事情聴取
「おにいちゃん!」
後ろから大きな声が聞こえて振り向くと、小さな女の子が一人、腰に手をあてて立っていた。
茶色のローブに身を包んだその姿は、クロウの関係者だと予想がつくほど独特な出で立ちだったが、何よりもこっちはクロウと違い小さくて可愛いらしい。
「うっさいなぁ〜。クロエこそもうすぐ授業始まるだろ? 早く戻らないと……ほらっ」
さっきまで偉そうにしていたクロウは、突然優しいお兄さんに戻り、怒っているクロエちゃんをなだめている。
「あれっ! シャーロンさんじゃないですか。もうお体大丈夫ですか?」
「ええ? アタシ? 大丈夫、大丈夫……アハハ」
「お兄ちゃんの術もたまに失敗してポックリ……なんて人もいるから気をつけてくださいね」
クロエちゃんは純真無垢な笑顔で恐ろしいことを平然と言っている。
そりゃ完全に成功しますなんて聞いてないものね。世の中百パーセントなんてないわけだし……。
「あれはブラウンが悪いんだよ。生き返らせてやったのに無茶して脳の血管が吹き出したんだろ? 俺のせいじゃねーって」
「でもお兄ちゃん、シャーロンさんが生き返ってから、ずーっと変なこと調べてるじゃん」
「クロエ!」
クロウが珍しく大きな声を出した。
クロエちゃんは何を怒られたのか分かっていないらしく、抜けた前歯を見せながらキョトンとしている。
「だって本当じゃん。『霊魂の誤帰還』とか『異なる魂が定着した場合の分離方法』とか、お祖父ちゃんの部屋から昔の難しい本まで全部引っ張り出して。一週間ずっと調べてるでしょ?」
……異なる魂。私のこと?
「しかも昨日、猫に別の霊魂入れようとして、お祖父ちゃんに怒られて――」
「もういいって! ほらっ、お前、授業始まるぞ!」
「あっ、ほんとだ!」
クロエちゃんは「じゃあね、シャーロンさん!」と元気よく手を振り、そのまま校舎へ走っていった。
残されたクロウは、私から顔を逸らしたまま何も言わない。
この一週間、元の世界へ戻れるのか、検事の仕事はどうなっているのか、聖人さんはどうしているのか――考えなければならないことはいくらでもあった。
その中で、どうでもいいはずなのに何度も思い出してしまったのが、あのファーストキスだった。
その当の本人は、私がそんなことで悶々としている間も、ずっと私を元に戻す方法を調べていたらしい。
「あの……ありがと」
「まだ何も分かってねーよ」
クロウはローブのフードを深く被った。
分かりやすっ。
「なんだよ」
「いや、別に……アハッ」
「気持ちわりー笑い方すんな」
そう言い残して、クロウは私に背中を向けて校門のほうへ歩いていく。
『元いた所に返してあげられるかはわかんねーけど、俺も調べられるだけ調べといてやるよ』
そういえばあの日、確かに言っていた。
帰れるかもしれない。
検事に戻れるかもしれない。
聖人さんに、あの日の続きを聞けるかもしれない。
私にとっては、それが一番大事なはずなのに。
……なんか、ごめん。
◇
教室へ戻ると、さっきまでの騒ぎが嘘のように授業の準備が始まっていた。
「ジェイド、また帰ったのかよ」
「先生に怒られたからじゃね?」
「妹の悪口くらいで死神出すほうがおかしいだろ。あいつ、いつか本当に誰か殺すんじゃない?」
クロウがいなくなった途端、あちこちから好き放題に言い始める。
まあ、言いたいことは分かる。
私だって目の前でクラスメイトの首を締められるだけならまだしも、宙に浮いていたらビビるわ。友達になりたいかと聞かれて即答できる自信はない。
「その辺にしておけ!」
騒いでいたクラスメイトたちが一斉に黙った。
「クロウのしたことが正しいとは思わない。だが、本人のいないところで悪く言うのは品位に欠ける。自らの品格を落としてまですることではないはずだが、そうは思わんか」
「……まあ、そうだな」
さっきまでクロウを悪く言っていた男の子たちが、素直に引き下がっていく。
「さすがリオン様……」
「やっぱり素敵……」
今度は女の子たちから黄色い声が漏れ始めた。
男子からは信頼され、女子からはキャーキャー言われる。
女子の話をまとめると、代々聖騎士パラディンを輩出してきたライト家の御曹司ともなると、小学生の時点でもう人間が出来上がっているらしい。
そりゃモテるわ。
私も二十五年間、こんな男の一人くらい身近にいてくれたら、恋人いない歴=年齢なんて立派な記録を樹立せずに済んだかもしれない。
……いや、待て。
ふと、窓際の一番うしろにある空っぽの席を見た。
