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女神の詭弁  作者: 凛1129
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勧善懲悪


「それでは、本日のスピーチ実習を始めます。先にリオン君からお願いします」


「はい」


 リオンが選んだ題材は『秩序』だった。


 ライト家では幼い頃から、力を持つ者ほど自らを律しなければならないと教えられるらしい。強いことが偉いのではなく、その力を何のために使い、時には使わずにいられるか。それこそが、力を持つ者に必要な品位なのだという。


「腹が立ったから、気に入らなかったから、自分や家族を侮辱されたから。そのたびに力を振るっていては、その者は力に支配されているだけです」


 リオンは最後に、パラディンが受け継いできたものは光の力だけではなく、それを人々のために使う責任でもあると語り、ライト家の人間として力を持たない者を守れる人間になりたいと締めくくった。


 教室中から大きな拍手が起こる。


 いや、立派だわ〜。十二歳でこんなこと言われたら、二十五歳の私でも「おっしゃる通りです」としか言えない。


「では続いて、シャーロンさん」


「はい」


 リオンと入れ替わり、私は一週間かけて集めた資料を壇上へ置いた。


「私が今日お話ししたいのは、『生』についてです」


 流石に緊張するな〜スピーチは初めてじゃないけど何年ぶりだ?

 教室を見渡し、一度息を整える。


「みんなは、自分がどこの家に生まれるかを選べますか?貴族に生まれるか、平民に生まれるか。パラディンの家に生まれるか、ネクロマンサーの家に生まれるか。そんなもの、生まれる前の自分には選べませんよね」


 当然、私も選んでいない。

 こっちは気づいたら十二歳の美少女になっていただけである。


「なのに、ある家に生まれただけで、怖い、危ない、関わらないほうがいいと言われる人がいます」


「……それって」


「しっ」


 教室のどこかから小さな声が漏れた。どうやら、もう誰のことを話しているのか気づいた子がいるらしい。


「もちろん、本当に危ないことをした人まで庇うつもりはありません。悪いことをしたなら、その行為について責任を取るべきです」


 検事だった私としては、そこをごちゃ混ぜにする気はない。


「でも、その人が悪いことをしたから、その人と同じ家に生まれた人も危ない。昔その一族が悪いことをしたから、今そこに生きている人まで信用できない。それは別の話だと私は思います」


 親から聞いたから。昔からそうだから。みんながそう言っているから。


 それだけで相手を知ったつもりになるのは簡単だ。


 私だって、この世界へ来たばかりの頃は何も知らなかった。ネクロマンサーという言葉を聞いて、なんとなく死体を操う不気味な人たちなのだろうと思っていたくらいだ。


「この一週間、私は色々なことを調べました。でも、分からないこともたくさんありました」


 昔の記録が正しいのか、お祖父さんから聞いた話が正しいのか、今の私にはまだ判断できない。


 だからこそ、知っているつもりになるのは怖い。


「知らないことと、なかったことは違います。それに、生まれた場所がその人の全部でもありません」


 私は教室の一番後ろ、窓際の席へ目を向けた。


 クロウは椅子を三つ並べ、枕をキチンと置き、布団まで掛けてスヤスヤと寝ているのが、ガチでムカつくが、いまさらである。


「どこに生まれたかではなく、その人が今、どう生きているのか。私は、その人自身を見て決めたいと思います」


 頭を下げると、教室の中に拍手とざわめきが同時に起こった。うーん……十二歳のスピーチにしては、ちょっと重かったか?


「先生、少しよろしいですか」


 声を上げたのはリオンだった。

 先生から許可をもらうと、再び壇上の中央へ立つ。


「シャーロンの言う通り、生まれだけで人を決めつけるべきではない。僕もそれには賛成だ……シャーロン、まずは感服した、また横やりを入れるような形になった非礼は詫びよう」


 リオンはそう言うとひざまずき手の甲にくちびるを置いた。

 いちいち大袈裟な世界観!


「ただ、代々パラディンの一族がこの国を守り、統べてきたことには理由がある」


 光の一族は強大な力を持つからこそ、それを律し、人々を守る責任を負ってきた。リオンはそう話すと、窓の外へ片手を向けた。


 白い光が一筋走り、校庭の遥か向こうに立っていた大木が、幹の途中からズレるように倒れた。


「この程度の力なら、僕にも使える。パラディンに力がないのではない。必要がないから、人に向けて使わないだけです」


 爽やかな顔して、とんでもないもの隠し持ってるじゃん。

 だが、言っていることは正論だった。


「力を持つ者と持たない者がいる以上、全てを同じだと言ってしまうことも、僕は違うと思う」


 リオンが、実際に強い力を持つ者から被害を受けた人もいれば、その力によって助けられた人もいるのではないかと問いかけると、教室のあちこちから声が上がった。


「うちの父さんも、昔パラディンに助けられたって言ってた」


「僕のところもだよ」


 うっ……強い。

 こっちは一週間かけて資料と睨めっこしてきたのに、実体験まで出されると簡単には反論できない。


「だから僕は、力と品位を持つ者が人々を守ることまで差別だとは思いません。それは僕たちが果たすべき使命です」


 そこまで言うと、リオンは私へ向き直った。


「それにシャーロン。最近の君が彼のことを気にかけているのは分かっている。でも、それは一時の迷いだと思っている」


「……はっ?」


 待て。

 なんで今の話から、そうなる?


「君はベイン家の人間だ。努力も品位もある。僕は、君にはそれに相応しい者と付き合ってほしい」


 なんか急に私の話になったぞ?


