キスの種類
「なにー!?我がシャーロンから魅惑の小悪魔的要素が消えて、平凡なモブキャラになっただとー!?」
「いや、父上モブって……流石に傷つく……」
私は生き返り、シャーロンの家に戻って、一週間が経とうとしていた。
クロウの蘇生術で初日から目を覚ました私は、シャーロンの親からそりゃもうビックリされ、「話が違うぞ! 本当に大丈夫なのか!」とクロウのお祖父様にいちゃもんまでつけていたが、それも二日ほどで収まった。
何故なら、中身がさつきなので、もちろん大丈夫ではないからだ。可愛い愛娘を財産の二割もはたいて生き返らせたと思ったら、中身が二十五歳の検事になって帰ってきたのである。
もちろん、私がさつきであることは辛うじてバレていない。かなり怪しまれてはいるものの、こういうのは最後の最後まで「私、富永さつきです」と認めさえしなければいい。検事だった私が黙秘する被疑者側に回ったようなものだ。
とはいえシャーロンのご両親、お気持ちお察しします。
私も逆の立場なら返品したい。
そもそも死者が生き返ること自体が極秘中の極秘事項らしく、あれこれ騒いで外に漏れるほうがマズい。しかも病気で亡くなった娘が元気に歩いて喋って飯まで食っているとなれば、最終的には「まあ……生き返ったんだからいいか」という空気になった。
思ったより雑だわー、この世界線。
「お嬢様、周囲の目もございます。何卒、学び舎へご登校くださいますようお願い申し上げます」
「わかりました。以前も言いましたが心の整理がつかなかっただけです。善処いたしますので、下がってください」
ここの屋敷にいる執事にそう伝え、部屋から追い出した……
「マジで言葉遣いとかも大変……」
だーーー!そもそも行きたくねーーーっ!
本来なら、体調さえ戻れば学校へ行かなければならないらしいのだが、私はなんだかんだ難癖をつけて一週間休ませてもらっていた。
だって、クロウと同じクラスなんだもの♪
どんな顔して会えばいいのかわからないわ♪
というのも、この一週間、暇になるとどうしてもクロウとのキスを思い出してしまう。
なんといっても、私にとってはファーストキスなのだ。二十五年間、誰にも許してこなかったくちびるを、まさか死んだ直後、子どもに奪われるとは思いもしなかった。
そりゃあとんでもない美少年ではあったけど……。
もちろん、あれはキスではない。蘇生術の一環であり、本人に恋愛感情なんて一切ない。故意も悪意もなく、むしろ私を生き返らせるために必要な行為だったのだから、検事として考えればどうしたって責めようがない。
それより本当に考えなければならないのは、元の世界へ戻る方法だ。
二十五年かけて、ようやく座った検事の椅子。
あんなところで撃たれて終わりなんて、冗談じゃない。
それに聖人さんだってそうだ。
『今度の日曜――』
結局、あの続きすら聞けなかった。
仕事では出世街道を走っていて、私生活では恋人いない歴=年齢だった私にも、ようやく春が来るかもしれなかったのだ。
それが今では十二歳の小学生。
……落差がすごい。
帰れるものなら帰りたい。
少なくとも今の私は、そう思っている。
ただ、私が裸、黒いローブを纏った少年、場所は死体の転がっている薄暗い部屋。
状況だけ切り取ったら、だいぶ事情を聞きたくなる案件だよ……。
そんなことは分かっているのに、二十五年間なんとなく大事に取っておいたファーストキスを、死んだ直後、見ず知らずの小学生に持っていかれたという事実だけは、どうにも頭から離れてくれず、ゴネまくっていたのだ。
◇
【王立アストリア学院初等部】
「お前、エストリアのこと、好きなんじゃねーの?」
「ち、違うよ、僕はただ――」
貴族の子どもを中心に集めた王立アストリア学院初等部は、家柄はもちろん、お金さえあれば入れるというわけでもない、いわゆる超エリート小学校らしい。
「あ、これラブレターじゃね? なになに?」
「やめろってば――!」
アハハー!エリートって言っても所詮は小学生。
こんなものだよねー。
教室の奥を見ると、クロウが窓際の一番うしろの席に座って外を眺めていた。相変わらず怪しげな黒いローブに包まれ、朝っぱらからネクロマンサー感をガンガンに出しているが、周りには誰もいない。
「クロウ、なんだかんだ言ったけど、まずはありがとう」
一応、生き返らせてもらったお礼を言うと、クロウは私を一度見ただけで、「ん、ああ」と返して窓の外へ視線を戻した。
はっ?それだけ?
こちとら一週間、あんたとのキスを思い出しては悶々として、どんな顔して会えばいいのか分からず学校まで休んだというのに、とんでもない塩対応とはどレほどじゃーい!
