↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一撃の夏  作者: 西野照星
PR
15/33

第15話 一念

第15話 一念


兵学館は、


静かだった。


白いジャージ。


白いバッグ。


白い横断幕。


一念、岩をも通す。


城徳の黒ほど、


威圧感はない。


筑浦二高の青と緑ほど、


学校らしい色もない。


ただ、


白い。


     *


「佐藤」


「何」


山口が兵学館を見る。


「誰が一番強いんだっけ」


「知らない」


「練習しただろ」


「全員違ったじゃん」


「それが嫌なんだよな」


山口が言う。


「城徳なら、加藤とか田川先輩とか、見るからにヤバいやついるじゃん」


「うん」


「兵学館、全員普通に見える」


拓真は少し考えた。


「筑浦二高もそうだっただろ」


「違う」


「何が」


「筑浦二高は普通に強い」


「兵学館は?」


「頭よさそうに強い」


「意味分かんねえ」


「俺も分からん」


大島が後ろから言った。


「なら黙って見ろ」


「はい」


     *


招集までの時間。


兵学館の五人は、


それぞれ違うことをしていた。


服部は短いダッシュ。


内藤は一人で足運び。


山下は目を閉じて呼吸を整える。


カルロス山崎は、


新井と何か話している。


同じアップを、


全員でやっていない。


     *


山口が言う。


「自由だな」


大島が答える。


「前に見ただろ」


「週三回、一時間」


「そう」


「それで強いの、やっぱりずるい」


「残りを自分でやってんだよ」


「もっとずるい」


「何がだよ」


栞が横から言った。


「自分で考えて練習できるのが強みなんでしょ」


「俺も考えてるよ」


「何を?」


「今日の昼飯」


「空手の話」


「じゃあ今から考える」


「遅い」


     *


柳瀬がこちらへ来た。


「大島先生」


「お願いします」


「こちらこそ」


柳瀬は霞北の五人を見る。


「みんな残ったね」


山口が言う。


「先生、俺らが落ちると思ってました?」


「思ってないよ」


「ほんとですか?」


「山口君」


「はい」


「試合前に先生を尋問しない」


「すいません」


柳瀬が笑った。


「元気なのはいいことだけどね」


     *


大島が聞く。


「柳瀬先生」


「ん?」


「今日は一時間で終わらないですね」


柳瀬が笑う。


「大会は時間割通りにいかないから」


「ですよね」


「でも」


柳瀬は自分の生徒を見る。


「考える時間は、たっぷりある」


そう言って戻っていった。


     *


山口が呟く。


「なんか先生まで兵学館っぽい」


拓真が聞く。


「どういう意味?」


「頭よさそう」


「世界雑すぎるだろ」


     *


招集。


「霞北高校」


「兵学館高校」


霞北の五人が立つ。


小松崎。


熊谷。


神戸。


山口。


拓真。


大島。


六人で試合場手前へ。


向こうも、


兵学館の五人と柳瀬。


     *


大島が言った。


「筑浦二高戦は忘れろ」


山口。


「勝ったのに?」


「勝ったから」


大島は兵学館を見る。


「さっき通じたことが、ここでも通じると思うな」


拓真は、


春の練習試合を思い出す。


一回。


二回。


同じ左。


二回目には、


もう変わっていた。


     *


「特に佐藤」


「はい」


「お前は分かりやすい」


「悪口ですか」


「褒めてない」


「ですよね」


「一発取ったあと考えろ」


「何を?」


「次も同じ相手だと思うな」


拓真は兵学館を見る。


「……はい」


     *


整列。


礼。


先鋒。


山口。


     *


いつもの一回。


高く跳ぶ。


膝を胸へ。


着地。


兵学館の先鋒は、


服部。


     *


「始め!」


山口が動く。


服部も動く。


速い。


でも、


加藤ほどではない。


山口が先に入る。


服部が外す。


山口が追う。


服部が返す。


「止め!」


白。


     *


「山口!」


大島。


「追うな!」


「はい!」


     *


山口が止まる。


今度は、


服部が来る。


山口が返す。


「止め!」


赤。


     *


「よし!」


拓真が小さく言う。


同点。


     *


もう一度。


同じように、


山口が止まる。


服部が来る。


山口が返そうとする。


来ない。


「え」


服部は途中で止まった。


山口の手だけが出る。


その戻り。


服部が入る。


白。


     *


山口が戻る。


構え直す。


また止まる。


今度は服部も止まる。


     *


山口が動く。


服部も動く。


先ほどまでと、


もう違う。


     *


残り時間。


山口は追いつけなかった。


終了。


敗戦。


     *


戻ってきた山口が、


悔しそうに言う。


「変えやがった」


大島。


「何を?」


「俺が止まるの見て、来なくなった」


