第17話 県代表
第17話 県代表
兵学館が筑浦二高を破った。
第一試合が終わる。
白い兵学館の五人が試合場を離れ、今度は霞北の名前が呼ばれた。
第二試合。
霞北高校対筑浦第二高校。
大島がオーダー表を持って戻ってくる。
「順番、確認するぞ」
五人が集まった。
先鋒。
神戸寛。
次鋒。
佐藤拓真。
中堅。
山口郁人。
副将。
熊谷桜太郎。
大将。
小松崎堅介。
山口が表を見る。
「俺、真ん中か」
拓真はその上。
「俺、二番目」
「佐藤、俺まで回せよ」
「お前が言うな」
いつもの調子が少し戻る。
だが。
大島は笑わなかった。
「その前に、一個いいか」
五人が見る。
大島はオーダー表を置いた。
「先週の城徳戦のこと」
山口の顔が変わった。
「俺、勝つためにオーダーをいじっただろ」
熊谷が頷く。
「はい」
「山口と佐藤を渡会と田川に当てた」
山口が言う。
「嫌な大人作戦」
「そう。それ」
大島は否定しなかった。
「それから山口」
「はい」
「お前、渡会に三点取られてから、下がって、逃げて、組んで時間使ったよな」
山口の表情が少し固くなる。
「……はい」
「それも、俺の指示だ」
山口が顔を上げた。
大島は五人全員を見る。
「昨日、風呂監督に怒られた」
「先生が?」
拓真が聞いた。
「俺が」
大島は苦笑した。
「結構怒られた」
山口が少しだけ笑いそうになる。
でも大島が続けたので、止めた。
「勝つために考えるのは監督の仕事だ。でも、高校生に何をさせてでも勝てばいいって話じゃないだろって」
誰も喋らない。
「山口がああいう試合をしたのは、山口だけの責任じゃない」
大島は山口を見る。
「俺がそういう試合をさせた」
「でも先生」
山口が言う。
「俺も勝ちたかったんで」
「分かってる」
「だったら――」
「だから俺の責任なんだよ」
山口が止まる。
大島は続けた。
「お前らが勝ちたいって思うのは当たり前だ。俺は監督だから、その勝ちたいって気持ちを、どっちへ持っていくか考えなきゃいけなかった」
小松崎が黙って聞いている。
「それを俺は、勝敗だけ見てやった」
大島は頭を下げた。
「悪かった」
五人が固まった。
山口が一番困った顔をした。
「いや、先生」
大島は頭を上げる。
「指示したのは俺だ。みんなにやらせた。すまなかった」
「ちょっと待ってください」
山口が慌てる。
「俺が嫌な大人になれって言ったんですよ」
「お前は高校一年生だろ」
「はい」
「俺は教師だ」
「はい」
「じゃあ俺の責任」
「そういうもんですか」
「そういうもん」
山口は頭を掻いた。
「……なんか今日、先生っぽいですね」
「俺、先生なんだけど」
熊谷が笑った。
神戸も。
張っていたものが少し緩んだ。
大島も笑った。
それから。
道場の一角を指さした。
赤い横断幕。
霞北高校 野武士旋風。
「俺ら、あれ借りたんだろ」
五人が見る。
昔。
霞北が全国を戦っていたころ。
新聞に書かれた言葉。
赤き野武士軍団。
霞北野武士旋風。
今の自分たちには、全国制覇なんて言葉は似合わない。
だから。
一つだけ借りた。
野武士旋風。
「だったら」
大島が言う。
「今からでも遅くないから、先輩たちに恥じない空手をしよう」
小松崎が横断幕を見ている。
「俺たちは城徳みたいな王者じゃない」
黒い城徳。
圧倒的な選手層。
全国で知られた選手たち。
県王者。
霞北は違う。
人数だって多くない。
大島だって一年目。
一年生二人は、まだ高校空手を始めたばかり。
「でも」
大島が笑った。
「野武士らしくいこう」
小松崎が最初に返した。
「はい」
熊谷。
「はい」
神戸。
「はい」
山口が拳を握る。
「はい!」
最後に拓真。
「はい」
大島が手を叩いた。
「よし。行ってこい!」
五人が試合場脇へ向かう。
先鋒。
神戸寛。
筑浦二高も、さっき兵学館に負けたばかりだ。
もう一つ負ければ、二敗。
苦しいのは向こうも同じ。
「始め!」
神戸は前へ出た。
先週の城徳戦。
最後に一歩下がったところを、田川秀長に追いつかれた。
今日は下がらない。
相手が来る。
見る。
神戸も出る。
赤。
一点。
筑浦二高が返す。
一対一。
そこから神戸は急がなかった。
長い身体を使う。
遠い距離。
前足。
相手が止まる。
神戸が入る。
赤。
二対一。
終盤。
筑浦二高が追う。
神戸は逃げない。
正面にいる。
来たところへ。
赤。
三対一。
終了。
霞北。
一勝。
神戸が戻る。
山口が言った。
「先輩、野武士っぽかったです」
「何が野武士なのか分かって言ってる?」
「分かんないです」
「だと思った」
次鋒。
佐藤拓真。
拓真が立つ。
小松崎が言った。
「佐藤」
「はい」
「左」
「はい」
それだけ。
試合場へ入る。
筑浦二高の選手と向かい合う。
「始め!」
拓真が出る。
左。
相手が外す。
もう一度。
右を見せる。
