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一撃の夏  作者: 西野照星
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第17話 県代表

第17話 県代表


翌週。


兵学館高校へ向かう車の中は、妙に静かだった。


特に山口が静かだった。


普段なら、朝から何かしら喋っている。


眠い。


腹減った。


コンビニ寄りたい。


熊谷先輩でかい。


最後の一つは毎日見ているだろ、と突っ込まれるところまでがだいたい一組だった。


今日はない。


窓の外を見ている。


拓真も何度か横目で見た。


山口が黙っていると、逆に落ち着かない。


理由は分かっていた。


前の席に小松崎がいる。


三年生。


今日負ければ。


これが小松崎の高校最後の試合になるかもしれない。


全国へ行けなければ、夏はここで終わる。


山口もそれが分かっている。


だから今日は、少し顔が違った。


兵学館高校が見えてきた。


山口がようやく口を開く。


「小松崎先輩」


「ん?」


「今日、勝ちましょうね」


小松崎が振り返った。


山口を見る。


「お前がそんな顔するなよ」


「いや」


山口は笑わなかった。


「今日で最後になるかもしれないじゃないですか」


車内が静かになる。


小松崎はしばらく山口を見ていた。


それから前を向いた。


「だから勝つんだろ」


「……はい」


それだけだった。


兵学館高校。


前にも来た。


白を基調とした校舎。


広い敷地。


整った施設。


県武道館ほど大きくはない。


だが、三校だけで試合をするには十分だった。


常設の試合場。


観客席。


更衣室。


救護室。


審判控室。


予定外に組まれた順位決定戦を行うには、むしろ都合がいい。


県武道館は他競技や行事の予定が詰まっている。


三校のためだけに改めて会場を借りれば、使用料も設営費もかかる。


そこで兵学館高校が施設を提供した。


もっとも。


「やっぱすげえな、ここ」


山口が道場を見回す。


「お前、先週も言ってただろ」


拓真が言う。


「でも高校の道場だぞ、これ」


兵学館。


筑浦二高。


そして霞北。


三校が揃った。


審判や大会役員は県から来ている。


会場こそ兵学館だが、兵学館主催の練習試合ではない。


正式な県大会順位決定戦だった。


三校が整列する。


役員が前に立った。


「それでは、順位決定戦について確認します」


道場が静かになる。


「先週行われた県大会最終リーグでは、城徳学園が第一位となりました」


城徳。


第一代表。


そこはもう決まっている。


「霞北高校、兵学館高校、筑浦第二高校については、三校が同成績となったため、本日、三校による総当たり戦を行い、第二位以下の順位を決定します」


山口も真面目に聞いている。


「なお、全国大会への出場について、改めて確認します」


拓真が顔を上げる。


「各都県の第一代表は、全国大会への出場権を得ます」


城徳は全国へ行く。


だが。


霞北は違う。


「第二代表については、各都県から推薦校を選出します」


少し間が置かれる。


「各都県から推薦された第二代表について、関東までの戦績、対戦内容、第一代表校を含む有力校との戦績等をもとに評価を行い、全国大会の第二代表枠として、その中から二校が選出されます」