「うん」


「途中から」


「そう」


山口は服部を見る。


「試合中にやる?」


神戸が言う。


「やるから兵学館なんだろ」


山口は息を吐いた。


「嫌な学校だな」


大島が笑う。


「褒め言葉にしとけ」


     *


一敗。


次。


熊谷。


     *


小松崎と神戸が、


帯を掴む。


熊谷が言う。


「さっき締めたばっかだぞ」


神戸。


「試合変わったから」


「理屈になってない」


小松崎。


「行くぞ」


「ちょ――」


ぎゅっ。


「ぐっ!」


山口が笑う。


「元気出た」


熊谷が睨む。


「お前あとでやるぞ」


「俺もう試合終わりました」


「関係ない」


     *


熊谷の相手。


内藤。


小さい。


熊谷と並ぶと、


余計に小さい。


山口が言う。


「差すご」


拓真も思った。


熊谷は二メートル近い。


内藤は百六十五ほど。


     *


「始め!」


熊谷は、


筑浦二高戦と同じ。


大きく動かない。


細かく。


距離を支配する。


内藤が入れない。


     *


熊谷が取る。


赤。


     *


「よし」


一勝一敗へ戻せる。


そう思った。


     *


次。


内藤は、


熊谷の正面に立たなくなった。


左右。


角度。


熊谷が向く。


内藤が消える。


     *


「ちょこまかするな」


熊谷が小さく言う。


内藤は聞こえていない。


入る。


白。


     *


同点。


     *


熊谷が前へ出る。


内藤は下がらない。


横へ。


熊谷が追う。


その瞬間。


入る。


白。


     *


「熊谷!」


大島。


「身体ごと追うな!」


     *


熊谷が止まる。


また、


小さく動く。


だが。


内藤はもう、


最初の内藤ではない。


     *


時間。


終了。


熊谷、


敗戦。


     *


二敗。


     *


山口が黙った。


拓真も。


筑浦二高戦。


先鋒。


次鋒。


霞北が取った。


今度は、


逆。


     *


熊谷が戻ってくる。


「悪い」


小松崎が言う。


「まだ三つある」


熊谷が頷く。


神戸が立った。


     *


相手は山下。


背が高い。


神戸ほどではない。


だが、


長い。


     *


神戸が試合場へ入る。


「始め!」


     *


最初から、


静かだった。


神戸は遠い。


山下も遠い。


互いに、


無理に入らない。


     *


山口が小声で言う。


「先輩、取って」


誰も答えない。


     *


神戸が一度、


前へ。


山下が返す。


神戸が外す。


     *


次。


山下。


神戸が返す。


山下が外す。


     *


長い時間。


ゼロ対ゼロ。


     *


「神戸!」


大島。


「そのままでいい!」


     *


神戸は焦らない。


二敗している。


それでも、


焦らない。


     *


残り。


山下が一歩。


神戸の手が動く。


山下が止まる。


神戸も止める。


また。


     *


今度は、


山下が入った。


神戸も入る。


同時。


「止め!」


旗。


赤。


白。


割れる。


     *


主審が見る。


赤。


     *


「よし!」


熊谷が声を出す。


神戸、


一点。


     *


残りわずか。


山下が来る。


神戸は下がる。


追われる。


でも、


逃げ切ろうとはしない。


一度止まる。


山下も止まる。


時間。


「やめ!」


     *


神戸、


勝利。


     *


戻ってくる。


山口が拳を出す。


「先輩!」


神戸が軽く当てる。


「危なかった」


熊谷。


「助かった」


「お前が負けるからだろ」


「すいません」


「あとで帯締めるぞ」


「それは関係ないだろ」


     *


二敗一勝。


残り二試合。


霞北は、


両方取らなければ勝てない。


     *


拓真が立つ。


大島が言う。


「佐藤」


「はい」


「分かってるな」


「勝たないと終わり」


「そう」


     *


向こう。


兵学館の四人目。


カルロス山崎。


     *


「え」


山口が言う。


「カルロス?」


拓真も見た。


百八十ほど。


身体が厚い。


春に見たときから、


印象に残っている。


     *


拓真が試合場へ向かおうとする。


「佐藤」


栞の声。


招集前に言われたことを思い出す。


――兵学館は、最初の一本を見てくる。


――だから一本取ったあと、同じことしないで。


拓真は一度だけ振り返った。


栞は観客席。


遠い。


もう話せない。


ここからは、


自分でやる。


     *


礼。


「始め!」


     *


カルロスが来る。


速い。


拓真は左。


相手の前足。


入る。


左。


――パンッ!


