第17話 白の中の野武士
第17話 白の中の野武士
筑浦二高戦が終わった。
霞北は四勝一敗で勝利。
先に筑浦二高を破っている兵学館も一勝。
これで筑浦二高は二敗。
残ったのは、霞北と兵学館だった。
勝った方が二位。
負けた方が三位。
そして県から全国大会第二代表候補として推薦されるためにも、ここは落とせない。
山口が兵学館の選手たちを見た。
さっきまで筑浦二高と戦っていた五人が、道場の反対側で休んでいる。
「先生」
「ん?」
「兵学館のオーダーって、予測できますか?」
大島は少し考えた。
「分からない」
「そんな即答します?」
「だって分からないんだもん」
「先生、監督ですよね」
「監督だって分からないものは分からん」
大島はかなを呼んだ。
「かな。ノート貸して」
「はい」
かなが記録ノートを持ってくる。
大島は兵学館のページを開いた。
県大会での対戦記録。
オーダー。
得点。
選手交代。
かなが几帳面に書き残していた。
山口と拓真も覗き込む。
「ほら」
大島がページをめくる。
「これが一回戦」
次。
「これが二回戦」
さらに。
「で、最終リーグ」
山口が眉を寄せた。
「……バラバラじゃないですか」
「そうなんだよ」
服部。
内藤。
山下。
カルロス山崎。
新井鋼太郎。
そして神田誠一。
順番が変わる。
出る五人まで変わる。
先鋒だった選手が別の試合では後ろにいる。
大将だった選手が中堅にいる。
「相手に合わせてるんですか?」
拓真が聞く。
「そう見える試合もある。でも、全部説明しようとすると合わない」
大島はノートを閉じかけて、また開いた。
「そもそも兵学館はレギュラー五人が完全に固定されてない。六人で回してる」
熊谷が言った。
「神田も出ますね」
「うん」
山口は向こうを見る。
「柳瀬先生なら、どうします?」
大島も柳瀬を見る。
兵学館の選手たちが集まっている。
柳瀬が話す。
服部が答える。
今度は新井が何か言う。
柳瀬が聞いている。
一方的に監督が決めているようには見えなかった。
「柳瀬先生の性格を考えると……」
大島が言う。
「もしかしたら、オーダーも生徒に決めさせてるんじゃないかな」
「え」
山口が振り返る。
「自分たちで?」
「ありえる」
兵学館は普段の練習からそうだった。
決められた全体練習は短い。
それ以外は自分たちで考える。
自分に何が必要なのか。
何を練習するのか。
どう戦うのか。
それを選手自身に考えさせる。
なら。
団体戦の順番まで自分たちで相談していても、おかしくはない。
「それじゃ余計読めないじゃないですか」
山口が言った。
「だから最初から分からないって言ってるだろ」
「どうします?」
「山口」
小松崎が言った。
山口が振り向く。
「腹くくれ」
「……はい」
「読めないものをいつまでも読もうとしてもしょうがない」
小松崎は帯を締め直した。
「俺らは前と同じでいこう」
大島も頷いた。
先鋒。
神戸寛。
次鋒。
佐藤拓真。
中堅。
山口郁人。
副将。
熊谷桜太郎。
大将。
小松崎堅介。
「誰が来てもやる」
小松崎が言う。
「それだけ」
山口は一度、大きく息を吐いた。
「分かりました」
霞北はオーダーを提出した。
しばらくして。
兵学館のオーダーが掲示される。
先鋒。
カルロス山崎。
次鋒。
山下。
中堅。
新井鋼太郎。
副将。
神田誠一。
大将。
服部。
山口が言った。
「なんだこれ」
前回とは全然違う。
しかも。
内藤が外れた。
代わって神田が入っている。
大島が苦笑した。
「な。読めないだろ」
熊谷は神田の名前を見ていた。
「俺のところ、神田か」
兵学館の六人目。
熊谷ほどの長身ではない。
だが、見るからに厚い。
重量級。
「読まれたかな」
熊谷が言った。
大島は首を傾げる。
「さあ。それすら分からん」
小松崎が立つ。
「もういいだろ」
全員が見る。
「行こう」
呼び出し。
霞北の五人と大島が、試合場脇の待機位置へ入る。
兵学館の五人も来る。
白。
その中へ。
霞北の赤が入った。
最後の一戦が始まる。
*
先鋒。
神戸寛。
カルロス山崎。
二人が向かい合う。
どちらも手足が長い。
だが、動きはまるで違う。
カルロスは弾む。
長い脚に、強いバネ。
遠くから一気に距離を潰す。
本来は攻める選手。
しかも。
攻めながら考える。
一つ通じなければ、次を変える。
「始め!」
カルロスが来た。
速い。
突き。
「やめ!」
青。
有効。
一点。
〇対一。
再開。
またカルロス。
今度は同じではない。
前手を見せる。
神戸が反応。
そこから逆。
青。
有効。
〇対二。
拓真が呟いた。
「やっぱ変えてくる」
神戸は表情を変えない。