二校。


関東全体から、二校。


「したがって、本日の第二位が、そのまま全国大会出場決定となるものではありません」


山口が小さく息を吐いた。


勝てば全国。


そんな単純な話ではない。


まず県で二位になる。


県から推薦される。


そこからさらに、関東で比較される。


全国へ行けるのは、その先だ。


「本日の順位決定戦についても、県からの推薦を判断する材料となります」


つまり。


勝つしかない。


「それでは、試合順を発表します」


掲示される。


第一試合。


兵学館高校 対 筑浦第二高校。


第二試合。


霞北高校 対 筑浦第二高校。


第三試合。


霞北高校 対 兵学館高校。


山口が言った。


「最後、兵学館か」


大島が頷く。


「そうなるな」


小松崎は掲示を見ながら言った。


「先に見られるのはいいですね」


「兵学館?」


拓真が聞く。


「両方」


そう言って、小松崎は観客席へ向かった。


第一試合。


兵学館対筑浦二高。


霞北はまとまって観客席に座る。


大島もいる。


かなと栞は少し後ろ。


風呂はさらに後ろで静かに試合場を眺めていた。


兵学館の五人が出てくる。


服部。


内藤。


山下。


カルロス山崎。


新井鋼太郎。


「よく見とけよ」


小松崎が言った。


山口が前へ身を乗り出す。


「はい」


「兵学館は、一人ずつ全然違うから」


先鋒。


服部。


試合場へ入る。


山口が見る。


特別大きくはない。


小さくもない。


筋肉が目立つわけでもない。


見るからに速そうでもない。


「服部は」


小松崎が言う。


「見た目は普通」


山口が言った。


「悪口ですか?」


「最後まで聞け」


試合開始。


筑浦二高の選手が出る。


服部が外す。


追わない。


相手がもう一度来る。


また外す。


今度は返す。


得点。


「こいつが厄介なんだよ」


小松崎が言った。


「何でもやる」


「何でも?」


「勝てそうなら勝ちにいく。相性悪いと思ったら、引き分けでもいいって試合に切り替えられる」


服部は無理をしない。


相手が来なければ、自分から誘う。


来れば外す。


必要なら組む。


時間も見る。


「団体戦で五人全員が勝つ必要なんかないだろ」


小松崎が続ける。


「相手の強いやつに当たったら、そいつを引き分けで潰すだけでも仕事になる」


山口が少し嫌そうな顔をした。


「やりづら……」


「そう。器用なんだよ」


見た目には特徴がない。


だから余計に厄介。


兵学館、先勝。


次鋒。


内藤。


山口が言った。


「あ、こいつ俺と同じくらいじゃない?」


小松崎が頷く。


「ちょっと似てる」


「やっぱり?」


「体格だけな」


「そこだけ?」


内藤が構える。


右。


筑浦二高の選手と向かい合う。


動く。


突然。


構えが変わる。


左。


また右。


「スイッチするんだ」


拓真が言う。


「する」


小松崎が答える。


「右でも左でも構える」


内藤が細かく動く。


一定ではない。


跳ねる。


止まる。


半歩。


また止まる。


急に大きく入る。


相手が距離を測り直したところで、また構えが逆になる。


「あとリズムが変」


山口が言う。


「お前が言うな」


熊谷が言った。


「いや、俺より変ですよ」


確かに。


速い遅いではない。


一定の拍子がない。


一、二。


一、二。


ではない。


一。


止まる。


一、二、三。


止まる。


急に入る。


「間合い作りにくいんだよ、あいつ」


小松崎が言った。


「自分がどっち構えてるかで、こっちの前足との位置も変わるし」


山口が真剣に見始めた。


「俺、あれやってみようかな」


大島が言う。


「今は見るだけにしろ」


「はい」


内藤が一点。


筑浦二高が返す。


内藤が左構え。


また右。


相手が迷った瞬間。


もう一点。


兵学館、二連勝。


中堅。


山下。


神戸が少し前へ出た。


小松崎が言う。


「山下は目がいい」


試合開始。


筑浦二高が飛び込む。


山下も出る。


ぶつかる。


激しい音。


それでも山下は下がらない。


「あと身体が強い」


神戸が言う。


「それは分かる」


山下は接近を嫌がらない。


相手が来る。


自分も行く。


近い。


危ない。


普通なら少し嫌になる距離でも、山下は目を逸らさない。


相打ち気味になっても、前へ出る。


「一眼二足三胆四力で言ったら、一眼が強い」


小松崎。


「見えてるから、近くても怖がらない」


山下が相手の突きをぎりぎりで見る。


そのまま返す。


得点。


神戸が言った。


「やると疲れるんだよ、こいつ」


山口が聞く。


「なんで?」


「ずっと集中しないといけないから」


小松崎も頷いた。


「こっちが一回雑になったところを取られる。しかも身体強いから、多少ぶつかっても全然嫌がらない」


一試合ずっと。


目を切れない。


気を抜けない。


身体を当てても下がらない。


確かに。


疲れる相手だった。


兵学館が三つ取る。


団体戦の勝利は決まった。


それでも副将戦。


カルロス山崎。


拓真が見る。


名前の通り。


日本人離れした顔立ち。