「シャーロン……?」
後ろから声をかけられて振り返ると、クラスメイトらしい女の子が二人、妙な顔をして私を見ていた。
「今……クロウと喋ってた?」
「喋ってたけど?」
どうやら、それだけでおかしいらしい。
話を聞いてみると、シャーロンは以前から「ジェイドとは関わらないほうがいい」と周囲に言い回っていたそうだ。貴族でもなく、死者を扱う気味の悪い家系。しかもクロウと話した女の子には腹を立て、隣に座ろうとした子や一緒に帰ろうとした子にまで文句を言っていたという。
おいおい、シャーロンさん。思ったより面倒くさい子だったぞ。
ただ、よくよく聞けば怒っていた相手はほとんど女の子で、クロウ本人にもローブが気持ち悪いだの、無愛想だのと、いちいち絡んでいたらしい。
あーね、これ嫌いだったんじゃない。
好きだったんだ。
好きな子にちょっかいを出して、他の女の子が近づけば追い払う。本人はそれで満足だったのかもしれないが、周りの小学生には《シャーロンはクロウが大嫌い》と伝わり、その結果が今の窓際一人ぼっちというわけか。
恋人いない歴=年齢の私が言うのもなんだが、恋愛のやり方、下手くそすぎるだろ。
「でも、ジェイドの妹も気味悪いよな。兄妹揃って死体と遊んでんじゃねーの?」
少し離れたところで男の子が笑うと、それまで窓の外を眺めていたクロウが無言でそちらへ視線を向けた。
「ぐっ……!」
突然男の子の身体が宙へ持ち上がり、見えない何かに首を締められたように両手で喉を掴んだ。足をばたつかせても床には届かず、教室中から悲鳴が上がる。
何が起きているのか、私にもまったく見えない。
ただ一人、クロウだけが椅子に座ったまま、その男の子をじっと見ていた。
「クロウくんっ!」
騒ぎを聞きつけた先生が教室へ飛び込んできた。
「死神を戻しなさい!」
死神?私には何も見えないが、先生には見えているのか?
クロウが視線を逸らすと、男の子は床へ落ち、激しく咳き込みながら喉を押さえた。
「学院内で死神を使ってはいけないと、何度言えば分かるんです」
「……妹のこと言ったから」
クロウはそれだけ言って、また窓の外を向いた。
……ああ、うん。
シャーロンだけのせいじゃない。こいつも相当だったわ。
「相変わらず、品性に欠ける男だな」
後ろを振り向くと、ライブ中のジャ○ーズかってほど真っ白な衣服に身を包み、長い金髪を後ろで束ねた美少年が立っていた。
「キャ、リオン様」
教室のあちこちから黄色い声が上がる。所謂、学園のアイドルなのだろう。確かにクロウに負けず劣らず端正な顔立ちで、立っているだけなのに妙に様になっている。
その学園アイドルが、何故か真っ直ぐ私のところへ歩いてきた。
「シャーロン」
「は、はい?」
私の前まで来たリオンは、ごく自然に私の手を取った。
わっ……わわ、近い近い近い!
しかも手! なんで握ってんの!?
クロウとのキスが頭をよぎり、反射的に目をギュッとつぶると、リオンはそんな私の耳元へ顔を寄せた。
「君には、あんな男は似合わないよ」
「えっ……?」
「君はもっと品位のある者に、大切にされるべきだ」
そう囁くと、リオンは私の手の甲へ軽くくちびるを落とした。
ぬおおおおお!貴族の挨拶!
なにこの子!?
小学生にして女の扱いが完成してるんですけど!?
ガタンッ――
クロウが席を立ち、ゆっくりと教室のドアに歩いてくとクラスメイトは恐ろしいものを見るかのように割れていった。「クロウくん、待ちなさい」と先生の静止にも「体調悪いんで帰りま〜す」と言って出ていってしまった。
一連の流れから、過去のシャーロンが行ったヤキモチ的な対応がクロウを居づらくさせてしまったのかもしれない。
追いかけて行こうとすると、先生に止められた。
「シャーロンさん、病み上がりでしょ、今日は大人しくしていなさい」
今日は……だと?
おいおいシャーロン、先生にも目をつけられるほど暴れていたのかよ。両親はクロウのお祖父様に難癖つけていたけど今のシャーロンのほうがマシかもしれんぞ……
私はクロウを追いかけて校舎を出たものの、どこにも姿がない。もう教室へ戻ろうかと校舎を見上げた時、屋根の端に黒い人影が立っているのが見える。
クロウだった。屋根の縁に立ったクロウは、私に気づいているのかいないのか、ゆっくりと空を見上げた。
はっ? まさかだよね……?
「ちょっ、ちょっと待って! 落ち着いて! アレくらいで何考えてんの!?」
私の声にクロウが下を向いた。
すると、何故か薄っすら笑って両手を広げた。
「いやいやいや! 待って待って! これからの人生――」
言い終わる前に、クロウの身体が屋根から消えた。
「うわああああ!」
真っ逆さまに落ちてくる姿に、私は思わず目を瞑った。
ところが、いつまで経っても何の音もしない。
「チュッ」
「ひゃっ!?」
くちびるに柔らかいものが触れ、慌てて目を開けると逆さまになったクロウの顔が、私の目の前にあった。
……また、くちびるを奪われた?
その顔を見た瞬間、一週間ずっと頭から追い出そうとしていたものが、よりによって今、鮮明に蘇ってくる。
――あの時の、くちびる。
今度は、不可抗力ではない。
ちょっ……待って。
なんでまたキスされてんの、私!?
たまらず顔を背けると、銀色の髪を逆さに垂らしたクロウが、ニヤッと笑った。
「バーカ」
「へっ?」
「なーんで俺が死ななきゃなんねーんだよ」
こ、このクソガキ……!
クロウの身体は、そのまま何事もなかったかのようにゆっくりと地面へ降りていった。




