第15話 一念
第15話 一念
兵学館は、
静かだった。
白いジャージ。
白いバッグ。
白い横断幕。
一念、岩をも通す。
城徳の黒ほど、
威圧感はない。
筑浦二高の青と緑ほど、
学校らしい色もない。
ただ、
白い。
*
「佐藤」
「何」
山口が兵学館を見る。
「誰が一番強いんだっけ」
「知らない」
「練習しただろ」
「全員違ったじゃん」
「それが嫌なんだよな」
山口が言う。
「城徳なら、加藤とか田川先輩とか、見るからにヤバいやついるじゃん」
「うん」
「兵学館、全員普通に見える」
拓真は少し考えた。
「筑浦二高もそうだっただろ」
「違う」
「何が」
「筑浦二高は普通に強い」
「兵学館は?」
「頭よさそうに強い」
「意味分かんねえ」
「俺も分からん」
大島が後ろから言った。
「なら黙って見ろ」
「はい」
*
招集までの時間。
兵学館の五人は、
それぞれ違うことをしていた。
服部は短いダッシュ。
内藤は一人で足運び。
山下は目を閉じて呼吸を整える。
カルロス山崎は、
新井と何か話している。
同じアップを、
全員でやっていない。
*
山口が言う。
「自由だな」
大島が答える。
「前に見ただろ」
「週三回、一時間」
「そう」
「それで強いの、やっぱりずるい」
「残りを自分でやってんだよ」
「もっとずるい」
「何がだよ」
栞が横から言った。
「自分で考えて練習できるのが強みなんでしょ」
「俺も考えてるよ」
「何を?」
「今日の昼飯」
「空手の話」
「じゃあ今から考える」
「遅い」
*
柳瀬がこちらへ来た。
「大島先生」
「お願いします」
「こちらこそ」
柳瀬は霞北の五人を見る。
「みんな残ったね」
山口が言う。
「先生、俺らが落ちると思ってました?」
「思ってないよ」
「ほんとですか?」
「山口君」
「はい」
「試合前に先生を尋問しない」
「すいません」
柳瀬が笑った。
「元気なのはいいことだけどね」
*
大島が聞く。
「柳瀬先生」
「ん?」
「今日は一時間で終わらないですね」
柳瀬が笑う。
「大会は時間割通りにいかないから」
「ですよね」
「でも」
柳瀬は自分の生徒を見る。
「考える時間は、たっぷりある」
そう言って戻っていった。
*
山口が呟く。
「なんか先生まで兵学館っぽい」
拓真が聞く。
「どういう意味?」
「頭よさそう」
「世界雑すぎるだろ」
*
招集。
「霞北高校」
「兵学館高校」
霞北の五人が立つ。
小松崎。
熊谷。
神戸。
山口。
拓真。
大島。
六人で試合場手前へ。
向こうも、
兵学館の五人と柳瀬。
*
大島が言った。
「筑浦二高戦は忘れろ」
山口。
「勝ったのに?」
「勝ったから」
大島は兵学館を見る。
「さっき通じたことが、ここでも通じると思うな」
拓真は、
春の練習試合を思い出す。
一回。
二回。
同じ左。
二回目には、
もう変わっていた。
*
「特に佐藤」
「はい」
「お前は分かりやすい」
「悪口ですか」
「褒めてない」
「ですよね」
「一発取ったあと考えろ」
「何を?」
「次も同じ相手だと思うな」
拓真は兵学館を見る。
「……はい」
*
整列。
礼。
先鋒。
山口。
*
いつもの一回。
高く跳ぶ。
膝を胸へ。
着地。
兵学館の先鋒は、
服部。
*
「始め!」
山口が動く。
服部も動く。
速い。
でも、
加藤ほどではない。
山口が先に入る。
服部が外す。
山口が追う。
服部が返す。
「止め!」
白。
*
「山口!」
大島。
「追うな!」
「はい!」
*
山口が止まる。
今度は、
服部が来る。
山口が返す。
「止め!」
赤。
*
「よし!」
拓真が小さく言う。
同点。
*
もう一度。
同じように、
山口が止まる。
服部が来る。
山口が返そうとする。
来ない。
「え」
服部は途中で止まった。
山口の手だけが出る。
その戻り。
服部が入る。
白。
*
山口が戻る。
構え直す。
また止まる。
今度は服部も止まる。
*
山口が動く。
服部も動く。
先ほどまでと、
もう違う。
*
残り時間。
山口は追いつけなかった。
終了。
敗戦。
*