背丈だけなら、全国の大型選手と比べて突出しているわけではない。


だが。


手足が長い。


そして。


「バネがある」


小松崎が言った。


開始。


カルロスが跳ねる。


一歩が大きい。


遠いと思ったところから届く。


筑浦二高の選手が下がる。


さらに届く。


得点。


「田川秀長みたいな何でもできる選手じゃない」


小松崎が説明する。


「本来は攻める選手」


拓真が聞く。


「攻め?」


「自分から仕掛ける方が強い」


カルロスが前へ出る。


突き。


外される。


次。


同じところから入る。


今度は途中で変える。


蹴り。


相手が対応する。


また変える。


「ただ、考えながら攻め手を変えてくる」


前回。


拓真もそれをやられた。


最初に左を取った。


カルロスは次から距離を変えた。


拓真が追えば。


今度は入る瞬間を変えた。


さらに。


左を待った。


「攻めながら考えてる」


小松崎が言う。


「一回失敗しても、同じ攻めをそのまま繰り返さない」


カルロスがまた入る。


今度は前手。


次は逆。


さらに蹴り。


攻める。


変える。


また攻める。


拓真は黙って見ていた。


前回の自分との試合が、そのまま頭に戻ってくる。


カルロスが勝った。


そして。


大将。


新井鋼太郎。


新井が立ち上がる。


山口が言った。


「この人は?」


小松崎が答える。


「去年の全中二位」


「え」


拓真も見る。


「二位?」


「そう」


「誰に負けたんですか」


小松崎が城徳の方向でも見るように顎を動かした。


「加藤正輝」


「ああ!」


山口が声を上げた。


「だから二位なんだ」


「だからって言い方も変だけどな」


新井は加藤より大きい。


一七五センチ。


中学時代なら十分に大きい方だった。


構える。


試合開始。


すぐに足が出る。


上段。


筑浦二高の選手が下がる。


次。


中段。


さらに。


突きから蹴り。


「蹴りが得意」


小松崎が言う。


「加藤みたいにスピードで全部持っていくタイプじゃない。身体も加藤より大きいし、蹴りの距離がある」


新井が回し蹴り。


相手が外す。


着地。


そのまま追う。


また蹴り。


「全中二位……」


山口が呟いた。


少しして。


ふと顔を上げた。


「ていうか」


小松崎を見る。


「先輩、なんでそんな詳しいんですか?」


拓真も思った。


確かに。


特徴だけではない。


どう戦うか。


何を嫌がるか。


そこまで知っている。


小松崎は普通に答えた。


「大島先生が来る前、俺と熊谷と神戸は、たまに兵学館の練習に混ぜてもらってたからだよ」


「え?」


山口が熊谷を見る。


熊谷が頷く。


「人数少なかったしな」


神戸も言う。


「霞北だけじゃ相手足りなかったから」


去年まで。


霞北は今よりさらに薄かった。


小松崎。


熊谷。


神戸。


十分強い。


でも。


同じ学校の中だけでは、組手の相手も種類も足りない。


だから兵学館に頼み。


時々、練習へ混ぜてもらった。


小松崎はそのころから、今いる兵学館の選手たちを知っていた。


「なるほど」


山口が納得する。


それから新井を見る。


「でも全中二位とか知らなかった」


小松崎が呆れた。


「それはお前らが知らなすぎ」


「有名なんですか?」


「有名だよ」


「そんなに?」


「大阪から兵学館に来た有名選手だぞ」


山口が拓真を見る。


拓真も首を振る。


「知らない」


「お前もかよ」


小松崎が笑った。


「お前ら、本当に高校から戻ってきたのと高校から始めたのだな」


山口が言う。


「俺は格闘技全般なら詳しいです」


「高校空手を見ろ」


新井が蹴る。


得点。


試合終了。


兵学館。


筑浦二高に勝利。


白い五人が礼をする。


小松崎はその五人を見ながら言った。


「でも」


拓真たちが見る。


「知ってるから勝てるわけじゃない」


さっきまで説明していた声とは少し違った。


「服部は器用」


「内藤はリズムが変」


「山下は目と身体が強い」


「カルロスは考えながら攻める」


「新井は全国二位で、蹴りが強い」


一人ずつ。


小松崎は言った。


「だから何だって話なんだよ」


山口が黙って聞く。


「試合になったら、その場でどうするかだから」


小松崎が立ち上がる。


「次、俺らだぞ」


第二試合。


霞北高校。


筑浦第二高校。


山口も立った。


さっきまでのシビアな顔が戻る。


今日。


負ければ。


小松崎の最後になるかもしれない。


でも小松崎本人は。


そんな顔をしていなかった。


いつも通り。


帯を締める。


道着を直す。


試合場を見る。


「行こうぜ」


三年生が先に歩く。


熊谷と神戸が続く。


山口。


拓真。


大島。


霞北の五人と監督が、試合場脇の待機位置へ向かう。


白い兵学館が見ている。


青と緑の筑浦二高が待っている。


そして。


赤い霞北が入る。


全国へ行けるかどうかは。


まだ誰にも分からない。


その前に。


まず。


県で二位になる。


霞北の順位決定戦が、始まった。

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