見る。
カルロスの足。
肩。
入る前の弾み。
次。
カルロスが来る。
神戸の前足が上がった。
中段。
「やめ!」
赤。
技あり。
二点。
二対二。
一発で追いつく。
カルロスが少し笑った。
次。
カルロスがまた攻める。
神戸が受ける。
返す。
カルロスも返す。
青。
有効。
二対三。
終盤。
神戸が追う。
カルロスが外す。
またカルロスが来る。
神戸が受ける。
そのまま腕を流した。
身体を引き込む。
カルロスの上体が前へ出る。
そこへ。
神戸の背刀。
「やめ!」
赤。
有効。
一点。
三対三。
残り僅か。
カルロスが攻める。
神戸が受ける。
もう一度。
カルロスが飛び込んだ。
神戸がわずかに身体をずらす。
受ける。
引き込む。
右腕。
渾身の背刀打ち。
「やめ!」
赤。
有効。
一点。
四対三。
その直後。
終了。
神戸寛、四対三。
霞北。
先勝。
神戸が戻ってくる。
熊谷が拳を出した。
神戸も合わせる。
「疲れた」
山口が言った。
「勝った人の第一声がそれですか」
「カルロス、ずっと来るんだもん」
一勝。
*
次鋒。
佐藤拓真。
山下。
拓真は試合場へ入る前に、一度だけ山下を見た。
目がいい。
身体が頑丈。
相打ちも接近も嫌がらない。
小松崎が言っていた。
やると疲れる。
「始め!」
拓真が距離を取る。
左。
まだ遠い。
山下が来た。
速いというより。
迷いがない。
一気に詰める。
拓真が下がる。
また来る。
「やめ!」
青。
有効。
〇対一。
近い。
拓真が離れる。
自分の距離を作る。
山下がまた来る。
左を出したい。
だが。
左が伸びる前に山下がいる。
近い。
また近い。
身体がぶつかる。
拓真が離れる。
山下が追う。
距離が分からなくなる。
次。
山下が深く入った。
拓真の身体を崩す。
投げ。
「うわっ」
拓真の身体が傾く。
山下がそのまま決めに来た。
投げられて。
そこから突きか蹴りまで決められれば一本。
三点。
だが。
間一髪。
拓真の足が二人の間に入った。
完全には倒されない。
決めも入らない。
「やめ!」
得点なし。
山口が声を漏らした。
「危なっ……!」
拓真は息を吐く。
離れたい。
もっと遠く。
自分の距離。
再開。
山下が来る。
その前に。
拓真が踏み込んだ。
遠間。
左逆突き。
「やめ!」
赤。
有効。
一点。
一対一。
取れた。
拓真が戻る。
やっぱり。
左。
もう一度。
同じ距離。
左。
だが。
今度は山下も出た。
相打ち。
得点なし。
もう一度。
拓真が出る。
山下も出る。
また潰される。
山下は怖がらない。
拓真の左が伸びるところへ、自分から身体を入れてくる。
左が死ぬ。
拓真が焦る。
残り三十秒。
山下が詰めた。
突き。
青。
有効。
一対二。
追わないと。
拓真が出る。
左。
潰される。
もう一度。
今度は完全に待たれた。
山下。
青。
有効。
一対三。
終了。
佐藤拓真、一対三。
負け。
一勝一敗。
拓真が戻る。
悔しそうに口を結んでいる。
大島が言った。
「佐藤」
「はい」
「見とけ」
拓真は頷いた。
*
中堅。
山口郁人。
新井鋼太郎。
去年の全中二位。
山口が立つ。
一度だけ。
高く跳ぶ。
膝を胸へ引き寄せる。
着地。
構える。
「始め!」
山口が出た。
最初から前へ。
新井が切る。
山口がまた入る。
新井が蹴る。
山口は間合いを外す。
返す。
浅い。
旗は上がらない。
もう一度。
山口が行く。
新井が技を切る。
また。
蹴り。
山口が外す。
返す。
届かない。
小松崎を。
今日で終わらせたくない。
最後の部活にさせたくない。
それが。
山口を前へ押す。
行く。
また行く。
新井は崩れない。
蹴りで距離を作る。
山口が潜る。
突く。
不十分。
得点なし。
また前へ。
「山口!」
小松崎の声が飛んだ。
山口が一瞬だけ見る。
「俺のことはいいから!」
小松崎が一喝した。
「新井を見ろ!」
山口が止まった。
小松崎を見る。
すぐに。
新井へ戻す。
そうだった。
先輩を終わらせたくない。
勝ちたい。
でも。
今、目の前にいるのは。
新井鋼太郎。
山口が構え直す。
新井を見る。
そこから。
少し変わった。
前へ出る。
でも追いすぎない。
新井の蹴りを見る。
外す。
新井も見る。
山口も見る。
〇対〇。
時間だけが減る。
残り十秒。
山口が少し前へ出る。
新井は来ない。
残り五秒。
山口が。
ほんの少し。
間を空けた。
誘う。
新井が来た。
その瞬間。
山口が合わせる。
中段突き。
「やめ!」
赤。
有効。
一点。
一対〇。
山口が戻る。
再開。
新井が飛び込む。
時間。
終了。
山口郁人、一対〇。
