」
「二位」
「何回言うんだよ」
熊谷が呆れる。
「いや、すごくないですか?」
「一位じゃないぞ」
「知ってます」
「一位は城徳」
「それも知ってます」
「じゃあ静かにしろ」
「それは無理です」
神戸が窓の外を見る。
「元気だなあ」
拓真は後ろの席で黙っていた。
山口が気づく。
「佐藤」
「何」
「負けたから落ち込んでんの?」
「……ちょっと」
兵学館。
山下。
一対三。
左で一点は取った。
でも。
そのあと。
左を潰された。
山下は自分の得意な距離へ入らせてくれなかった。
いや。
違う。
拓真が作ろうとした距離を。
身体ごと壊しに来た。
大島が前から振り返った。
「佐藤」
「はい」
「左、通じなかったと思ってる?」
「途中からは」
「最初は?」
「取れました」
「じゃあ通じてる」
拓真が顔を上げる。
「問題はそのあと」
大島が言った。
「一回見せた左を、山下はすぐ潰しに来た」
「はい」
「そこでお前も変わらないと」
左しかない。
それ自体が問題なのではない。
「一回見られたら終わる左じゃダメなんだ」
拓真は黙って聞く。
「右を見せてもいい。蹴ってもいい。前手を使ってもいい。足だけ入れてもいい」
「でも最後は?」
大島が笑う。
「左で取ればいい」
拓真も笑った。
「やっぱ左なんですね」
「お前の一番いい武器だからな」
山口が割って入る。
「先生、俺は?」
「新井戦、最初ひどかった」
「急に厳しくないですか?」
「小松崎のことしか見えてなかっただろ」
「……はい」
「途中から良くなった」
「じゃあ褒めてくださいよ」
小松崎が前から言った。
「勝っただろ。それでいいだろ」
山口が笑う。
「先輩が言うならいいです」
「俺には素直なんだな」
大島がぼやいた。
車が霞北へ向かう。
誰も。
全国へ行けるかどうかは知らない。
*
月曜日。
学校へ来ると。
拓真はすぐ聞かれた。
「佐藤、空手全国行くの?」
「まだ」
「県二位なんだろ?」
「そう」
「じゃあ全国じゃないの?」
「違う」
「なんで?」
「関東の各県の二位と比べるから」
「試合するの?」
「しない」
「じゃあどうやって?」
「今までの成績とか」
「何それ」
「俺に言うなよ」
朝から三回。
同じ説明をした。
昼。
山口が教室へやってきた。
「佐藤」
「何」
「今日何人に全国行くのって聞かれた?」
「三人」
「俺、八人」
「数えてんの?」
「途中から」
山口が拓真の前の席へ座る。
「もう面倒だから『たぶん』って言ってる」
「嘘つくな」
「だって説明長いんだもん」
「全国落ちたらどうすんだよ」
「そのとき謝る」
「誰に」
「みんなに」
「余計面倒だろ」
二人で笑った。
*
放課後。
道場。
いつもの練習。
全国へ行けるかどうか。
待つしかない。
だから。
練習するしかない。
拓真は左を打つ。
一度。
二度。
三度。
栞が見ている。
「佐藤」
「ん?」
「全部同じ」
「マジ?」
「うん」
「どうすればいい?」
「左を変えるんじゃなくて、その前を変えれば?」
「前?」
「左を打つ前」
栞が前に立つ。
「いま、佐藤って左を打ちたいとき、左を打ちたい顔してる」
「そんな顔ある?」
「ある」
「どんな?」
栞が拓真の真似をした。
じっと相手を見る。
構える。
「こんな」
「俺そんな怖い?」
「ちょっと」
「嘘だろ」
かなが記録を書きながら言う。
「佐藤君、試合のとき怖いよ」
「二対一?」
「今二対一」
拓真が構え直す。
前手。
やめる。
右を見せる。
足だけ入る。
相手が反応。
そこから。
左。
栞が頷いた。
「今の」
「これ?」
「うん」
もう一度。
右。
左。
今度は。
前蹴りを見せて。
左。
「そう」
栞が言う。
「左を隠すんじゃなくて、左までの道を増やす」
拓真が少し考える。
「結局、左を当てるため?」
「うん」
「大島先生と同じこと言ってる」
「嫌?」
「いや」
拓真は構える。
「分かりやすい」
少し離れたところ。
山口は新井戦の最後を繰り返していた。
誘う。
相手が来る。
合わせる。
また。
誘う。
合わせる。
小松崎が見ていた。
「山口」
「はい」
「それ味しめるなよ」