「止め!」


赤。


     *


「よし!」


山口。


一本。


     *


拓真は戻る。


カルロスを見る。


さっきと、


立つ位置が違う。


少し遠い。


     *


やっぱり。


     *


拓真は行かない。


カルロスも来ない。


時間。


     *


右を見せる。


カルロスの手が動く。


左。


届かない。


返し。


白。


     *


同点。


     *


「佐藤!」


大島。


「今ので覚えろ!」


     *


拓真は息を吐く。


最初。


自分の左が届いた距離。


今。


カルロスは、


そこから少しだけ外にいる。


だったら。


     *


拓真が前へ。


カルロスが下がる。


もう一歩。


また下がる。


追わない。


止まる。


     *


カルロスも止まった。


     *


沈黙。


     *


拓真は、


ほんの少し後ろへ下がった。


カルロスの前足が出る。


来た。


     *


左。


カルロスも出る。


「止め!」


     *


旗。


赤。


     *


拓真が息を吐く。


二対一。


     *


でも。


カルロスが笑った。


ほんの少し。


     *


次。


カルロスは、


もう来なかった。


     *


「……またかよ」


     *


拓真が距離を変える。


右を見せる。


反応しない。


前へ。


カルロスが下がる。


止まる。


拓真も止まる。


     *


残り。


     *


カルロスが、


突然入った。


拓真は左。


だが。


その手の外。


カルロスの拳。


白。


     *


二対二。


     *


残り十数秒。


拓真の呼吸が荒くなる。


勝たなければ。


引き分けでも、


団体として苦しくなる。


     *


行く。


そう思った。


     *


春。


負けた試合。


最後に追った。


距離を捨てた。


     *


拓真は止まった。


     *


カルロスも止まる。


     *


五秒。


     *


カルロスの肩。


前足。


目。


     *


一歩。


     *


拓真の左。


     *


カルロスの拳。


     *


「止め!」


     *


旗。


一つ。


赤。


一つ。


白。


もう一つ。


白。


     *


拓真は、


動かなかった。


     *


「白!」


     *


時間。


終了。


     *


礼。


負け。


     *


拓真は戻った。


誰もすぐには言わなかった。


拓真が言う。


「すいません」


小松崎が立つ。


「謝るの早い」


拓真が顔を上げる。


「まだ俺いるから」


     *


三敗一勝。


団体戦の勝敗は、


決まっていた。


霞北の負け。


     *


それでも。


小松崎は出る。


     *


相手。


新井鋼太郎。


     *


小松崎はいつも通りだった。


団体が負けても。


自分の試合は、


自分の試合。


     *


開始。


小松崎が取る。


赤。


     *


新井が変える。


小松崎も変える。


     *


新井が待つ。


小松崎も待つ。


     *


兵学館が修正する。


その修正に、


小松崎もついていく。


     *


山口が呟く。


「先輩、普通にやれてる」


大島が答える。


「三年だからな」


     *


もう一本。


赤。


     *


小松崎、


勝利。


     *


整列。


霞北。


二勝三敗。


兵学館。


三勝二敗。


     *


「礼!」


     *


負けた。


     *


試合場を離れる。


六人。


誰も観客席へ走らない。


まとまって戻る。


     *


山口が言った。


「強かった」


熊谷。


「うん」


神戸。


「でも取れた」


拓真は黙っている。


     *


大島が立ち止まった。


五人も止まる。


「佐藤」


「はい」


「最後、何が見えた?」


拓真は答える。


「来るのは分かりました」


「うん」


「でも向こうのほうが、ちょっと早かった」


「それでいい」


「よくないです」


大島が少し笑った。


「そう思えるなら、それも覚えとけ」


     *


柳瀬がやってくる。


大島と礼。


「ありがとうございました」


「ありがとうございました」


柳瀬は小松崎を見る。


「強いね」


「ありがとうございます」


熊谷。


神戸。


そして一年二人。


「山口君」


「はい」


「途中で止まれるようになったね」


「でも止まったら来なくなりました」


「相手も考えるからね」


「ずるいなあ」


柳瀬が笑う。


「君も考えればいい」


「はい」


     *


次。


拓真。


「佐藤君」


「はい」


「左、やっぱりいいね」


「負けました」


「うん」


あっさり言われた。


拓真が少し驚く。


柳瀬は続ける。


「でも、一回通じなくなってから、もう一度通したでしょう」


拓真は黙る。


「それができれば、次があるよ」


     *


柳瀬は戻っていった。


山口が言う。


「いい先生だな」


拓真。


「うん」


「でも負けた」


「うん」


「次勝とうぜ」


「それ春も言ったな」


「便利な言葉だから」


拓真は少し笑った。


     *


最終リーグ。


霞北。


一勝一敗。


     *


残る一校。


     *


会場の向こう。


黒。


     *


城徳学園。


     *


田川秀吉が立つ。


百九十五センチ。


前田利行が足を動かす。


田川秀長。


石田成樹。


そして。


加藤正輝。


     *


加藤が軽く跳ねる。


一歩。


二歩。


それだけで速い。


     *


山口が言う。


「来たな」


拓真。


「うん」


     *


城徳の横。


島田晋作。


今日は一度も、


霞北側へ来ていない。


     *


黒田が観客席にいても。


松尾がいても。


風呂がいても。


今は、


城徳の監督。


     *


霞北の赤。


城徳の黒。


     *


春。


練習試合では、


霞北はかなり負けた。


     *


でも。


今度は練習ではない。


     *


山口が聞いた。


「次、勝ったらどうなる?」


かなが持っている星取表を見る。


大島が答える。


「他の結果次第」


「じゃあ」


「計算はあと」


大島は黒い集団を見る。


「まず城徳に勝て」


     *


熊谷が笑った。


「分かりやすい」


神戸も立つ。


小松崎がタオルを手に取った。


拓真は左拳を握る。


     *


白には負けた。


次は、


黒。


第15話 一念 了

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。