死神の意味
◇
リオンに案内され、私たちは玄関広間から応接室へ通された。
大きな窓に、磨き上げられた調度品。中央には向かい合わせに長椅子が置かれ、その間の低いテーブルには、私たちが腰を下ろして間もなく紅茶と菓子が運ばれてきた。
「突然のことだから、大したもてなしもできなくて申し訳ない」
「これで大したことないなら、うちはどうなるのよ……」
「それで、執事が戻るまでに聞かせてもらえるかな。二人がどうしてこの絵本の違いに気づいたのかを」
「最初に気づいたのはシャーロンだ。ただ、この三人の神はそれぞれ三家の始祖として伝わってる。生の女神がベイン、死の神がジェイド、光の神がライトだ」
「えっ? 始祖なの?」
「お前、自分の家のことくらい知っとけよ」
「知らないものは知らないの!」
クロウは呆れながら二冊の絵本を開いた。
「だからライト家にも、光の神を中心にした同じ絵本があるかもしれねえ。三冊比べりゃ、何か分かるだろ」
「なるほど……」
リオンが感心したようにクロウを見ると私もつられて横顔を見てしまい――今朝の女子たちの言葉が、また頭をよぎってしまう。病気にでもなったか?変だぞ今の私は。
視線をふわっとそらして、見なかったふりをしていると、リオンの執事が絵本を持ってきてくれた。
◇
「確かに違う……」
そう言うとリオンは最後のページを私たち二人に差し出した。
――――――――
死の神と生の女神が起こした蘇りの奇跡によって、死ぬはずだった者たちが次々と生き返り、世界の理は少しずつ崩れ始めました。
「このままでは、生きている者たちの世界まで失われてしまう」
光の神は二人を止めるため、死の神と戦いました。
長い戦いの末、光の神は死の神を打ち破り、生の女神から蘇りの力を封じました。
こうして死者は死者の世界へ、生者は生者の世界へ戻り、世界には再び正しい理が戻ったのです。
人々は世界を救った光の神を讃え、その光は今も私たちを守り続けています。
――――――――
最後まで読んでも、クロエちゃんが言っていた結末はどこにもなかった。
「……やっぱりない」
「何が?」
「クロエちゃんが言ってたのよ。最後には死の神と生の女神が、もう一度一緒になるって」
女神は死神を裏切った。
女神は死神を守るために離れた。
光の神は世界を守るために二人を引き離した。
結末は違う……なのに、三冊とも一つだけ同じだった。死の神と生の女神は、最後には引き離されている。
「じゃあ……クロエちゃんは何を読んだの?」
「いや、俺も知らねーんだその話は、クロエしか知らねー話!」
「興味深い話だね。もしその話が本当であれば、私としては妬ける結末になってしまうがね」
「「「えっ?」」」
「ん?」
リオンのドストレートなキザ台詞に、後ろに控えていた執事まで目を丸くした。
ジェイド家は死の神、ベイン家は生の女神。
つまり最後に結ばれるのは――。
「なっ……!」
意味が繋がった途端、頬から耳まで一気に熱くなった。
恐る恐る隣を見ると、最悪なことにクロウもこちらを見ていた。
「なっ何よ!」
「何も言ってねーだろ!」
さっきまで神話の真相を追っていたはずなのに、急に死の神と女神が私たち二人にしか見えなくなってしまった。
「リオンッ!余計なこと言わないで!」
「私は感想を述べただけなのだが……」
そう言って優雅に紅茶を飲む十二歳が、一番腹立った。
「リオン、俺が書庫に入るのは差し支えあるのか?」
「いや……とくにないはずだが」
リオンは執事に目を向けると執事はなにも言わずお辞儀をしている。
「なら、頼めないか?調べたいことがある」
◇
クロウの発案で私たち三人はリオン家の書庫に向かうと、これまた広大な敷地内に膨大な量の本が整然と並べられていた。
「歴史関係はあちらだ」
リオンが手で指すとそちらへ向かった。
「やはり……そうか」
「と、いうと」
「主体が光なんだよ、うちにあるのは闇」
「意図して分けさせられているってことか………」
「ぬぬぬぬ、ちょっとちょっと……昨日まで大喧嘩していて、私を無視するとはいい度胸だわね」
「「おわ」」
ふたりは私を見てなにかに気づいて目を合わせているが、意図していることは伝わったようだった。
書庫でクロウとリオンは私に光、闇、そして生の関係性について説明してくれた。
死神は死者を、生の女神は生者を、光の神はその二つの世界を隔てる秩序を司っていたらしい。
「三権分立みたいなものか」
私は手をポンッと叩いて納得したが、この世界にない言葉なので、今度はこちらの言葉に二人が首を傾げてしまった。
(難しい世界だな……相変わらず)
本来なら交わることのない死と生。しかし死神と女神が結ばれたことで、その境界を越えて死者を蘇らせることができるようになった。そこで秩序を司る光の神が二人を引き離した――というのが三冊に共通している部分らしい。
ただ、それを女神の裏切りとするのか、世界を守るための正義とするのかは、三家によってまるで違っていた。
「しかし、これだと女神のことは何もわからないな……」
クロウはそう呟くと書庫を出ていってしまい、私とリオンもその後に続いた。
リオン家の長い廊下には、かつて聖戦で使われたという甲冑がいくつも飾られている。白銀の鎧には光を模した金の装飾が施され、大きな窓から差し込む陽を反射していた。
(明るいから怖くはない……けど、趣味悪いな)
ご先祖様が使った由緒正しいものなのだろうけど、こんなものがずらっと並んでいる廊下を夜中に歩けと言われたら絶対に嫌だ。
そんなことを考えながら甲冑の横を通り過ぎようとしたとき、すぐそばで金属の擦れる音がした。
「えっ?」
振り向いた瞬間、飾られていたはずの甲冑が剣を振り上げた。陽を反射した白銀の刃が真っ直ぐ私の首へ落ちてくる。
(さつき、動け!)