山口が勝った。
霞北。
二勝一敗。
戻ってきた山口を、小松崎が見る。
「だから俺を見るなって」
山口が息を切らしながら答える。
「もう見てないっす」
小松崎が拳を出した。
「ナイス」
山口が合わせる。
「はい!」
その一勝で。
霞北側の空気が変わった。
*
副将。
熊谷桜太郎。
対する。
神田誠一。
兵学館の六人目。
熊谷ほど背は高くない。
それでも十分に大きい。
そして。
厚い。
明らかな重量級。
山口が言った。
「これ、熊谷先輩のところ読まれたんじゃないですか?」
大島も神田を見る。
「かもしれない」
「やっぱり」
「偶然かもしれない」
「どっちです?」
「分からん」
熊谷が笑った。
「もういいよ、それは」
試合場へ入る。
山口の一勝。
その空気をもらう。
「始め!」
熊谷が出た。
重量級同士。
それでも待たない。
長い身体を使って攻める。
神田が受ける。
固い。
もう一度。
熊谷。
神田が止める。
押す。
崩れない。
熊谷がさらに前へ。
神田が返した。
「やめ!」
青。
有効。
〇対一。
神田が先制。
熊谷が追う。
神田は無理をしない。
守る。
止める。
組む。
離れる。
時間を使う。
熊谷が投げを狙う。
神田が残る。
もう一度。
熊谷が押す。
神田が切る。
時間だけが減っていく。
残り十秒。
熊谷が前へ出る。
神田は付き合わない。
最後。
熊谷が長い逆突きを伸ばす。
届かない。
終了。
熊谷桜太郎、〇対一。
この一点。
最後まで返せなかった。
熊谷が負けた。
二勝二敗。
すべては。
大将戦へ。
*
小松崎堅介。
対する。
服部。
二人が試合場へ入る。
山口が服部を見る。
さっき小松崎から聞いた。
兵学館で一番器用。
勝てると思えば勝ちに来る。
難しいと思えば。
引き分けでも構わない試合をする。
団体戦。
二勝二敗。
ここで引き分ければ。
代表者決定戦。
そして兵学館には。
カルロス山崎がいる。
山口が小さく言った。
「これ……」
大島も分かっていた。
「代表者決定戦狙いかもな」
服部が構える。
小松崎も構える。
「始め!」
小松崎が前へ出る。
服部が下がる。
小松崎が誘う。
来ない。
また。
服部が距離を切る。
時間が減る。
小松崎が入る。
服部は付き合わない。
審判が止めた。
服部へ注意。
積極性がない。
山口が呟く。
「やっぱりだ」
再開。
小松崎が構える。
服部も。
小松崎が一度。
前拳を出した。
服部が反応する。
その直後。
小松崎が。
ぴたりと止まった。
一拍。
空いた。
服部も止まる。
次の瞬間。
小松崎の後ろ足。
左。
鋭く跳ね上がった。
上段回し蹴り。
服部の頭部。
「やめ!」
旗。
赤。
一本。
三点。
三対〇。
霞北側が一気に沸いた。
「先輩!」
山口が叫ぶ。
小松崎は何も変えない。
構える。
今度は。
服部が来なければならない。
引き分け狙いは、もうできない。
服部が出る。
小松崎は付き合わない。
さっきまでと逆。
服部が追う。
小松崎が見る。
服部の突き。
青。
有効。
三対一。
再開。
服部がまた来る。
小松崎も返す。
取れない。
さらに服部。
青。
有効。
三対二。
あと一点。
一点取れば同点。
代表者決定戦へ持ち込める。
兵学館側の声が大きくなる。
残り時間。
服部が来る。
小松崎は逃げ回らない。
でも。
無理には付き合わない。
来たら受ける。
外す。
必要なら前へ出る。
残り五秒。
服部が勝負に出た。
突き。
小松崎が外す。
服部が追う。
時間。
終了。
小松崎堅介、三対二。
一瞬。
静かだった。
そして。
山口が両拳を握った。
「っしゃあああ!」
神戸、勝利。
佐藤、敗北。
山口、勝利。
熊谷、敗北。
小松崎、勝利。
三勝二敗。
霞北高校、兵学館高校に勝利。
三つ巴順位決定戦。
霞北。
二勝〇敗。
兵学館。
一勝一敗。
筑浦二高。
〇勝二敗。
霞北高校。
県二位。
五人が並ぶ。
「礼!」
頭を下げる。
「ありがとうございました!」
顔を上げる。
白い兵学館の道場。
その中に。
赤い横断幕がある。
霞北高校 野武士旋風。
山口が小松崎を見る。
終わらなかった。
今日が。
小松崎の最後の部活にはならなかった。
小松崎も横断幕を見る。
それから。
いつもの顔で言った。
「まだ全国じゃないぞ」
山口が笑った。
「分かってます」
「推薦されて、そこからだ」
「はい」
拓真も。
熊谷も。
神戸も。
大島も。
赤い文字を見た。
県二位。
それでも全国は、まだ決まっていない。
ただ。
霞北は。
自分たちの手で。
もう一度、その先へ進む権利を残した。
白の中で。
野武士旋風は、まだ止まらなかった。




