生意気なクソガキ事情
「そ、そんな……」
「もう知ってると思うから言っちゃうけど、お兄ちゃんの力を使う時って、代わりに死ぬ人がいるでしょ?」
ネクロマンサーの家系って、そんな恐ろしいことを小学生なのに平然と言うなあ……。
「私が事故で死んじゃった時、お兄ちゃん、代わりの人を用意しないで私を生き返らせちゃったの」
そこまで普通に話していたクロエちゃんの声が、急に小さくなった。
「そしたら……私の一番好きだった身近な人……お母さんが……死んじゃった」
「もう、いいよ……話さなくて」
私はクロエちゃんをそっと抱きしめた。この子の涙を隠すつもりだったのに、先に涙が出たのは私のほうだった。
深くは聞けない。ただ、蘇生術には犠牲者が出る。
それ以上は、私がまだ聞ける勇気を持てないのかもしれない。自分の疑問を抑えつけるように、クロエちゃんを抱きしめた。
昨日までなら、クロウは屋根から飛び降りて人を驚かせた挙げ句、逆さまのままキスしてくる生意気なクソガキで済んでいた。
でも、クロエちゃんの話を聞いたあとでは、それだけで片づける気にはなれなかった。
◇
「おや、こりゃあベインところの娘さん、どうも」
クロウのお祖父ちゃんに寝てしまったクロエちゃんを預けると、軽くお辞儀をされた。
相変わらず不気味な館に身震いしたが、今日はこのまま帰る気にはなれなかった。
クロエちゃんから聞いたことも、学校で調べたクロウのことも分からないことが多すぎるし、昨日のあれだってそうだ。
いきなり屋根から飛び降りたと思ったら、逆さまのままキスして「バーカ」。
あれは一体なんだったんだ。
本人に聞けば早いのだろうけど、『なんで私にキスしたの?』なんて、恋愛経験ゼロの私には難易度が高すぎる。
そんなことを考えているのが顔に出ていたのか、お祖父さんは背を向けたまま「よかったら茶でも飲んでいきますか」と誘ってくれた。
◇
お祖父さんが淹れてくれたお茶に口をつけたものの、聞きたいことが多すぎて味なんて分からない。
「あの……クロエちゃんから、お母様のことを聞きました。クロウは、どうして人を生き返らせられるんですか?」
「それが分かれば、私も苦労はしないんですがね」
ジェイド家は古くから続くネクロマンサーの家系だが、死者を完全に蘇生させることができた者は、お祖父さんの知る限りクロウしかいないという。
当然、死者の身体にまったく別の人間の魂が入ってしまったことも初めてだった。
「ただ……あの子が何を調べているのかは知っていますよ」
「クロエちゃんから聞きました。霊魂を元に戻す方法ですよね?」
「それだけではありません。あなたの魂を傷つけず、元の場所へ戻す方法です。シャーロンの魂だけを戻すのであれば、あの子もここまで慎重にはならなかったでしょう」
「……私を?」
思いがけない答えに、カップを持つ手が止まった。
私を元の世界へ戻すだけではなく、その途中で私の魂を傷つけない方法まで調べている。そこまで気にかけてもらう理由が、私にはまだよく分からなかった。
「クロウとシャーロンって、昔は仲が良かったんですか?」
何か理由があるとすれば、それくらいしか思いつかない。
しかし、お祖父さんはゆっくり首を横に振った。
「恐らく、そのようなことはないでしょう。我々はネクロマンサーなのですから」
「……それ、関係あるんですか?」
私が何も知らないと分かると、お祖父さんは少し考えてから口を開いた。
「パラディンとネクロマンサーが、昔から仲が悪いことくらいは知っていますかな?」
「……いえ、全然」
「そうですか。まあ、今の子どもたちには、わざわざ教えるようなことでもありませんからな」
光を扱うパラディンと、死者を扱うネクロマンサー。
遥か昔、両者の間には何度も争いがあり、最後には世界を巻き込むほどの大きな聖戦になった。そして敗れたのはネクロマンサーだった。
「もっとも、ワシらに伝わっている話と、世間で語られている話が、まったく同じとは限りませんがね」
「どういうことですか?」
「さて。何百年も昔のことです。ワシにも、どちらが本当かなんて分かりませんよ。ただ一つ確かなのは、負けた側には自分たちの歴史を残す余裕などなかった、ということです」
「……あ」
「生き残るだけで精一杯だったそうですからな」
敗れたネクロマンサーは大勢殺され、聖戦が終わったあとも迫害は続いた。生き残った者たちはまともな職に就くことすら許されず、それが変わり始めたのは、ほんの百年ほど前のことらしい。
「今ではネクロマンサーも学校へ通い、仕事を持ち、普通に暮らすことができます。ただし――法律の上では、ね」
制度が変わったからといって、人間の頭の中まで百年できれいさっぱり入れ替わるわけじゃない。
『ジェイド家は貴族でもないし、死んだ人を操る変な家だから』
『兄妹揃って死体と遊んでんじゃねーの?』
今日、教室で聞いた言葉が頭に浮かんだ。
単に小学生がクロウを嫌って言っていた悪口だと思っていた。
でも、その言葉の根っこが何百年も前まで続いているのだとしたら、クロウが妹のことを言われてあれほど怒った理由も少し違って見える。