戻ってきた山口が、
悔しそうに言う。
「変えやがった」
大島。
「何を?」
「俺が止まるの見て、来なくなった」
「うん」
「途中から」
「そう」
山口は服部を見る。
「試合中にやる?」
神戸が言う。
「やるから兵学館なんだろ」
山口は息を吐いた。
「嫌な学校だな」
大島が笑う。
「褒め言葉にしとけ」
*
一敗。
次。
熊谷。
*
小松崎と神戸が、
帯を掴む。
熊谷が言う。
「さっき締めたばっかだぞ」
神戸。
「試合変わったから」
「理屈になってない」
小松崎。
「行くぞ」
「ちょ――」
ぎゅっ。
「ぐっ!」
山口が笑う。
「元気出た」
熊谷が睨む。
「お前あとでやるぞ」
「俺もう試合終わりました」
「関係ない」
*
熊谷の相手。
内藤。
小さい。
熊谷と並ぶと、
余計に小さい。
山口が言う。
「差すご」
拓真も思った。
熊谷は二メートル近い。
内藤は百六十五ほど。
*
「始め!」
熊谷は、
筑浦二高戦と同じ。
大きく動かない。
細かく。
距離を支配する。
内藤が入れない。
*
熊谷が取る。
赤。
*
「よし」
一勝一敗へ戻せる。
そう思った。
*
次。
内藤は、
熊谷の正面に立たなくなった。
左右。
角度。
熊谷が向く。
内藤が消える。
*
「ちょこまかするな」
熊谷が小さく言う。
内藤は聞こえていない。
入る。
白。
*
同点。
*
熊谷が前へ出る。
内藤は下がらない。
横へ。
熊谷が追う。
その瞬間。
入る。
白。
*
「熊谷!」
大島。
「身体ごと追うな!」
*
熊谷が止まる。
また、
小さく動く。
だが。
内藤はもう、
最初の内藤ではない。
*
時間。
終了。
熊谷、
敗戦。
*
二敗。
*
山口が黙った。
拓真も。
筑浦二高戦。
先鋒。
次鋒。
霞北が取った。
今度は、
逆。
*
熊谷が戻ってくる。
「悪い」
小松崎が言う。
「まだ三つある」
熊谷が頷く。
神戸が立った。
*
相手は山下。
背が高い。
神戸ほどではない。
だが、
長い。
*
神戸が試合場へ入る。
「始め!」
*
最初から、
静かだった。
神戸は遠い。
山下も遠い。
互いに、
無理に入らない。
*
山口が小声で言う。
「先輩、取って」
誰も答えない。
*
神戸が一度、
前へ。
山下が返す。
神戸が外す。
*
次。
山下。
神戸が返す。
山下が外す。
*
長い時間。
ゼロ対ゼロ。
*
「神戸!」
大島。
「そのままでいい!」
*
神戸は焦らない。
二敗している。
それでも、
焦らない。
*
残り。
山下が一歩。
神戸の手が動く。
山下が止まる。
神戸も止める。
また。
*
今度は、
山下が入った。
神戸も入る。
同時。
「止め!」
旗。
赤。
白。
割れる。
*
主審が見る。
赤。
*
「よし!」
熊谷が声を出す。
神戸、
一点。
*
残りわずか。
山下が来る。
神戸は下がる。
追われる。
でも、
逃げ切ろうとはしない。
一度止まる。
山下も止まる。
時間。
「やめ!」
*
神戸、
勝利。
*
戻ってくる。
山口が拳を出す。
「先輩!」
神戸が軽く当てる。
「危なかった」
熊谷。
「助かった」
「お前が負けるからだろ」
「すいません」
「あとで帯締めるぞ」
「それは関係ないだろ」
*
二敗一勝。
残り二試合。
霞北は、
両方取らなければ勝てない。
*
拓真が立つ。
大島が言う。
「佐藤」
「はい」
「分かってるな」
「勝たないと終わり」
「そう」
*
向こう。
兵学館の四人目。
カルロス山崎。
*
「え」
山口が言う。
「カルロス?」
拓真も見た。
百八十ほど。
身体が厚い。
春に見たときから、
印象に残っている。
*
拓真が試合場へ向かおうとする。
「佐藤」
栞の声。
招集前に言われたことを思い出す。
――兵学館は、最初の一本を見てくる。
――だから一本取ったあと、同じことしないで。
拓真は一度だけ振り返った。
栞は観客席。
遠い。
もう話せない。
ここからは、
自分でやる。
*
礼。
「始め!」
*
カルロスが来る。
速い。
拓真は左。
相手の前足。
入る。
左。
――パンッ!