陰口はなくなった。
リオンの言っていることも正しい。
これで教室はめでたし、めでたし――。
……なのか?明日クロウが学校へ来ても、たぶんあの席の周りには誰もいないぞ。
さっきまで私は、クロウが一人なのは元のシャーロンが女の子たちを追い払っていたせいだと思っていた。でも、それだけじゃなさそうだ。
妹を馬鹿にされれば死神で首を締める。
みんなから怖がられても気にした様子もない。
そのくせ、頼まれたわけでもない私のために、一週間も元に戻す方法を調べている。
……なんなのよ、あの子は。
乱暴で、生意気で、何を考えているのかさっぱり分からない。
なのに私を元の世界へ戻すためのことだけは、誰にも言わずに調べ続けている。
分からないものを分からないまま放っておくのは、昔から嫌いだった。
フッフッフ。
ならば、かつて鳥取地方検察の女鬼検事(自称)と呼ばれた富永さつきの【事情聴取】ってものを見せてやろうじゃないの。
◇
「えっ? クロウ? よくわかんねーけど昔から暴力的だったと思うよ? ……多分」
「事実なの!? 君の想像なの!? どっちなの!」
「ひっ……シャーロン、怖えぇって!」
放課後、私はクロウについて知っていそうな男子を片っ端から捕まえて事情聴取を開始した。
ところが、誰に聞いても最初に返ってくるのは決まっている。
『シャーロンのほうが詳しいだろ? 昔から同じクラスなんだから』
知るか! そのシャーロンの記憶がないから聞いてんだよ!
もちろん、そんなことを言えるはずもないので、「今聞いているのは私だ!」とゴリ押して証言を集めていった。
話をまとめると、クロウが本格的に避けられるようになったのは一年生の終わり頃らしい。
ちょうどクロウのお母さんが亡くなった頃、授業参観にお祖父さんが来たことを男の子にからかわれ、クロウはその子を死神の力で黒板まで吹き飛ばした。
当時六、七歳の子どもたちの記憶なので細かいところはかなり怪しい。ただ、《母親が亡くなった》《祖父をからかわれた》《クロウがブチ切れた》という三点だけは、誰に聞いてもほぼ一致していた。
今日も妹を馬鹿にされて死神で首を締めていたし、家族のことになると見境がなくなるのは昔かららしい。
そりゃ、一年生でそんなもの見せられたらトラウマ級だわな。それ以来、クロウにわざわざ近づく子はほとんどいなくなった。
シャーロン・ベイン一人を除いて。
いや、私じゃないけど。
みんながクロウを避けるようになったあとも、シャーロンだけは何かにつけてクロウのところへ行っていたらしい。
『あなた、そのローブにセンスが感じられないわ。明日からホワイトカラーに変更しなさい?』
『無愛想だから明日からは笑顔で登校しなさい。今年の運気を逃すわよ?』
……なんだこれ。
お昼に出てくる占いコメンテーターか。
しかも六年生になってからは、クラスのみんなに「クロウには近づかないほうがいい」と言いながら、自分だけは相変わらずクロウのところへ行って悪態をついていたという。
恋人いない歴=年齢の私が言うのもなんだが――。
シャーロンさん。
あんた、もしかしてクロウのこと好きだった?
クロウの素行を調べていたはずなのに、気づけば元の身体の持ち主にまで疑惑が浮上していた。
◇
事情聴取を終えて校門へ向かっていると、少し先にクロエちゃんを見つけた。
手を振ると向こうも気づき、茶色いローブを揺らしながら走ってくる。
「クロエちゃん、今帰り? ちょっと遅くなっちゃったね〜」
「うん、先生に色々頼まれちゃって。シャーロンさんは?」
「ん、ああ、私も似たようなもんよ、アハハ」
まさかクラスメイト締め上げて【事情聴取】してましたなんて言えないよ〜。
取りあえず令和まで生きてた元公務員!
児童の安心安全のため、校門の外に停めてあった馬車にクロエちゃんも乗せ、ジェイド家まで送り届けることにした。
「ほ〜んと。いきなり帰っちゃうから私もビックリしちゃったよぉ〜」
帰り 帰りの馬車でクロウの話をしていると、それまで元気に喋っていたクロエちゃんが急に黙った。
窓の外へ顔を向けたまま、流れていく景色をしばらく見つめている。
「どうしたの?」
クロエちゃんは少し迷ってから、私のほうへ向き直った。
「お兄ちゃんが、あんなふうになったのは……クロエのせいなんだ」
「クロエちゃんの?」
「うん」
膝の上に置かれた小さな手が、ローブの裾をぎゅっと握った。
「私を生き返らせるために、お母さんは死んだの」




