第14話 全身全霊
第14話 全身全霊
最終リーグまで、
四十分。
「食えるやつは食っとけ」
大島が言った。
霞北は観客席へ戻っていた。
かなが袋を開ける。
おにぎり。
バナナ。
ゼリー飲料。
山口がすぐ手を伸ばす。
「鮭」
「好きなの取って」
拓真はおにぎりを一つ取った。
春の大会では、
負けたあと何も食いたくなかった。
今日は普通に腹が減っている。
「佐藤」
「何」
「お前、初公式勝利したのに普通だな」
「どうすればいいんだよ」
「もっとこう……」
山口が両手を上げる。
「やったー!」
「やらない」
「つまんねえ」
「お前がやっとけ」
「俺はもうやった」
「じゃあいいだろ」
*
少し離れたところ。
小松崎はタオルをかぶっていた。
壁際。
目を閉じている。
熊谷と神戸も、
それぞれ静かに身体を休めていた。
一年二人とは違う。
慣れている。
拓真は、
そう思った。
県大会。
団体戦。
ベスト4。
先輩たちにとっては、
初めてではない。
*
大島がしゃがむ。
「最終リーグの順番、出た」
全員が見る。
第一試合。
霞北高校 対 筑浦二高。
第二試合。
兵学館。
第三試合。
城徳。
「うわ」
山口。
「全部やるんだ」
神戸が言う。
「リーグだからな」
「知ってますけど」
「じゃあ言うな」
熊谷が笑った。
*
拓真は第一試合を見る。
筑浦二高。
あの学校。
派手ではない。
でも、
春の練習試合では、
気づいたら自分の距離がなくなっていた。
山口が言う。
「最初が宮本文明か」
拓真。
「先生と戦うわけじゃない」
「分かってるよ」
「あと、ふみあきな」
背後から声。
「そう。ふみあきな」
二人が振り返る。
「うわ!」
宮本文明がいた。
「先生!」
「人を妖怪みたいに言うな」
青と緑のジャージ。
宮本はおにぎりを持っている。
「最終リーグ、よろしくな」
大島が言う。
「宮本先生」
「ん?」
「偵察ですか?」
「違う違う。売店帰り」
宮本は鮭おにぎりを見せた。
「お前んとこ、赤いの作ったんだな」
観客席の横断幕を見る。
霞北高校 野武士旋風
「はい」
「いいじゃん」
「筑浦二高も目立ちますよ」
「青と緑?」
「はい」
宮本が笑った。
「霞ヶ浦と筑波山だからな」
山口が聞く。
「先生」
「何?」
「負けてください」
「嫌だよ」
即答だった。
「ですよね」
「お前らが勝て」
宮本はそう言って、
青と緑の席へ戻っていった。
*
招集。
「霞北高校」
呼ばれた。
空気が変わる。
小松崎がタオルを取った。
立つ。
熊谷。
神戸。
山口。
拓真。
五人。
大島が前を見る。
「行くぞ」
「はい」
ここからは、
五人と監督。
まとまって試合場へ向かう。
*
試合場手前。
霞北の五人が並ぶ。
その横に大島。
向こう側。
筑浦二高も五人。
宮本がいる。
青と緑。
赤。
春の練習試合とは違う。
今日は、
どちらかが勝つ。
*
大島が小さな声で言った。
「ここまで来たのは予定通り」
山口が少し驚く。
「予定通りなんですか?」
「小松崎、熊谷、神戸がいるからな」
三人を見る。
「トーナメントで大こけしなきゃ、ベスト4には来られると思ってた」
熊谷が笑う。
「大こけしなくてよかった」
神戸。
「まだ終わってないぞ」
「分かってる」
大島は一年二人を見る。
「でも、ここからは違う」
拓真。
山口。
「三人だけで全部取れるほど、相手は甘くない」
山口の顔から、
少し笑いが消えた。
「一年」
「はい」
二人が返事をする。
「今日は、お前らも勝ち数に入ってるからな」
「はい」
拓真は、
短く答えた。
*
整列。
礼。
先鋒が前へ出る。
山口郁斗。
*
待機位置。
拓真のすぐ前に、
山口の背中がある。
春までなら、
「頑張れ」
と軽く言ったかもしれない。
今日は何も言わなかった。
山口が一度だけ、
高く跳ぶ。
膝を胸へ引きつける。
着地。
「行ってきます」
小松崎。
「行け」
試合場へ。
*
「始め!」
山口が動く。
筑浦二高の先鋒も動く。
春。
山口は、
動けるから動いていた。
今日は違う。
動く。
止まる。
相手を見る。
また動く。
*
「いいぞ」
