05
「杏子、お風呂沸かしていい?」
「うん、お願い」
陽菜とレストランで別れて、杏子は城川蒼馬と同棲しているマンションに帰って来て、脱力感が体に広がって、ソファに座り込んだ。
「なあ、あの2人を一緒に帰らせてよかったのか?」
蒼馬がそれ言うかなとは、思う。そうであれば、別にタクシーを用意することぐらいするべきだったが、碓井紺来の顔色を窺って、結局、紺来に思惑通りに陽菜は連れ行かれた。それに、杏子も何もできなかった。タクシーに乗るときに、少し陽菜から距離をとらされていた気もした。
「うん、陽菜が心配だね。でも、なんで紺来くんいたの?」
蒼馬の返答は聞こえない。店に行くと、碓井紺来がいたことに驚いた。蒼馬からは何の連絡もなかったし、何でいるのかも陽菜の前で聞くタイミングがなかった。
「今日は杏子と食事するって、言っただよ。でも紺来が『来たい』っていうから」
「陽菜、大丈夫かな」
「ごめん。紺来の奴、陽菜ちゃんにいやらしさこととかしてないかな」
「そんなこと、勝手に想像しないでよ。まあ、紺来くんならやりそうだね」
陽菜を助けることができなかったことの罪悪感だけが残る。蒼馬は紺来に逆らえない。
「あと、結婚の話もできなかったしさ。」
「そうだよ」
また紺来に振り回され、杏子は不愉快な気持ちが渦巻いてしまった。毎回のように蒼馬は紺来に、いいように利用されている。いつも紺来にデートだと言っても、じゃあ俺も行くわと、2人のデートに平然とついて来る。その神経に意味の分からなさを感じている。
「ごめん」と蒼馬は杏子に手を合わせて、謝ってくる。
「でも、紺来くんのいるところで、結婚の話はしたくないから、また陽菜と2人の時に話すわ」
「そんなに紺来が苦手?」
「蒼馬って、凄いよね。私、紺来くんに言い寄られたことあるだよ」
「知ってる」
なんで、人の彼女に目をつける相手を蒼馬は許せるのか分からない。もっと大事にしてほしい。
「まあ、今日は確かに結婚の話をするには難しかったかもな。ごめん、紺来を連れてきてしまって、風呂入ってくるわ」
蒼馬はソファから立ち上がって、気まずくなったのかお風呂へと行ってしまった。そうえば、陽菜に連絡していなかった。「無事に帰れた?」とメッセージを送った。
もうすぐ、蒼馬と付き合って1年になる。10月の教員採用試験の合格発表の日、もし合格していたら、「結婚しよう」とプロポーズされていた。そして、見事、合格できた。
だから今日、来年の2月14日に籍をいれることを伝えるつもりだった。そのタイミングを完全に逃してしまった。
12時を過ぎて、陽菜から『変な人だね』と送られてきた。変なのは知っている。とりあえず「収穫は何もないの?」と危険な目に合ってないか気になって送ってみると、『ない』と返答が来てホッとした。
「杏子もお風呂入ったら」
蒼馬がお風呂から上がってきて言った。
「陽菜に何も危険なことなかったみたい。紺来くんの方から連絡はあった?」
「何もないよ。いつものことだろう」
そういえば、そうだ。どこか冷めたような蒼馬の言葉が杏子の心を満たしていく。それほど、仲のいい相手ではないことがわかる。紺来は都合のいいときにしか利用してこない相手なのだろう。