左。
今度は相手が待っていた。
返される。
青。
〇対一。
拓真は戻る。
前回の筑浦二高戦では勝った。
だから今日も勝てる。
そんなことはない。
相手も一週間あった。
霞北を見ている。
拓真の左も知っている。
もう一度。
左。
止められる。
蹴りを見せる。
動かない。
右。
反応しない。
左を待たれている。
「やめ!」
青。
〇対二。
拓真が歯を食いしばる。
城徳の田川秀吉ほどではない。
何もできないわけではない。
だから余計に焦る。
取れそうなのに。
取れない。
一点。
ようやく左。
赤。
一対二。
「よし!」
山口の声。
残り時間。
拓真が追う。
相手が下がる。
また追う。
左。
届かない。
さらに追う。
相手が返す。
青。
一対三。
終了。
拓真、敗北。
戻ってくる。
「すみません」
大島が言う。
「何が」
「負けました」
「知ってる」
「……はい」
「次、勝て」
先週。
小松崎に言った言葉と同じだった。
拓真は一度だけ頷いた。
「はい」
一勝一敗。
中堅。
山口郁人。
山口が立つ。
その顔を。
大島は見た。
「山口」
「はい」
「今日は逃げるなよ」
山口が少し笑った。
「分かってます」
「でも馬鹿みたいに突っ込むなよ」
「どっちなんですか」
「考えて戦え」
「それ一番難しいやつじゃないですか」
「お前ならできる」
山口の顔から笑いが消えた。
「……はい」
試合場へ入る。
構える。
いつものように。
一度だけ高く跳ぶ。
着地。
「始め!」
山口が出た。
筑浦二高も出る。
ぶつかる。
山口が弾かれる。
それでも。
下がらない。
もう一度。
今度は正面から行かない。
半歩。
外。
城徳戦で渡会から盗んだ動き。
まだ粗い。
でも使う。
赤。
一点。
山口が戻る。
また来る。
今度は相手も警戒する。
だったら変える。
内藤がさっき見せていたように、一度リズムを切る。
小松崎が気づく。
「もう使ってるよ」
大島が苦笑した。
「だから見るだけにしろって言ったのに」
山口が取る。
返される。
また取る。
最後まで前にいる。
終了。
山口、勝利。
二勝一敗。
副将。
熊谷桜太郎。
熊谷が立つ。
大きい。
霞北で一番。
試合場へ入るだけで目立つ。
筑浦二高の選手が距離を取る。
熊谷は追わない。
先ほど見た内藤戦。
大きい選手を動かして崩す。
それを見たばかりだ。
だから。
動かされない。
来るまで待つ。
来た。
長い逆突き。
赤。
一点。
もう一度。
相手が今度は先に入る。
熊谷は小さく動く。
外す。
返す。
赤。
二点。
終盤。
筑浦二高が一点返す。
それでも熊谷は崩れない。
最後。
赤。
三対一。
熊谷、勝利。
三勝一敗。
この時点で。
霞北の団体勝利が決まった。
山口が拳を握る。
「よし!」
だが。
まだ一人いる。
大将。
小松崎堅介。
今日で最後になるかもしれない三年生が立つ。
山口が言った。
「先輩」
「何」
「決まってますけど」
「うん」
「勝ってください」
小松崎が笑った。
「当たり前だろ」
試合場へ入る。
筑浦二高の大将も構える。
団体の勝敗は決まっている。
だからといって。
どちらも流さない。
「始め!」
小松崎が取る。
赤。
一点。
相手が返す。
一対一。
また小松崎。
二対一。
筑浦二高も追う。
二対二。
山口が黙って見ている。
大島も。
熊谷も。
神戸も。
拓真も。
小松崎が出る。
赤。
三対二。
残り時間。
相手が来る。
小松崎は下がらない。
見る。
来る。
その瞬間。
逆突き。
赤。
四対二。
終了。
小松崎、勝利。
霞北。
四勝一敗。
筑浦二高。
一勝四敗。
霞北高校、勝利。
五人が並ぶ。
礼。
「ありがとうございました!」
試合場を出る。
山口が小松崎の横へ来た。
「先輩」
「ん?」
「まだ終わってないですね」
小松崎が答える。
「当たり前だろ」
一勝。
これで霞北は順位決定戦、一勝〇敗。
兵学館も一勝〇敗。
筑浦二高は〇勝二敗。
つまり。
筑浦二高の順位は決まった。
残るは二校。
霞北。
兵学館。
次の一試合。
勝った方が県二位。
そして。
県から全国第二代表として推薦されるための、最も大きな一勝になる。
山口が向こうを見る。
白い五人。
服部。
内藤。
山下。
カルロス山崎。
新井鋼太郎。
先週。
霞北が二勝三敗で負けた相手。
さっき。
小松崎が一人ずつ説明してくれた相手。
小松崎が言う。
「ほら」
山口が見る。
「最後だぞ」
山口の顔から笑いが消えた。
拓真も白い五人を見る。
今度こそ。
本当に。
負ければ、小松崎の夏が終わるかもしれない。
大島が赤い横断幕を見る。
霞北高校 野武士旋風。
もう。
悪い大人の作戦はいらない。
相手を避けない。
逃げない。
ただし、考える。
五人で戦う。
野武士らしく。
県二位を決める最後の一戦。
霞北高校対兵学館高校。
始まる。