大島が言う。
宮本も向こうから声を出す。
「慌てるな!」
相手が入る。
山口が下がる。
追われる。
もう一歩。
そこで止まった。
返す。
「止め!」
旗。
赤。
「よし!」
熊谷が小さく拳を握る。
拓真も、
息を吐いた。
*
だが、
筑浦二高は崩れない。
一点取られても、
同じ。
また来る。
無理に取り返さない。
基本通り。
少しずつ距離を変える。
山口が入りづらくなる。
*
残り。
相手が取る。
同点。
「あと少し!」
大島。
山口が前へ出る。
一度、
余計に動きそうになる。
止まった。
相手も止まる。
一瞬。
山口が先。
「止め!」
赤。
*
試合終了。
山口、
勝利。
*
戻ってくる。
五人のところへ。
「っしゃ……!」
大声を出しかけ、
少し抑えた。
拓真が拳を出す。
山口が当てる。
「一個」
「うん」
「取ったぞ」
「見てた」
「もっと喜べよ」
「まだ四人いる」
小松崎が言った。
「その通り」
山口。
「はい」
*
次鋒。
熊谷。
立つ。
小松崎と神戸が、
左右から帯を掴んだ。
「おい」
熊谷が笑う。
「ここでやる?」
「やるだろ」
「軽めにな」
「無理」
左右。
一気に引く。
「ぐっ!」
山口が吹き出す。
拓真も笑った。
熊谷は腹を押さえる。
「よし」
「何がよしなんですか」
「締まった」
そのまま前へ。
*
熊谷は強かった。
二メートル近い身体。
以前は、
大きい身体をさらに大きく使っていた。
今は違う。
小さい。
細かい。
なのに、
相手からすればでかい。
*
相手が入れない。
熊谷は追わない。
一歩。
一発。
戻る。
相手が焦る。
また一発。
赤。
*
「でかいのに細かいな」
山口が呟く。
神戸が答える。
「最近あれ練習してたから」
「風呂先生のやつ?」
「そう」
熊谷が、
もう一本。
勝利。
*
二勝。
霞北が先に王手。
*
三人目。
神戸。
立つ。
長い。
筑浦二高の相手も、
決して小さくない。
それでも、
神戸のほうが明らかに高い。
「お願いします」
礼。
*
神戸の試合は、
静かだった。
取れそうで、
取れない。
相手も同じ。
互いに距離を知っている。
神戸が入る。
相手が外す。
返す。
神戸も外す。
*
「うわ、地味」
山口が言う。
拓真。
「黒田さんに怒られるぞ」
「地味は褒め言葉だった」
「じゃあいいか」
大島。
「お前ら静かに見ろ」
「はい」
*
一点。
筑浦二高。
一点。
神戸。
また同点。
時間が減る。
*
残り数秒。
神戸は行かなかった。
相手も行かない。
終了。
引き分け。
*
戻ってきた神戸が言う。
「悪い」
小松崎が首を振る。
「十分」
二勝一分。
霞北は負けなくなった。
残り二人。
*
四人目。
拓真。
立つ。
*
山口が言った。
「佐藤」
「何」
「左」
「分かってる」
「見えるところで」
今度は栞の真似。
「それも分かってる」
「じゃあ」
山口は少し考えた。
「勝て」
拓真が笑った。
「最初からそれでいいだろ」
*
大島が呼ぶ。
「佐藤」
「はい」
「春、ここで何された?」
筑浦二高との練習試合。
拓真は答える。
「距離、消されました」
「今日は?」
「消されない」
「どうやって」
拓真は相手を見る。
「分かりません」
大島が笑った。
「よし」
「いいんですか」
「分からないなら、試合中に見つけろ」
「無茶言うなあ」
「高校生だからな」
「それ理由になってませんよ」
「行け」
「はい」
*
礼。
「始め!」
*
やっぱり。
やりづらい。
筑浦二高。
派手ではない。
速すぎない。
大きすぎない。
なのに、
欲しいところにいない。
*
拓真が入る。
左。
遠い。
相手が下がる。
返す。
青。
*
「くそ」
最初を取られた。
*
待機している仲間が見える。
逃げられない。
自分が負けても、
先輩が何とかしてくれる。
一瞬、
そんな考えが浮かぶ。
違う。
*
大島が言った。
「佐藤! 自分で取れ!」
*
拓真は構え直した。
相手を見る。
追うと、
消える。
なら。
追わない。
*
相手が前へ。
拓真は動かない。
もう一歩。
まだ。
前足。
来た。
左。
――パンッ!