「なんでですか。取れたじゃないですか」
「残り五秒だったから新井も来たんだ」
「あ」
「最初からそれやっても来ねえぞ」
山口が止まる。
「じゃあどうすれば?」
「自分で考えろ」
「教えてくださいよ」
「兵学館じゃないんだから」
「関係あります?」
道場に笑い声が出る。
熊谷は神田戦を思い出す。
一点取られて。
追って。
守り切られた。
神戸はカルロス戦。
四対三。
紙一重。
小松崎は。
服部戦。
三対二。
勝った。
でも。
まだ終わっていない。
全員。
次があるつもりで練習していた。
まだ。
次があるとは決まっていないのに。
*
数日後。
放課後。
山口が道場へ来る。
「こんにちはー」
いつも通り。
熊谷がいる。
神戸がいる。
拓真もいる。
小松崎は道場の隅でストレッチをしていた。
かなが荷物を整理している。
栞は大島が来るのを待ちながら、練習メニューを見ていた。
そのとき。
廊下から足音がした。
速い。
山口が入口を見る。
大島が来た。
珍しく。
走っていた。
道場の入口で止まる。
「先生?」
大島は息を整える。
全員を見る。
「ちょっと集まって」
誰もふざけなかった。
全員。
分かった。
小松崎も立つ。
大島が一枚の紙を持っていた。
「県から連絡が来た」
山口が聞く。
「推薦ですか?」
「それはもう通ってる」
県二位。
霞北高校。
県の第二代表として推薦。
その先。
関東の各都県から出された第二代表。
その比較。
大島が紙を見る。
一度。
笑った。
「全国大会第二代表」
山口が動かない。
「関東から二校」
熊谷も。
神戸も。
拓真も。
待つ。
大島が言った。
「霞北高校」
一瞬。
誰も声を出さなかった。
「選出」
山口の両腕が上がった。
「うおおおおおおおおっ!」
道場に響いた。
「うるさっ」
かなが笑う。
熊谷が拳を握る。
神戸も珍しく笑った。
拓真は。
少し遅れて。
意味が身体に入ってきた。
全国大会。
本当に。
行く。
高校に入って。
まだ数か月。
春には。
空手部へ入るかどうかすら迷っていた。
それが。
全国。
山口は小松崎へ走った。
「先輩!」
「近い近い」
「全国ですよ!」
「聞こえた」
「全国!」
「うるさい」
「今日で最後じゃなかった!」
小松崎の顔が止まる。
兵学館へ向かった朝。
山口が言った。
今日で最後になるかもしれない。
小松崎は答えた。
だから勝つんだろ。
山口が笑っている。
小松崎も。
ようやく。
笑った。
「だから言っただろ」
「何を?」
「勝つんだろって」
「はい!」
大島が道場の壁際を見る。
畳んで置いてある。
赤い横断幕。
県大会で使ったもの。
霞北高校 野武士旋風。
「小松崎」
「はい」
「もう飾っていいんじゃないか」
小松崎も見る。
少しだけ考える。
「いいんじゃないですか」
山口がすぐ動く。
「飾りましょう!」
「お前が決めるな」
「先輩いまいいって言ったじゃないですか!」
熊谷も立つ。
神戸も。
拓真も手伝う。
壁へ上げる。
「熊谷先輩、そっちもうちょい上!」
かなが言う。
「俺?」
「一番届くじゃないですか」
「最初から俺一人でよくない?」
「それはなんか違います」
「何が?」
栞が少し離れて見る。
「右が下がってる」
熊谷が上げる。
「そこ」
「今度左」
「注文多いな」
「全国行くんだからちゃんとしてください」
「関係ある?」
ようやく。
まっすぐになる。
全員。
少し離れた。
赤い文字。
霞北高校 野武士旋風。
かつて。
霞北が全国を制した時代。
新聞がそう書いた。
今の自分たちは。
あの人たちではない。
全国制覇なんて。
まだ似合わない。
だから。
一つだけ借りた。
野武士旋風。
山口が横断幕を見上げる。
「全国かあ」
小松崎が言った。
「まだ一勝もしてないぞ」
「先輩」
「何」
「今日くらい喜びましょうよ」
「喜んでる」
「見えません」
「そういう顔なんだよ」
大島が笑った。
拓真も。
栞も。
かなも。
熊谷も。
神戸も。
笑った。
霞北高校。
全国大会出場決定。
関東の第二代表。
二校。
その一つに。
霞北の赤が入った。
夏は。
まだ終わらない。