 リオンはそんな私の戸惑いなどお構いなしに手を取り、王子様みたいな笑顔を向けてきた。


「僕が勝ったら、次の休日、僕のティーパーティーに来てくれないか?」


「……何に勝つの?」


 リオンは答える代わりに、教室の一番うしろへ視線を向けた。


「クロウ・ジェイド」


 窓の外を眺めていたクロウが、面倒そうに顔を向ける。


「シャーロンが突然変わったことに、君が関わっているんじゃないか? 以前から彼女に近づく機会を狙っていたとしか思えない」


「はあ?」


 いや、その件に関しては当たってる!


 当たってるけど、そういう意味じゃない!


「放課後、僕と勝負しろ。僕が勝ったら――もう二度とシャーロンへ近づくな」


 リオンが言い切ると、生徒たちがざわめき、クロウへと視線が集まった。


 クロウはゆっくり布団から手を出し、中指を立てて不敵な笑みを浮かべた。


 いーや、それっ!

 それするから、みんなに敬遠されるんだってば!


 ◇


 放課後の校庭には、全校生徒が集まっているんじゃないかと思うほどの人だかりができていた。生徒だけではなく、先生まで何人もいる。


 日本なら決闘罪なんてものがあるが、どうやらこの世界線にはないらしい。とはいえ、昼間にリオンが大木を一撃で切り倒している。さすがに殺し合いまで認めるほど学校側もイカれてはいないらしく、危険な攻撃は禁止という条件付きで勝負の許可が下りた。


 私は少し責任を感じていた。喧嘩の勝ち負けなんて正直どうでもいいが、周囲の反応を見ていると、これは単なる子どもの喧嘩では済まない気がする。


「リオン様、やっちゃえー!」


「ネクロマンサーなんかに負けるな!」


 普段は大人しく見える子たちまで、リオンには声援を送り、クロウには平然と野次を飛ばしている。これじゃ分かりやすい勧善懲悪の公開処刑じゃないか。


 さっき私があれだけ喋ったの、なんだったんだよ。

 やっぱり、根っこにはまだ残ってるんだ。


「こんなこと止めなきゃ!」


 こんな時くらい、ベイン家の名前を使ってでも、続けるのはおかしいと説明しなきゃいけない。生徒たちの間をぬって二人のほうへ向かうと、それを見た生徒たちがさらに盛り上がった。


「ヒロイン自らジャッジするのか?」


「今回のヒロインが現れたぞー!」


 いやいや、ちげーし!

 逆に盛り上がってんじゃなーーい!


 もう私一人が何か言ったところで止まりそうな空気ではなく、校庭は興奮と熱気に包まれていた。


「さつき、下がってろ。流石に危ねえ」


 ……今、さつきって言った?


「うわぁ!?」


 考える暇もなく身体がフワッと浮き上がり、そのまま何かに抱えられるようにして場外へ運ばれた。


 死神?


 姿は見えないが、クロウがやったことだけは分かる。


「クロウ。お前ができるかどうかは知らんが、正々堂々と戦おう。さすれば試合後の皆の見方も少しは変わるだろう」


 リオンが真っ直ぐクロウを見据える。


 対するクロウは耳に指を突っ込みながら、面倒くさそうに近づいていった。


「さあ? 別にそれほど、お友達が欲しいと思ったことねーからな。パラディンさん?」


 そのまま耳をほじった指を、リオンへ向けてフッと吹く。


「きっ……貴様――」


 リオンが怒鳴りかけたところで、声が止まった。


「……うっ?」


 クロウはもう興味を失ったように背を向け、そのまま場外へ歩いていく。


「おう? 逃げんのかよー! ネクロマンサー!」


「いつも偉そうにふんぞり返ってるくせに、パラディン様にはお手上げか?」


 校庭中から野次が飛んだが、おかしい。

 リオンが追わず、さっきから同じ場所に立ったまま、指一本動かしていない。


 やがてその異変に一人、また一人と気づき始め、あれだけ騒がしかった校庭から声が消えていった。


「まて……何を……した?」


 リオンは辛うじて首だけをクロウへ向けた。


 クロウは答えず、そのまま私の前まで来ると、また身体をフワッと浮かせた。


「うわぁ!」


「「「おおおおおお?」」」


 校庭のあちこちから声が上がる。


「ちょっ……なにを――」


 落ちる――と思った時には、背中と膝の裏にクロウの腕が回っていた。


(こ、これは! お姫様抱っこだと――)


 いやいやいや! 全校生徒が見てるから! なんでよりによってこの運び方なのよ!

 

「リオン! 賭けはティーパーティーだったな?」


「ま……て……」


「クハハハッ、遠慮なくもらってくぜ? パラディン」


 リオンはそれだけ聞くと、力尽きるように校庭へ倒れた。


 校庭は大いに湧き上がり、どうしていいか分からなくなった私は、結局、クロウのローブをぎゅっと掴んで俯いているしかできなかった。


 ◇


【ジェイドの館】


 殺風景なリビングルームには独特な香の匂いが漂い、薄っすらと差し込む外の光の中に、小さなテーブルに緑茶が置かれている。


「おにーちゃん! これ美味しいね!」


 クロエちゃんは口元を少し汚しながら、お菓子を、口いっぱいに入れて、もぐもぐと嬉しそうに食べていた。


「ゾゾッゾゾゾゾゾッ――」


 お祖父様は静かにお茶をすすり、「ホッ」と一息ついている。


 その隣では、クロウが行儀悪く足をテーブルへ乗せたまま本を読んでいた。


 私はそんな三人をしばらく眺めたあと、とうとう我慢できずに叫んだ。


「こ、この、どこがティーパーティーなんじゃーい!」

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