「止め!」
旗。
赤。
*
同点。
山口が後ろで言う。
「よし!」
拓真は戻る。
まだ終わっていない。
*
次。
相手が警戒した。
来ない。
拓真も来ない。
時間。
*
右を見せる。
反応。
まだ。
もう一度。
今度は反応が小さい。
拓真は踏み込む。
左。
相手も返す。
「止め!」
旗が割れた。
赤。
青。
審判が見る。
判定。
赤。
*
拓真は、
拳を握りそうになった。
やめた。
戻る。
まだ時間。
*
残り。
相手が来る。
拓真は、
春のように逃げ切ろうとしない。
でも、
取りに行きすぎない。
距離。
足。
時間。
最後。
「やめ!」
*
礼。
勝利。
*
拓真が戻る。
山口が笑っている。
「二勝目」
「うん」
「公式戦」
「うん」
熊谷が頭を軽く叩いた。
「ナイス」
神戸。
「よく待ったな」
「ありがとうございます」
そして小松崎。
「これで三つ」
霞北、
三勝一分。
団体戦の勝利が決まった。
*
拓真は、
少しだけ変な感じがした。
春。
自分が負けても、
上級生が勝った。
今日。
上級生が強いことは変わらない。
でも。
今日は、
自分の一勝も、
霞北の三勝の中に入っている。
*
最後。
小松崎。
団体の勝敗は、
もう決まっている。
それでも、
小松崎は普通に出る。
手を抜かない。
*
「始め!」
速い。
拓真は、
さっきまで自分が試合をしていたことを忘れて見た。
距離。
タイミング。
相手が来る前。
小松崎が取る。
赤。
*
もう一つ。
赤。
*
勝利。
*
整列。
霞北。
四勝一分。
筑浦二高。
敗戦。
「礼!」
互いに頭を下げる。
*
試合場を離れてから、
宮本が大島へ来た。
「完敗」
大島が頭を下げる。
「ありがとうございました」
「上が強いな、霞北」
「はい」
「一年も取るし」
拓真と山口を見る。
山口が胸を張る。
「取りました」
宮本が笑う。
「お前は分かりやすいな」
「ありがとうございます」
「褒めてない」
「え」
拓真が笑う。
*
宮本は自分の生徒を見る。
負けた。
悔しそうにしている。
でも、
俯いたままではない。
「うちはここから二つ取らないとな」
山口が聞く。
「城徳と兵学館?」
「そう」
「大変ですね」
「お前らもだろ」
「あ」
「忘れんな」
宮本は笑って戻った。
*
休憩。
最終リーグ。
霞北、一勝。
*
観客席。
青と緑の横断幕。
全身全霊。
拓真はそれを見る。
春に初めて来たとき、
筑浦二高を、
普通だと思った。
今もそう思う。
普通に入学して。
普通に練習して。
普通に三年間積み上げる。
その普通が、
強かった。
*
山口が横に来る。
「勝ったな」
「うん」
「俺も勝った」
「知ってる」
「お前も勝った」
「知ってる」
「先輩たちも強い」
「それも知ってる」
山口が笑う。
「じゃあ全国行けるんじゃね?」
拓真は答えなかった。
*
次の試合場。
白い集団が動き始める。
兵学館高校。
服部。
内藤。
山下。
カルロス山崎。
新井鋼太郎。
そして柳瀬。
*
大島が立った。
「休憩終わり」
五人が顔を上げる。
「次、兵学館」
山口が息を吐く。
「白か」
拓真も立つ。
城徳とは違う。
筑浦二高とも違う。
一回やったことが、
次には通じない相手。
*
小松崎がタオルを取る。
熊谷が帯を締め直す。
神戸が立つ。
山口が一度、
膝を曲げる。
拓真は左手を握る。
第一戦は取った。
でも、
最終リーグは、
まだ始まったばかりだった。
第14話 全身全霊 了