「ちなみに、その聖戦でネクロマンサーと戦ったパラディンの家って……」
「ベイン家もその一つですよ。ライト家もそうですな。あちらは今でもパラディンの名門として有名でしょう」
「うちも……リオンも?」
もちろん何百年も昔のことであり、お祖父さんも私たちに先祖の罪があると言っているわけではない。
ただ、その歴史を知って育った十二歳のクロウにとっては、そう簡単に割り切れるものでもなかったらしい。
「シャーロンさん。あなたに言うのは失礼だが、あの子はあなたを敵として見ていた」
「……聞いていて、なんとなく分かりました」
パラディンの名家であるベイン家の娘が、毎日のようにやって来てはローブが気持ち悪い、無愛想だ、近づくなと騒ぐ。
シャーロン本人は好きな子へちょっかいを出していたつもりでも、クロウからすれば、自分たちを嫌ってきたパラディンと何も変わらないように見えていたのだろう。
事情を知ったあとでは、同じ行動でもまるで意味が違って見える。
「でも私……って言ったら変に聞こえるかもしれないですけど、今日シャーロンのことを調べたんです。あの子、クロウのことが嫌いだったというより、子どもの『好きの裏返し』だったんじゃないかって」
「ワシも、そうだったのではないかと思っていますよ。学校の先生から、毎日のようにクロウへ突っかかっているとは聞いていましたからな」
そしてシャーロンは、自分が不治の病にかかっていることも知っていた。
「ただ、不思議なものですな」
「何がですか?」
「以前のあなたには近づかれるだけでも嫌そうにしていた孫が、今では自分から関わっている」
昨日、逆さまに落ちてきたクロウの顔が頭に浮かび、ついでにくちびるへ触れた感触まで戻ってきた。
「まあ、年頃の子どもの考えることなど、ワシには分かりませんがね」
いや、私にも分からん。
分からないから困っているのだ。
何であの子、私にキスしたの!?
◇
翌日、授業が終わると先生に呼び止められた。
「シャーロンさん。来週のスピーチ実習ですが、今回はあなたとリオン君にお願いします」
「……はい?」
なんすか、それ。
病み上がりで一週間も休んでいた児童を、復帰早々みんなの前に立たせます?
労働者なら労基に駆け込みたいところだが、残念ながら私は十二歳の小学生である。
「テーマは自由です。一週間ありますから、自分が今みんなに伝えたいと思うことを考えてください」
みんなに伝えたいことねぇ……。
◇
元々、勉強そのものは嫌いじゃない。検事になるまでだって、才能だけでどうにかなったわけじゃない。むしろ私は、分からないことがあれば分かるまで調べないと気が済まない性格だった。
そして今、分からないことだらけだった。
クロウがどうしてあれほど周囲から避けられているのか。ネクロマンサーというだけで、なぜ死体を弄ぶような人間だと思われるのか。妹を侮辱されたクロウが、どうしてあそこまで激しく怒ったのか。
クロエちゃんとお祖父さんから話を聞かなければ、私はきっと「乱暴で危なっかしいクソガキ」で片づけていた。
でも、一度知ってしまった以上、それでは済ませられない。
検事だった頃だってそうだった。目の前にある一つの事実だけを拾って、都合よく人間を決めつけるような仕事はしてこなかった。
学院の図書館へ通い、パラディンとネクロマンサーの聖戦から始まり、戦後に作られた法律、ネクロマンサーに課された職業制限、それが撤廃されるまでの経緯まで片っ端から調べた。
現在のネクロマンサーの力を使った仕事の多くは降霊であり、死者から遺言や財産分与の意思を確認するようなものだった。死者を操って戦闘を行う者など今はいないし、ましてやクロウのように死神を扱う者については、文献すら見つからない。
ところが、調べれば調べるほど妙なことに気づいた。
聖戦についての記録はいくらでもある。秩序を大義名分にパラディンがネクロマンサーを破り、世界に平和を取り戻したという話だ。
その一方で、敗れたネクロマンサーがその後どう扱われたのかについては、驚くほど記録が少ない。
職業を制限した法律と、それを撤廃した法律は残っている。
なのに、なぜそんな法律が必要だったのか。誰がどんな扱いを受けていたのか。どうして百年ほど前になって、ようやく変わったのか。
肝心なところになると、途端に記録が曖昧になる。
お祖父さんの言葉が頭をよぎった。
『負けた側には、自分たちの歴史を残す余裕などなかった』
そして、生まれてまだ二週間程度の私ですら、記録には残っていないものをすでに見ている。
『兄妹揃って死体と遊んでんじゃねーの?』
あのときクロウが怒った理由を、私はもう「乱暴な子だから」の一言では片づけられなくなっていた。
だったら、私がスピーチで話したいことはもう決まった。
◇
一週間後、私は調べているうちに分厚くなってしまった資料を抱え、リオンと二人で壇上に立っていた。
クロウのことを調べ始めただけなのに、小学生のスピーチで背負うには歴史まで重くなりすぎたんじゃないか、これ?