頭では叫んだ。けれど身体が間に合わない。
カキィィンッ!
「キャッ……!」
目の前で火花が弾け、剣が止まった。
いつの間に割り込んだのか、私の前にはクロウが立っている。咄嗟に突き出された右腕には剣が届いておらず、その腕に重なるように浮かび上がった大きなオレンジ色の腕が、振り下ろされた刃を掴んでいた。
炎のように輪郭を揺らめかせた腕はクロウのものではない。それでもクロウは立ち止まらず、そのまま甲冑の腹を蹴り飛ばした。
白銀の身体が剣を残して吹き飛び、壁へ激突する。
「シャーロン!」
「わっ!」
腕を引かれたと思った次の瞬間には身体が浮いていた。クロウに抱き上げられ、そのまま一気に甲冑から距離を取る。
「リオン! どういうことだっ!」
「わからない! こんな命令、誰も出していない!」
リオンの声から、いつもの余裕が消えていた。
そのとき、廊下の奥からガシャンと重い音が響いた。続いて反対側からも同じ音が重なり、壁際に並んでいた甲冑が次々とこちらへ顔を向ける。
「……嘘でしょ」
一体だけじゃない。軽く十体を超える甲冑が、まるで示し合わせたように剣を抜き始めた。
「誰か来い!」
リオンが声を張り上げる。しかし返事はなく、代わりに二体の甲冑が床を蹴った。
重そうな見た目からは想像できないほど速い。左右から迫った二本の剣を、クロウが私を抱えたまま後ろへ跳んでかわした。
その脇を白い光が駆け抜ける。
甲高い音とともに二本の剣が弾き飛ばされ、宙を舞った。
「リオン……?」
リオンの手には、柄から真っ白な光を伸ばした聖剣が握られていた。金属の刃ではなく、眩しい光そのものが細長い剣の形を作っている。
「話は後だ! まずここを出る!」
「俺に命令すんな!」
「ならシャーロンを置いて戦え!」
「ふざけんな!」
「なら走れ!」
「お前、あとで覚えてろよ!」
昨日まで本気で喧嘩していた二人が、今度は私を挟んで喧嘩しながら共闘している。
「こんなときまで喧嘩しないで! それとクロウ、私、自分で走れるから!」
「ダメだ!」
「なんでよ!」
「狙われてんのがお前だからだろ!」
言われて、思考が切り替わった。
そうだ。
最初の甲冑も、今襲ってきた二体も、クロウやリオンではなく私を狙っていた。偶然だと思うには、攻撃の向きがあまりにもはっきりしている。
「なんで私……?」
「考えるのはあとにしろ!」
クロウが走り出す。その直後、背後から剣を振りかぶった甲冑が迫った。
「クロウ、後ろ!」
クロウが振り返るより早く、肩の辺りからオレンジ色の光が溢れた。
クロウの身体に重なっていた何かの腕が大きく伸び、その先で光が湾曲して鎌の形を作る。振り抜かれた一撃が何体もの甲冑をまとめて薙ぎ払い、白銀の身体が壁へ叩きつけられた。
けれど、止まらない。
倒れた甲冑を乗り越えて、さらに奥から何体も向かってくる。
「まだ来る!」
「分かってる!」
左右から迫った剣をクロウが身を捻ってかわす。もう一本は避けきれないと思った瞬間、またオレンジ色の腕が現れて刃を横から掴み、甲冑ごと床へ叩きつけた。
激しい衝撃に床が揺れる。
クロウは私を守ろうとしている。
それは分かる。
でも、あのオレンジ色の何かは違う。
クロウが気づくより先に動き、彼の手が届かない場所から来る攻撃まで防いでいる。そして、さっきから反応しているのは――私へ向けられた剣ばかりだ。
「シャーロン! 前を見ろ!」
リオンの声で思考を切り、顔を上げた。
出口は見えている。けれどその前には三体の甲冑が並び、剣を構えて完全に道を塞いでいた。
「そのまま走れ!」
「おい、リオン!」
「止まるな!」
リオンが私たちを追い越して前へ出ると、三本の剣が一斉に振り下ろされた。
白い聖剣が一際強く輝く。
「退け!」
振り抜かれた剣から白い閃光が走り、三体の甲冑をまとめて吹き飛ばした。
「今だ!」
「言われなくても!」
クロウが開いた道へ飛び込む。
私はその胸に抱えられたまま後ろを振り返った。
吹き飛ばされた甲冑が、また起き上がろうとしている。その向こうでは、クロウの身体に重なったオレンジ色の何かが、炎のように輪郭を揺らしていた。
顔も身体も、はっきりとは見えない。
だけど、さっき読んだばかりだから分かる。
(……死神)
死者を司る神の力が、どうして私を守る?
今すぐ確かめたいことはいくつも浮かんだが、後ろから迫る金属音がそれを許してくれない。
私はクロウの肩越しに甲冑の位置を確認しながら、リオンへ叫んだ。
「まだ来てる! 右から二体!」
「分かった!」
リオンが振り返りざまに聖剣を構える。
再び白い光が廊下を照らした。




