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ルシアンの物見遊山 II【毎日更新/21:20】  作者: フジイさんち
特別のその日

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【まだ遠いもの】


宿カルネティアから、旅宿通りを歩いて数分。

西部広場に建つ冒険者ギルドは、……今日は穏やかであった。


大きな街の、大きなギルド。そこを出入りする冒険者たちも、何も毎日ひっきりなしに依頼に奔走しているわけではない。

ごくたまには、ギルドが閑散とする日もあった。



ふたりがギルドに足を踏み入れても過度な視線は集まらず、知った顔の職員や無哭を知る冒険者たちが数人いる程度。

昨日の黒馬の件はまだ調査が続いているようではあったが、もうバタバタとした慌ただしさもない。


「おはようございます」


――ぺこり、と丁寧に頭を下げる受付嬢に、ルシアンも一つだけ、柔和な笑みを返す。


「おはようございます。書庫、もう開いているでしょうか?」

「はい、先ほど係員が出勤いたしましたので、ごゆっくりどうぞ」


その応対は、まだわずかに緊張の名残を孕みつつも、やはりどこか丁寧だ。

ルシアンも小さく頷きを返し、後ろのガルドを振り返る。


「じゃあ、書庫を見てくるよ。また昼頃に迎えに来てくれるのかい?」

「ああ」

「そう、じゃあ、後でね」



言葉少なに約束を取り付け、二つの影がギルドホールで分かれる。

ルシアンは階段を伝い、二階の大型書庫へ。ガルドは踵を返して大扉を押し開け、また外の通りへと消えていった。




「……なんかよ……送り迎え、つーか……」


それぞれに去っていくふたりの様子を見ていた冒険者たちが、ぼそりと呟く。

さも当然のような過保護。見ようによっては、囲い込み、……牽制……。


「わかる……無哭が独り歩きを許してねぇのか……?」

「えっ、無紋が従えさせてんじゃねぇか……?」


――穏やかで、暇なギルド。静かな食堂兼酒場。のんびりと時間を潰す面々。

依頼にも出かけず暇な傍観者たちが、勝手気ままに憶測を巡らせはじめる。


「……どっちが主導権握ってんだっけ……?」

「どっちが……無紋ってランク何だっけ……」

「いやどう考えても強いのは無哭のほうだろ……ありゃ無紋がなんか……弱みとか握ってんのか」


鬼の居ぬ間になんとやら、好き好きにそんな囁きが交差する。

カウンター裏で帳面を開いていた書記官の一人も、ぽつりと隣の職員に零した。


「……どっちでもいいけど、あのふたりが居ると、妙に空気が凪ぐんだよな」

「そうね……圧……圧?じゃないわね、格……かしら」


掲示板前で依頼を吟味していたパーティーも、結局めぼしいものがなくて、噂の波に乗る。


「しかし無哭と無紋って通り名も大概じゃね?」

「わはは、確かに」


「ばかやめろって、ぶっ飛ばされんぞ」

「いや無哭意外と話できるぜ」

「嘘つけぇ」



そんなふうに、名もない暇人たちは、今日もくだらない話題で時間をつぶしていく。

話題は流れるように近辺の物流の話に行き、どこそこの魚がうまいだとか、あの酒場の女が美人だとか、とりとめもない。

静かなギルドの朝。けれどその隙間には、確かにあのふたりの気配が残っていた。






――さて、昼前。


煮込みがいいという雇用主殿の望み通り、職人工房通りにある肉料理店に目星をつけ、ガルドは冒険者ギルドへと戻っていた。


ギルドに入れば、相変わらず穏やか極まりない。

二階の書庫もほとんど利用者がおらず、ルシアンと書庫の職員のみ。



「おい。飯行くぞ」


そう声をかければ、それに気づいたのか、読書スペースから静かな微笑みが返ってくる。

察するに、ぽやりと暖かな書庫内、穏やかな環境で読書ができ、大変ご満悦のようだった。

立ち上がりながらも手早くその場を片し、流れるように本をまた二冊ほど借り、書庫の入り口に肩を預けていたガルドの隣に並び立つ。


「お待たせ。いいお店あった?」

「ああ」


そう答えた自分の声が思いのほか穏やかで、ガルドは一瞬だけ片眉を上げた。

――また、顔が柔らかいだなんだ言われかねねぇな、とは思ったものの、……別に悪くはない。


「北通りのほう、肉の煮込みだ。いいか、それで」

「うん、いいね、行こう」


いつものやり取り。いつもの笑顔。

いつものふたり。――だった。ここまでは。




「あっ、お待ちを」


一階のギルドホールへの階段を降り、受付カウンターの前を通った時、ふと書記官に呼び止められた。

……ルシアンが、である。


「はい、何か」

「ルシアンさんに、お手紙が届いております」

「……私にですか?」


意外そうな声を出し、ルシアンがカウンターの方へと歩を進める。

各地を転々とする冒険者は、こうして滞在記録のあるギルド宛に郵便物が届くことも多い。

木のトレイに乗せて職員が差し出してきた封筒は、飾りもなく真っ白で、送り主も封蝋もない、シンプルな物。ただ、上質な紙だった。


それを受け取ったルシアンも封筒を一瞥だけして、確認もせずに革鞄にしまい込む。

職員に小さく目礼をし、そうしてそのまま、ガルドへと向き直った。


「ご飯に行こうか」

「……ああ、だな」



無骨な声は、訝(いぶか)しげな顔を隠しきってはくれなかった。

それでもルシアンは楽しげに歩き出しており、……まるきり対照的。


ギルドの扉をくぐり、石畳の街路へ出る。昼の日差しは柔らかく、空気はひんやりと澄んでいる。

その冷たさを感じさせないほど、隣の男は、機嫌がいい。


「今日は温かいものが美味しそうだね」

「……んん……」


いや、そうじゃねぇだろ――は、とてもじゃないが出てこない。相変わらず、ここぞというときに踏み込めない。ガルドがなんとか、歩調を保つ。


(――封蝋も送り主もねぇ)


けれど、紙は高級品だった。


(……今までこいつに便りが来たことなんざ……)


思い当たる中では、ない。

素性を伏せて旅をする彼に、どこの誰が手紙を寄こすというのか。しかもああして、まるで何の痕跡も残さないように真っ白な……"ただの便り"と見るには、あまりにも不自然、とは……。


(……俺の考えすぎか)


ましてや、変に詮索するのも違う。

何故なら、……ただの、護衛である。


舌打ちをひとつ。



(……そもそも、誰がこいつの居場所を知ってやがる)



封筒を手にして、疑問を抱いた顔もなかった。宛名を確認することもなかった。

革鞄にしまい込んだのは、隠したのか、そうではないのか。隣を歩く笑みが、あまりにもいつも通りで。


――ああ、また"知らない"が、浮き彫りになる。



(…………)


街路を行きながら、奥歯を噛む。今はこの問いが、口から出ることはない。


だが、その封筒の存在だけは、確かに脳裏から離れなかった。






――【まだ遠いもの】

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