「止め!」
赤。
*
「よし!」
山口。
一本。
*
拓真は戻る。
カルロスを見る。
さっきと、
立つ位置が違う。
少し遠い。
*
やっぱり。
*
拓真は行かない。
カルロスも来ない。
時間。
*
右を見せる。
カルロスの手が動く。
左。
届かない。
返し。
白。
*
同点。
*
「佐藤!」
大島。
「今ので覚えろ!」
*
拓真は息を吐く。
最初。
自分の左が届いた距離。
今。
カルロスは、
そこから少しだけ外にいる。
だったら。
*
拓真が前へ。
カルロスが下がる。
もう一歩。
また下がる。
追わない。
止まる。
*
カルロスも止まった。
*
沈黙。
*
拓真は、
ほんの少し後ろへ下がった。
カルロスの前足が出る。
来た。
*
左。
カルロスも出る。
「止め!」
*
旗。
赤。
*
拓真が息を吐く。
二対一。
*
でも。
カルロスが笑った。
ほんの少し。
*
次。
カルロスは、
もう来なかった。
*
「……またかよ」
*
拓真が距離を変える。
右を見せる。
反応しない。
前へ。
カルロスが下がる。
止まる。
拓真も止まる。
*
残り。
*
カルロスが、
突然入った。
拓真は左。
だが。
その手の外。
カルロスの拳。
白。
*
二対二。
*
残り十数秒。
拓真の呼吸が荒くなる。
勝たなければ。
引き分けでも、
団体として苦しくなる。
*
行く。
そう思った。
*
春。
負けた試合。
最後に追った。
距離を捨てた。
*
拓真は止まった。
*
カルロスも止まる。
*
五秒。
*
カルロスの肩。
前足。
目。
*
一歩。
*
拓真の左。
*
カルロスの拳。
*
「止め!」
*
旗。
一つ。
赤。
一つ。
白。
もう一つ。
白。
*
拓真は、
動かなかった。
*
「白!」
*
時間。
終了。
*
礼。
負け。
*
拓真は戻った。
誰もすぐには言わなかった。
拓真が言う。
「すいません」
小松崎が立つ。
「謝るの早い」
拓真が顔を上げる。
「まだ俺いるから」
*
三敗一勝。
団体戦の勝敗は、
決まっていた。
霞北の負け。
*
それでも。
小松崎は出る。
*
相手。
新井鋼太郎。
*
小松崎はいつも通りだった。
団体が負けても。
自分の試合は、
自分の試合。
*
開始。
小松崎が取る。
赤。
*
新井が変える。
小松崎も変える。
*
新井が待つ。
小松崎も待つ。
*
兵学館が修正する。
その修正に、
小松崎もついていく。
*
山口が呟く。
「先輩、普通にやれてる」
大島が答える。
「三年だからな」
*
もう一本。
赤。
*
小松崎、
勝利。
*
整列。
霞北。
二勝三敗。
兵学館。
三勝二敗。
*
「礼!」
*
負けた。
*
試合場を離れる。
六人。
誰も観客席へ走らない。
まとまって戻る。
*
山口が言った。
「強かった」
熊谷。
「うん」
神戸。
「でも取れた」
拓真は黙っている。
*
大島が立ち止まった。
五人も止まる。
「佐藤」
「はい」
「最後、何が見えた?」
拓真は答える。
「来るのは分かりました」
「うん」
「でも向こうのほうが、ちょっと早かった」
「それでいい」
「よくないです」
大島が少し笑った。
「そう思えるなら、それも覚えとけ」
*
柳瀬がやってくる。
大島と礼。
「ありがとうございました」
「ありがとうございました」
柳瀬は小松崎を見る。
「強いね」
「ありがとうございます」
熊谷。
神戸。
そして一年二人。
「山口君」
「はい」
「途中で止まれるようになったね」
「でも止まったら来なくなりました」
「相手も考えるからね」
「ずるいなあ」
柳瀬が笑う。
「君も考えればいい」
「はい」
*
次。
拓真。
「佐藤君」
「はい」
「左、やっぱりいいね」
「負けました」
「うん」
あっさり言われた。
拓真が少し驚く。
柳瀬は続ける。
「でも、一回通じなくなってから、もう一度通したでしょう」
拓真は黙る。
「それができれば、次があるよ」
*
柳瀬は戻っていった。
山口が言う。
「いい先生だな」
拓真。
「うん」
「でも負けた」
「うん」
「次勝とうぜ」
「それ春も言ったな」
「便利な言葉だから」
拓真は少し笑った。
*
最終リーグ。
霞北。
一勝一敗。
*
残る一校。
*
会場の向こう。
黒。
*
城徳学園。
*
田川秀吉が立つ。
百九十五センチ。
前田利行が足を動かす。
田川秀長。
石田成樹。
そして。
加藤正輝。
*
加藤が軽く跳ねる。
一歩。
二歩。
それだけで速い。
*
山口が言う。
「来たな」
拓真。
「うん」
*
城徳の横。
島田晋作。
今日は一度も、
霞北側へ来ていない。
*
黒田が観客席にいても。
松尾がいても。
風呂がいても。
今は、
城徳の監督。
*
霞北の赤。
城徳の黒。
*
春。
練習試合では、
霞北はかなり負けた。
*
でも。
今度は練習ではない。
*
山口が聞いた。
「次、勝ったらどうなる?」
かなが持っている星取表を見る。
大島が答える。
「他の結果次第」
「じゃあ」
「計算はあと」
大島は黒い集団を見る。
「まず城徳に勝て」
*
熊谷が笑った。
「分かりやすい」
神戸も立つ。
小松崎がタオルを手に取った。
拓真は左拳を握る。
*
白には負けた。
次は、
黒。
第15話 一念 了




